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狼の裔~念真流血風譚~  作者: 筑前助広
転章(一) 相賀舎人は揺るがない!!
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最終回 粛清への階段

 送り出せば、あとは待つしかない。

 勤王派対策に目尾組を総動員し、町奉行所・目付組にも不眠不休で働いてもらっている。中老の権限内で打てる手は全て講じたので、舎人は地蔵台の開墾に神経を注いでいた。

 二日前に若き測量士、蜂屋小左衛門《はちや こざえもん》が夜須に入り、地蔵台へ向かった。珍しい器具を使った実測は三日に及び、四日目の昼に屋敷に現れ、地蔵台に水が引く事は改めて可能であると報告した。

 図面の完成は、早くて年末。となると、弥生の頃には、開墾を始められるかもしれない。

 また、金銭面を支える卯月屋嘉兵衛や郡奉行とも会合を重ね、地蔵台に入植する百姓の選定を始めていた。

 開墾後は、百姓が必要になる。その為には新たな村を作らねばならない。村の庄屋を卯月屋から出す事に郡奉行は難色を示したが、舎人はその申し出を飲んだ。銭を出す嘉兵衛の願いならば、ある程度受けるしかないのだ。一応は受け入れ、その後に影響力を削いでいけばいい。

 舎人の日々は充実していた。執政府でも順調な計画を知ってか、地蔵台開墾に協力を願い出る者が、ひとりふたりと出てきた。

 舎人は、


「何かあれば、声をお掛けいたします」


 と丁寧に対応したが、内心では高笑いをしていた。


(功績のおこぼれを狙おうとする野犬どもめ)


 高らかな勝利宣言である。中には、袖の下を忍ばせてくる者まで出た。当然、それは固辞した。利に敏い商人なら兎も角、武士は損得と言うものが判らない。判らないだけに、受け取っても見返りがない場合、刀を持ち出すから始末が悪いのだ。

 誰が功績を分け与えるものか。この開墾は一生に一度の大博打。勝ち馬に乗ろうなど、ふざけた真似は許さない。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 得意の絶頂にある舎人に、吉報が目尾組によって続々と舞い込んだ。

 日向峠で武富を、次いで高師で舘林を斬ったというのだ。鏑木小四郎《かぶらぎ こしろう》なる珂府勤番に協力し、宝如寺の賊を討ったという報告は想定外であったが、この際それはどうでいい。まずは首の皮が繋がった事を素直に喜んだ。

 今は宇美津にて勤王派を追いつめているらしく、舎人も夜須に残存する勤王派の探索を再開した。

 武富と舘林亡き後、夜須勤王党を支えるのは、真崎惣蔵という徒士格の下士だけである。

 この男は、剣と学問を教える尚武塾《しょうぶじゅく》を谷町に開き、身分が低い者に安い謝礼で教えているという。


(上手いな……)


 その話を聞いた時、舎人は素直にそう思った。

 塾生は真崎に恩を感じ、その手先となっていく。所詮、思想では人は動かない。野心や恩義、好悪が人を突き動かすのだ。

 今や、尚武塾は勤王の巣窟だった。昼夜関わらず人の出入りは頻繁で、他藩からの来訪者も多い。

 舎人は自らの家臣を、尚武塾に潜り込ませていた。まだ若く身分も低いが、頭が切れ度胸もあった。

 潜入した家臣が運ぶ情報は、大変貴重なものだった。中でも、尚武塾に東北諸藩が連絡を寄越している事だ。東北第一の外様雄藩である伊達家黒河藩は言うに及ばず、日々勤王色を濃くする最上や北畠、相馬・南部と言った家中の士が、続々と真崎に接触しているという。

 事態が急変したのは、初めての木枯しが吹いた頃だった。

 潜入させていた部下が、溺死体で発見されたのだ。波瀬川に飛び込んだらしく、遺書では藩への忠誠と真崎に感化された勤王思想間で悩み、自死に至った旨が記されていた。

 筆跡はほぼ同じ。執政府の面々は自筆の遺書だと結論付けたが、舎人は信じる気にはなれなかった。世の中には、筆跡を真似る聖手書生《せいしゅしょせい》など探せばいるものだ。

 清記が戻ったのは、師走の朔《さく》であった。宇美津では勤王派を壊滅しただけか、嫡男の小弥太が橘民部の片腕・金橋忠兵衛《かなはし ちゅうべえ》を捕縛するという大手柄を挙げている。執政会議で報告を聞いた後、利景や清記を交えた宴が開かれた。

 その日の晩である。屋敷へ戻ると、お梅が邸内に落とし文があったと報告した。


「ほう……」


 天誅。落とし文には、ただその二語だけが記されていた。つまり、今度はお前を殺すと言っているのだ。

 怯えだろうか。手が意に反して震えている。しかし、それは四半刻ほどで収まり、次は理不尽な宣言への怒りが込み上げてきた。


(天に代わって、私を誅滅しようというのか)


 下士の分際で、夜須藩の将来を背負うこの私を。相賀舎人を斬るという事が、どれだけ藩の損失になるか考える事も出来ないらしい。

 そもそも天とは何だ。天を騙る、己の意思ではないか。


(夢想家の思い通りにしてたまるか)


 翌日から、舎人は護衛の数を増やした。移動の際は勿論、屋敷の中も不寝番を配して備えをした。

 緘口令を敷いたが、この噂はすぐに広まった。陰では自らの臆病を笑う者もいたが、命あっての物種と、そうした雑音は意に介さなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「天誅」


 それは狂気に満ちた絶叫だった。

 弁分町《べんぶんまち》にある、卯月屋嘉兵衛宅からの帰り。月も星も無い夜の襲撃だった。

 抜身の白が目に入った瞬間、護衛が瞬時に舎人を取り囲んだ。


「殿は早く、お逃げを」


 襲撃者は十五名。少なくとも、それぐらいはいる。護衛は七名だった。


「この人数で逃げ切れるものか」


 舎人の明晰な頭脳は、すぐに答えを出していた。ここは戦った上で、切り抜けるしかない。

 舎人は刀を抜いた。自信は無いが振り回す事だけは出来る。

 中老になって以来、これは想定していた事だった。それに落とし文で予告もあったのだ。今更驚く事ではない。

 闘争は、すぐに始まった。

 構えてはみたものの、振り回す事すら出来なかった。精々、声を出すぐらいだ。思えば、鶏一羽とて捌いた事が無い。それが何故、人を斬れようか。

 剣術は嫌いだった。学問の時代に剣術などと見下していた。こうした局面になって、それがはっきりと判った。


「姦賊、相賀」


 そう背後から聞こえた。振り向く。眼が血走った男がいた。その時、舎人の全身に粟が立った。


「天誅」


 叫び。舎人は、立ち尽くした。どうにも出来ない。身体が動かないのだ。目を閉じた。衝撃をまった。が、それは訪れず、恐る恐る目を開けると、左腕を切り落とされた護衛が割って入っていた。


「おのれ」


 賊の一刀を、片腕の護衛は肩を突き出して受けた。


「相賀様の頭は、藩の宝じゃ。こんな所で死なせてたまるか」


 残った右腕で、護衛は斬り上げた。それを賊は防ぐと、護衛は突進して組みつき縺れながら地面を転がっていく。

 交錯する刃の光と、耳を劈《つんざ》く怒号。目の前で繰り広げられる死闘は、もはや別世界のものだった。


(私には理解が出来ぬ……)


 愚かだ。何故、こうも殺し合うのだ。論で競えばいいものを、何故に殺し合う。思想というものは、人を狂わす麻薬なのか。

 そもそも、自分に思想はあるのか。勤王は世迷言だ。共感など到底出来ない。かと言って、幕府を絶対視してはいない。お殿様が佐幕を含めた〔忠義〕を標榜しているから、それに追従しているに過ぎない。

 強いて言うなら、完璧な仕事を為す。それが自分の思想だ。だが、それは勤王でも佐幕でもない。


(私は、何なのだ)


 何の為に、襲われているのだ。

 不意に恐怖が襲ってきた。それは抗いようもない大きなもので、舎人の足は自然と駆け出していた。


「殿」


 背中で、護衛の声を聞いた。だが足は止まらず、遮二無二駆けていた。

 息が切れ、舎人は足を止めた。殺し合いの絶叫はもう聞こえない。

 どれほど駆けたのだろうか。寺が多い地域だった。番屋があれば飛び込むが、この夜更けに灯りなどは見当たらない。


「相賀舎人殿とお見受けする」


 寺壁の陰から声がした。出て来たのは、中年の武士だった。


「名を名乗れ」

「刺客に名乗る名はございませぬな」


 鼻髭を蓄えた、浪人風の男だった。懐手をしている所に、殺しに対する余裕を感じる。


「始末屋か」

「ふふ」

「私が斬る最初の男の名ぐらい知りたいのだが」


 虚勢だった。それを見透かしてか、浪人者は嫌らしく笑むだけだった。

 舎人は、正眼に構えた。相手がどれほどの腕なのか、知りようは無い。ただ自分より使えるのは確実だ。


(もう逃げられぬか)


 肺はもう破れそうだった。

 諦めようか。そう思った、その時だった。

 背後から影が駆けてきた。黒装束に覆面。舎人の目が捉えたのは、それだけだった。


「貴様」


 浪人者の抜き打ち。影は、いとも容易くそれを掻い潜ると、夜の空高く跳躍した。

 何が起きたのか。舎人には判らなかった。ただ、影が着地した時には、浪人者の身体は二つに割れていた。


「おぬしは」


 舎人の問いに、影は無言だった。ただ振り返ると、黙礼をして駆け去っていった。


(何者だろうか)


 覆面から僅かに見えた切れ長の目には、まだ成熟しきれていない若さがあった。


(いずれ礼をせねばなるまいが――)


 それよりも、今回の襲撃は誰によるものなのか。それを探らねばならない。おそらく実行犯は真崎の一党だろう。だが、それを使嗾《しそう》して執政府の誰かが仕掛けた可能性もある。或いは、勤王諸藩か。

 真相はどうあれ、舎人はこれから為す一つの事を決めていた。

 勤王党を潰す。それも徹底的かつ、最も姑息なやり方で。

 この相賀舎人に、恐怖を与えた罪を背負わせてやる。一人残らず、全員を。粛清を行う、その覚悟は出来た。

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