際限がない
一日の授業が全て終わり、教室の掃除の時間となった。三年三組では、座席の縦の列でグループ分けされており、一列ごとに毎日教室の掃除を行なっている。
今日は連朱たちの番だ。
(お腹空いた……)
連朱はそっと腹に手を添える。朝食も昼食もしっかりと食べたのに、何故かすごく腹が空いていた。
(今日は部活ないから、帰りに何か買って帰ろうかな……)
そう考えながら、教室の後ろ側に下げていた机を一つ一つ運ぶ。その最中、腹の虫が鳴いた。空腹を訴えるそれは、廊下から聞こえてくる生徒たちの賑やかな話し声にかき消されることなく、自分の耳まで届く大きさだった。
(でも、みんなには聞こえてないよね……)
一緒に掃除をしているクラスメイトたちに、恐る恐る視線を向ける。近くにいた天夏と目が合った。
「……聞こえた……?」
「ええ、まあ」
控えめの返答に、連朱は恥ずかしさで顔を赤らめる。そして、腹の虫の音を聞いたのは彼女だけであってほしいと願った。
「お腹、空いてるの?」
そばに寄ってきた天夏が静かに問うてきた。連朱はぎこちなく頷く。
「それなら、私、パン持ってるから掃除が終わったらあげるわ」
「いいの!?」
「ええ。一応予備として持ってきたけど、今日そんなにお腹空いてないし」
「ありがとう……!」
思いがけない救いの手に、心の底から感謝を伝えた。本当は声を大にしたいところだが、そこは何とか抑える。
早急に掃除を終わらせようと、連朱は張り切った。
そして約束通り、天夏からパンをもらった。袋に梱包されたメロンパンを大事そうに両手で持つ。
「天夏からパンもらったんですか?」
顔を覗き込んでくるように、瀬輝が問いかけてきた。
「うん、お腹空いてて……すぐに食べたいから、ちょっとだけ時間いいかな?」
「いいですよ」
笑って頷く瀬輝に「ありがとう」と伝え、自分の席に座ってそれを食べる。
「……」
連朱は無言でパンを頬張った。休む間もなく食べ続ける姿は、瀬輝が目を見張るほど。
そして、三分も経たないうちに完食した。
「いい食べっぷりです!」
「そう、かな……?」
キラキラと輝く瞳を向けられた連朱は頬を掻いた。
荷物をまとめ、瀬輝と一緒に教室を出る。
昇降口で靴を履き替えていると、また空腹がやってきた。
「お腹空いた……」
「え!? もうですか!?」
隣にいる瀬輝の目が大きく開いた。その気持ちは連朱も同じだ。
「何か食べに行きますか?」
「うーん、行こう、かな」
連朱は一瞬迷ったが、今すぐ何かを食べたい欲に従う。
二人は学校の近くにあるファストフード店に向かった。
連朱の前にはハンバーガーが二つ、Lサイズのポテトとナゲット、ジュースが一つずつある。
向かいに座る瀬輝は、ハンバーガーが一つとジュースだけ。
「先輩、結構食べるんですね」
「すぐにお腹空きそうだから念のためにね」
話しつつ、連朱はハンバーガーを口にした。ガツガツとしながらも綺麗な食べ方は、正面に座る瀬輝の心を捕らえる。
瀬輝が食べ終わる前に、完食した。
「先輩食べるの早いですよ!?」
「食べることに集中してたからかな……瀬輝は気にせずゆっくり食べてて」
そう言って、連朱はまだ半分ほど残っているジュースを飲む。これくらい食べれば夕飯の時間まで空腹にはならないだろうと、心穏やかに瀬輝との会話を楽しんだ。
店を後にし、帰路につく。しばらく歩いていると、連朱の腹の虫が鳴いた。
二人は同時に立ち止まる。
「今日はどうしたんですか……!?」
「分からない……」
瀬輝の驚き顔を見る連朱は苦笑する。同時に恥ずかしさが込み上げてきた。自身の腹にそっと触れる。
(本当、どうしちゃったんだろう……)
疑問を抱いても、腹は食べ物を欲しがるだけ。連朱は静かにため息をつく。
帰り道の途中でコンビニエンスストアへ寄り、おにぎりや菓子パンなどをいくつか購入した。
帰宅してから自分の部屋でそれらを食べつつ、今日の宿題に取り掛かる。おにぎりたちは、あっという間に連朱の腹の中に収まった。
宿題を全て終わらせてひと息つこうとした頃、徐々に空腹の感覚が迫ってきた。連朱は少し不安になる。
(俺、何かの病気じゃないよな……? これがずっと続いたら怖いんだけど……)
さすがに自身の体が心配になってきた。こういうことが度重なるようであれば、両親に相談しようと考える。
丁度その時、携帯電話に一件の通知が届いた。神昌がSNSを更新した知らせだ。
連朱はすぐさまSNSを開く。
《甘いものはいいね。みなさんにもお裾分け。》
文章と一緒に添えられているのは、チョコレートケーキの写真。
嫌悪の塊を目にした途端、吐き気が襲ってきた。連朱は咄嗟に口元を押さえる。
(気持ち悪い……)
突然現れた嫌いなもののせいで眉間に皺が寄る。そのおかげか、あれほどあった空腹感は一瞬にしてどこかへ消えた。神昌には感謝しかない。
(この方法、いいかもしれない。気分は最悪だけど……)
小さな解決策を見つけ、安堵する。また空腹感がきた時は、同じようにしてみることにした。
夕食の時間になると、連朱はこれでもかと食べ続けた。ご飯を何杯もお代わりし、トンカツや煮物などを口に運ぶ。
滅多に見ない様子に、両親も弟も呆気にとられていた。
「連朱、今日はよく食べるのね……」
「何かすごくお腹が空くんだ。だから食べられるだけ食べておきたくて」
「兄ちゃんの胃袋ってブラックホールだね」
「今日はそうだな」
朱李の言葉に苦々しく笑うが手を止めない。言い返すより、腹を満たす方が先決だった。
胃袋に隙間がなくなるくらいに夕食を食べ、入浴も済ませた連朱はリビングのソファーに座ってテレビを観ていた。
(今日は変な日だなぁ……)
テレビに映る映像から、自分の腹部へ視線を移す。いつもと同じフラットな腹の中は一体どうなっているのか。覗いてみたくなるほど、不思議だった。
すると、また少しずつ空腹感がやってきた。
「何でだよ……」
連朱は力なく笑う。明日には治るといいなと願いながら、携帯電話でチョコレートの画像を検索し始めた。




