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狼の裔~念真流血風譚~  作者: 筑前助広
第五章 寂滅の秋(とき)
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第十三回 山の友(後編)

 牟呂四の猟は、罠だった。

 獣の通り道に、針金の罠を設置するのだ。罠が反応すると、針金が足に絡まる仕組みになっている。他にも弓矢で狩る事もあるが、牟呂四は罠猟が好きだという。鉄砲を使う事はない。

 払暁ふっぎょう前から、山に入った。

 清記は罠猟に関しては見習いなので、道具箱を担ぐ役目を願い出た。罠の道具、鋸、罠。そして何に使うか判らない棍棒が一つ。持ち手は細く削られ、先端は太い。杖よりも短く、脇差ほどの長さだ。

 牟呂四は、道なき道を行く。生まれ故郷の内住なら知り尽くしていると思っていたが、牟呂四と山を歩くと、そこは迷宮ではないかと錯覚してしまうほどだ。


「お前が思う以上に、内住は広い」


 マヤダチで生い茂る草を刈りながら、牟呂四言った。


「ああ。今それを実感している」

「そうだろう。だが、俺は里の事は知らねぇ。城下という場所もだ。お互い様だな」


 罠を幾つか見て回った。今の所は全て、空だった。名人と自称する牟呂四でも、毎回獲物がかかるわけではないらしい。

 しばらく進むと、牟呂四が歩みを止めた。何かが臭う。それが獣のものだと、すぐに判った。


「今夜は、肉が盛大に食えるぜ」


 牟呂四が頬を緩めた。どうやら、獲物が掛かっているようだ。

 確かに、雰囲気が違う。男女が情を交わした褥のような、何かがあった後のような雰囲気が漂う。


「気をつけてくれよ。獣は人間様より手強ぇからな」


 牟呂四は、進む道の先を指差した。

 草は折れ、よく見ると地面に何かがもがいた痕跡がある。


「ああ」


 薮が揺れていた。牟呂四に続いて進むと、大鹿がかかっていた。


「おお、こいつは大物だ」

「だな。だが、それだけに気が抜けねえ」


 牟呂四は清記の袖を引いて来た道を戻り、少し迂回してまた山を登り始めた。


「鹿でも猪でも、絶対に山の下手しもてから近付いちゃならねぇぞ。手負いの獣が、上手かみてからの勢いをもって向かって来る。その拍子で罠が外れる事もあるんだ」

「なるほど。それは初耳だ」


 上手うわてから降りていくと、鹿はまだ暴れていた。だが、少しは疲れている気配がある。


「三つの牝鹿だな。清記よ、縄を取ってくれ」


 清記は縄を手渡すと、牟呂四が罠に掛かった別の脚に縄を括って動けないようにした。


「仕留めてみるか?」

「よかろう」

「その棒で、鹿の後頭部を殴んだ。それで動かなくなる」

「後頭部だな」

「猪なら眉間だ。獣によって違うからな」


 清記は頷き、棍棒を手に取った。なるほど、持ち手が細いのは、その為だったか。

 後頭部に一撃を加えると、牝鹿は呻いて倒れ、痙攣し動かなくなった。


「お見事」


 牟呂四が嬉々として飛び出した。瞬時に腰のマヤダチを抜き払い、頚動脈を切り裂いた。それから、逆さ吊りにして血抜きをし、手際よく処理をしていく。

 心臓と肝臓だけを残し、他は土に埋めた。慣れた手つきの牟呂四も、膀胱と肛門だけは、慎重に処理していた。


「ここでヘマすると、糞尿が肉について、不味くなる。それじゃ、鹿に申し訳ねぇ」


 二人で鹿を担いで山を下りた。集落ムレに戻ると、男衆が待っていて解体が始まった。女衆も子供も、山の恵みに嬉々としている。

 夜は宴会だった。鹿だけでなく、鮎や山菜も出された。女衆が酌をする。山人の女は、里から来る事が多い。勿論、生粋の山人もいるが、その中で血縁を重ねると、血が濃くなるのだ。それを避ける為に、人買いから女を仕入れている。一見して残酷なように思えるが、苦界に堕ちるよりはましであろう。山人に買われなければ、女郎になる身である。現に、酌をし肉を喰らい、酒を飲んで笑う女衆の顔は輝いていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 突然の襲撃だった。

 飛来する殺気を感じ、清記は地面を転がると、すぐに銃声が二つ聞こえた。

 更に一発。清記は転がりながら、巨木に身を隠した。

 牟呂四の集落ムレからの帰りである。鉄砲にしては装填が早い。回転式の新式鉄砲かもしれない。


(さて、どうしたものか)


 鉄砲は厄介な存在だった。剣客がどう足掻いても、鉄砲に対する術は殆どない。弾丸を斬るなど出来ようはずもないのだ。

 清記は、弾数を数えた。利景が長崎で仕入れたと見せてくれた回転式鉄砲は、六連発だった。今は三発撃っている。ならば、多くてあと三発。


(いや、無意味だな)


 六連発ではないのかもしれないし、換えの弾薬を持っているかもしれない。そもそも鉄砲が一丁とは限らない。推測するには、選択肢が多過ぎる。


(しかし、やらない術はない)


 清記は足元の石を拾い、放り投げた。

 銃声。二発。一発は地面に、もう一発は石に命中した。

 腕は悪くない。だが、あと一発。清記は、扶桑正宗の柄を握り締めた。刺客の手持ちがあと一発であるなら、最後は慎重に構えるはずだ。その慎重さに付け入る事も出来る。

 が、不意に最後の一発が轟いた。そして、何かが倒れる音。氣に敏い清記の五感は、それを正確に捉えた。


「失礼を仕った、平山殿」


 そう声が聞こえ、清記の元へ鉄砲が投げ捨てられた。一瞥する。この国の鉄砲ではない。それはすぐに判った。

 清記は鉄砲に手を伸ばした。弾は入っていない。


「何故、斯様な事を」


 清記は立ち上がり、巨木の陰から進み出た。そこには、俵山弥兵衛が一人佇立していた。息子の姿は無い。

 やはり。そう思っただけで、驚きはない。


「見損ないましたな。あの大井寺殿の弟子とも思えぬ」


 清記は、憎々しげに言い捨てた。勿論、腹を立てているわけではない。刺客ならば何でもありだ。ただ、相手の出方を探る為の演技だ。


「いや、誠に申し訳ない。心から謝罪いたす」

「では何故、飛び道具など」

「さる御方から、平山殿を消すように頼まれ、この鉄砲を渡されました。最初はこれで撃ち殺すつもりだったのですが、一発二発と放つうちに、何とも虚しくなりましてな」

「最後の一発は?」

「目付け役の眉間に」

「なるほど」


 つまり、剣客として立ち合うという事だろう。俵山も師匠と同じく、筋を通したいのだ。


「聞きたい事がある」

「明かせぬ事もあるが、承ろう」

「大井寺殿もさる御方に頼まれたと言っていた。そして、おぬしも。その御方とは誰なのだ?」


 俵山の濃い眉が、少し歪んだ。何かを考えている。そんな動きだった。


「大体の目星がついているというのに、それを訊くというのは些か無粋ですな」

「解せぬのだ。古来より名血として誉れ高い蝦夷えみしの王が、私のような者に固執するのか」

「平山殿。貴殿は存外に人を知らぬな」


 そう言って、俵山は一笑した。


「誉れ高い御方が故よ。血統も才覚も申し分ない。天下を統べるに能う器を持っていると、信じて疑わぬほどに。しかし、その御方の野望を、幾度となく貴殿は一剣を以て阻止した。ただ、一剣を以てだ。それが、あの御方の自尊心を傷付けたのだ」

「何とも、小さい」

「だのう。それでも、我が愛すべき蝦夷の王よ」


 清記は頷いた。もう話す事はない。


 向かい合い、ほぼ同時に抜き払った。

 対峙になった。俵山の殺気が、全身を覆う。

 身体を試す。その為に、山野を歩いた。が、一番の試しは、やはり決闘これである。

 俵山の瞳孔が飛び出さんばかりの凶相が迫る。

 猛烈な大上段からの斬撃を清記は躱すと、第二撃は跳ね上げ、俵山の横をすり抜けていた。


「お見事」


 その声を、清記は背中で聞いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


(目付け役も調べておくか)


 捨てておく事も無いと思った清記は、暫く周囲を調べた。

 目付け役の骸は、すぐに見つかった。うつ伏せに倒れている。清記は一度手を合わせ、骸を仰向けにした。


(これは、何とも)


 驚きとも、可笑しさとも取れぬ感情が、清記の肺腑を突いた。

 目付け役の骸は、俵山が息子だと称した、宗太郎だったのだ。


「そういう事か」


 清記は呟き、その場を離れた。打倒宗太郎に燃え鍛錬に励む宇治原に、この件をどう伝えるべきか。次に考えた事はそれだった。

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