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狼の裔~念真流血風譚~  作者: 筑前助広
第五章 寂滅の秋(とき)
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第十四回 月見草(後編)

 囲まれた。

 建花寺村への帰り道だ。

 既に村は見えている。辺りは薄暗闇に包まれ、逢魔が刻を迎えていた。

 緩い傾斜の農道。闇から現れた五人が、清記達を囲んだ。

 気配を感じなかった。闇に紛れているとはいえ、今までなら接近する氣には気付けたはずだ。

 高度な訓練を課された集団。そう思う前に、まず自分の衰えに考えが行ってしまうのは、その事について気にしているからだろう。

 清記は、三郎助を一瞥した。

 表情は固い。三郎助の腕前は、サッパリだ。腹も座った方ではない。まず、この忠臣を守る。それが第一だと決めた。


「何者かね」


 そっと、清記は口を開いた。

 返事はない。五人は、武士。しかも、折り目正しい着物を着ている所を見ると、主持ちだ。


「返事も無しか。失礼な奴だ」


 刺客。そう思い扶桑正宗に意識を移すと、五人は懐から短筒を取り出し、その銃口を清記に向けた。

 三郎助が、思わず声を挙げる。


「もう手段を選ばぬという事か」


 短筒は、回転式の西洋短筒。俵山が使っていたものと同じである。


(さて、どうしたものか)


 切り結ぶ。その選択をした所で、こちらも無傷では済まない。簡単に想定しただけでも二人始末する間に、右肩と腰に銃弾を受けてしまう。それに、三郎助が巻き添えになるのも必至だ。


「止めよ」


 声がした。背後。この男の接近にも、清記は気付けなかった。

 若い男だった。長身で、抜け目がなさそうな、細い目をしている。歳は三十になるかどうか。


「話をする前に」


 男が、三郎助に顔を向けた。


「まずは、佐々木三郎助殿には、お引き取り願いましょう」


 三郎助の名を知っている。この事に三郎助は目を丸くした。この者達は、相当に調べ込んで襲撃している。


「殿。私は退きませんぞ」

「お前に何が出来る」


 清記は三郎助を見ずに言った。


「むしろ、足手まといだ。これから立ち合うとして、私はお前を守りながら戦わねばならん。これは相手を利するだけ」

「しかし」

「心配無用。この件は誰にも漏らすなよ」

「……。そうですね。殿がそう申すのなら、仕方ありませんな」


 と、三郎助はいとも容易くその場を離れた。この聞き分けの良さに、若い男も苦笑した。


「平山殿は、家人に恵まれておりませんな」


 清記は、その言葉を敢えて無視をした。三郎助は、不忠でそうしたわけではない。清記の事を考えてそうしたのだ。自分の巻き添えで、こうした襲撃に遭うのも一度や二度ではない。


「貴殿は?」

「お初にお目にかかります。私は、片倉藤四郎。伊達蝦夷守様の側用人を務めております」

「ほう。堂島丑之助を唆した、あの」

「左様。夜須を目前にして襲われ、痛い目に遭いましたが」


 黒河藩である事には驚かなかった。ただ、現れたのが、側用人という高官である事に、清記はしたたかな驚きを覚えた。


「私の名乗りは必要無いようだな」


 藤四郎が頷く。


「では、片倉殿の要件を伺おう」

「我が主に会って頂きとうございます」

「伊達公が、私に?」

「如何にも。蝦夷守様は今、夜須に逗留しております。この機会に、是非貴殿に会いたいと」


 伊達継村が、夜須に来ているという話は聞いていた。表向きは幼馴染とも呼べる利景の墓前に手を合わせる為だという。代香ではなく本人が、それも〔あの〕黒河藩の殿様が来るという前代未聞の一大事に、流石の執政府も動揺したようだ。だが最後は、添田の一存で決めたという。

 相賀は拒否を進言し、羽合は謀殺を進言した。その他にも色々と意見は出て喧々諤々の議論を重ねたが、


「亡き殿ならば、喜んで受けたであろうよ」


 という、添田の一言で全ては決まったらしい。


「そう警戒されずとも」

「黒河の貴殿がそれを言うか」


 藤四郎が苦笑した。どうやら、清記の剣氣を察せるほどの腕はありそうだ。


「あなたを殺すつもりなら、この様な話もせずに、撃ち殺しております」

「だが、私は何度も、伊達公が放った刺客に狙われた」

「確かに」

「伊達公にとって、私は憎い敵でしょう。目の前で嬲り殺しにする可能性もある」

「平山殿。我が主は、そこまで性根は腐っておりませぬ」

「どうかな」

「私の一命を賭してもよろしゅうございます」

「さて、そのような代物を賭されても」

「残念でございます」


 藤四郎が片手を挙げた。五人が一斉に短筒を構える。この距離では、助かりようもない。


「蝦夷守様には、礼節を以て丁重にお迎えするように言い付けられたのですが、こうなれば致し方ありません」

「無粋だな」

「誤解されないでください。これは、私の趣味ではないのです」

「私が拒むからか」


 藤四郎が笑う。だが、その目には何の感情も見て取れない。


「駕籠を用意させておりますので」


 藤四郎が目で合図すると、五人の武士がすっと道を開けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 駕籠に揺られたのは、半刻程度だった。

 連れて来られたのは、天台宗の寺院だった。地名は判らないが、内住郡ではない。

 山門の手前で降りた。藤四郎が駕籠の傍で待っていた。あの五人の武士は消えている。


「この寺は、夜須藩がご用意されたものです。当藩と〔繋がり〕があるわけではないので、お疑いなされぬよう」


 藤四郎の見透かしたような発言を、清記は敢えて無視し歩みを進めた。

 伊達蝦夷守継村は、本堂で待っていた。この寺の本尊であろう仏に手を合わせている。


「殿。平山殿をお連れいたしました」


 継村が振り向く。歳は利景の二歳上。若いが覇気のある顔立ちだった。


「よう来たな、平山」


 清記は平伏し、名乗りを上げた。


「会いたかったぞ」

「私なぞに」

「憎き敵だ。いつも、お前に俺の野望は挫かれてきた。俺はその都度、怒り狂ったさ。『また、平山にしてやられたか』とな」

「私は、自らの職責を全うしたまでにございます」

「深江でもか」

「お役目でしたので」

「だろうな。まさか、深江に夜須が干渉するとは思わなかった。報告を受けた時は驚いたぞ」

「深江を勤王に染め上げられると。夜須の背後が脅かされます。これも、当藩の生存を賭したもの。ならば、内政干渉も厭いませぬ」


 継村が一笑した。


「で、お前は見事に成功した。それどころか、深江を味方にまでしてしまった。お陰で、深江に派遣した志士は誰一人として戻らなんだ」


 山背久蔵の顔が浮かんだ。成智院玄昌を粛清した後、黒河の志士を探し出して処断したのだろう。あの男なら、嬉々として徹底的にするはずだ。


「私を呼ばれたのは、恨み節を聞かせる為でございましょうか?」

「ふふ。それもある。だが、顔を見たいという気持ちもあった」

「名誉な事。と、受け取ればよろしいのでしょうか」


 継村が、口許を緩めて頷く。


「利景とは、幼馴染よ。江戸でよう遊んだものだ。利景には煙たがられたが」

「では何故、その幼馴染を困らせるような真似を?」

「幼馴染故によ。お前は刺客をしながらも、立派に代官を勤めているらしいな。その事について、努力していないとは言わないが、言わば利景と同じ出来る者の仲間だ。だが、そうではない者にとって、お前達のような存在は厭味でしかない」

「……」

「向日葵と月見草。利景と並ばされ、そう言われた事がある。江戸におわす徳河の将軍様にな。それ以来、俺は月。利景の引き立て役だ」

「それ故に、今まで」

「俺とて大望はある。が、俺を支える根本は、それよ。利景に勝ちたい、その一心。お前には判るまいがな」


 結局は人の情。その事が、清記に判らないでもなかった。だが、人の上に立とうとするならば、そうしたものを敢えて捨てる覚悟も必要ではないのか。特に遺恨を持つ相手に勝ちたいという、自己中心的な私情であるならば。

 これが〔北の蕩児〕とも〔独眼竜の再来〕とも呼ばれる、伊達蝦夷守継村なのか。敢えてそうしているにしても、何とも小さい。


(子供なのかもしれぬ)


 利景への劣等感が、大人になる事を妨げているのか。だとすると、この男の稚気に振り回された者達が哀れでならない。


「だが、安心しろ。もう夜須には手を出さぬ。利景亡き夜須など張り合いがないわ」

「左様でございますか」

「それに、夜須はこれより火事場を迎える事になろう。そこに手を出すのは、流石の俺も胸が痛む」

「伊達様。それは如何なる事でございましょうか?」

「ふふ。犬山兵部が、京都からの帰りに江戸に立ち寄り、徳河将軍に拝謁したそうだ。利景の倅に未だ内定が貰えぬという状況でだ」

「それは」

「しかも、禁裏の貴人を連れてだ。どのような話をしているのだろうかのう」


 大名が家督相続を正式に許されるのは、服喪を終えた後だ。しかし、その前に老中より内定の達しがあるというのが、慣例だった。

 が、常寿丸にはそれが今の所は無い。その事で、江戸家老が右往左往していると、添田の口から聞いた。


「それ以上の事は俺も知らん。しかし、兵部とか言う男は、問答無用で早く斬ってしまう事だな」

「ご助言痛み入りまする」

「なぁに、親友への香典代わりよ」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 本堂を出ると、藤四郎が控えていた。


「本日は、ご足労をお掛けいたしました」

「大変だな、おぬしは」

「仕え甲斐がある主人でございます」

「趣味が分かれる所だ。私は御免被りたいが」


 山門に向かって歩いた。流石、執政府が用意した寺院だ。改めて見ると、本堂や伽藍は立派であり、境内もそれなりに広い。


「平山殿」


 山門を出た所で、藤四郎が名を呼んで歩みを止めた。


「殿がこれを」


 袱紗の包。受け取ると、かなりの重量がある。中を改めなくても、これが銭だとすぐに判った。


「これを何故私に」

「大井寺右衛門と俵山弥兵衛の永代供養の費用だそうで」


 清記は、二人の遺骸を建花寺村の共同墓地に埋葬していた。これは何も二人だけではない。自分が打ち倒した者は、出来るだけそうしている。剣客でも刺客でもだ。


「特に、大井寺殿は殿の師でございました」


 清記は頷き、袱紗を懐にしまった。


(やはり、そうであったか)


 清記の脳裏には、大井寺の崇高な剣が蘇っていた。

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