出来てないというもどかしさ
朱李が悠閑高校に入学して一ヶ月が過ぎた。学校での生活にも慣れ、友達も何人か出来た。
そして、入学前から面識のあった哉斗と章弛とは、たまに昼食を共にしている。
今日もそうだ。学生食堂の四人がけのテーブルに着き、注文した品をそれぞれ食べている。
そこで朱李は、付き合っている彼女との馴れ初めを改めて章弛に聞かれ、話していた。
話を最後まで聞いた彼が満足そうに頷く。
「朱李くんは積極的だねー」
「やっぱり自分から動かないとと思って」
「青春って感じでいいな。哉斗のところは天夏ちゃんから告白したんだっけ?」
「うん。下校中に」
「あー、良いねぇ! その現場見たかった!」
「恥ずかしいから見なくていいよ……!」
少し赤面する哉斗は、手を横にブンブンと振る。
初めて聞く話に興味を持ちながらも、朱李は章弛に視線を向けた。
「章弛さんは、彼女いないんですか?」
「いない、いない。俺、女の子と遊びたいから彼女作らないんだよね」
晴れやかな笑みから発せれた言葉を耳にした時、女子生徒たちに囲まれている章弛の姿が脳裏をよぎった。それは、たまに見かける光景だ。
(章弛さんもモテるんだなぁ)
朱李は納得しながらオムライスを口に運ぶ。
その時、不意に聞いてみたくなった。周りを気にして、少し声を落とす。
「……ちょっと聞きたいんですけど……」
「何?」
「その……付き合って一年経つのにキス出来てないって、変ですかね……?」
それは、半年ほど抱えているもどかしさだった。頭の中ではシミュレーションが出来ているのだが、中々実行できずにいる。朱李は、そんな自分を情けなく思っていた。
その悩みを聞いた二人は、優しく微笑んでいる。
「変じゃないと思うよ。そういうカップルもいるだろうし」
「だな。というか、そこは奥手なんだ」
「何かこう……いざって思うと変に緊張して逃げちゃうんです」
「手を繋ぐのは?」
「それは何度もしてます。あと、ハグも何回か。でも、それ以外は……したいけど、どうしたらいいか分からないし……」
さらに声が小さくなっていく朱李は、全身に熱が帯びていくのを感じていた。
すると、章弛がニッと笑って哉斗の肩に手を置く。
「だったら、ここは哉斗の出番だな」
「えっ、僕!?」
「そりゃあそうだろ。彼女がいてそういう経験もしてるんだから」
話しながらウインクをする章弛は、どこか楽しそうだった。
朱李は、はっとする。
「哉斗さん、どうしたらいいですか?」
両手を膝の上に置き、真剣な眼差しを向けた。その視線に哉斗がたじろぐ。
「えぇっと……お願い、してみるとか……?」
「『してもいいですか?』みたいな感じですか?」
「うん」
「その手があった……!」
瞳を輝かせる朱李は、どうしてそれを思いつかなかったのだろうかと、深く頷いた。今度会った時に試してみようと腹を固める。
「ちなみに、哉斗はどんな感じで天夏ちゃんと初めてのキスしたんだ?」
「へぇっ!?」
章弛からの突然の問いかけに、哉斗の声が裏返る。周りにいた数人の生徒の視線が一瞬だけ彼に集まった。そのせいもあってか、顔の赤みが増していく。
「ぼ、僕の話はいいでしょ……!」
「え〜、すげー気になるよ。ね、朱李くん」
「はい」
朱李は笑顔で頷く。章弛に合わせての返答だったが、知りたい気持ちも少なからずあった。
「二人で詰め寄ってきても話さないよ……!」
「残念〜」
そう言う割には、章弛はあまり残念そうな表情はしていない。
そんな彼はどうなのだろうかと、朱李は興味本位で尋ねる。
「章弛さんはそういう経験あるんですか?」
「小学二年生の時に隣のクラスの子と一回ね。ノリで」
「ノリ!?」
朱李と哉斗の驚いた声が重なる。
話の中心となった章弛は、僅かに苦笑いを浮かべた。
「そう。なんでその流れになったかは覚えてないけど『チューってどんな感じなんだろうね?』って話になって、相手が『してみよう!』って言ったから試しにしただけ」
「恋愛感情とかなかったんですか?」
「全然なかったね。でもキスし終わったあと、何かモヤモヤしてさ。『こういうのって好きな人とするから意味があるんだな』って思えて、それ以降は誰ともキスとかしてないんだ」
当時のことを話してくれている章弛の顔には、どこか後悔のようなものが見えた気がした。しかし、それはすぐに明るい笑顔に変わる。
「ま、俺にもそんなことがあったわけよ」
「後半の考えだけは意外」
「でしょ?」
哉斗の率直な感想を聞いた章弛は、誇らしげにしている。
その様子を見つめる朱李の耳には、先ほど彼が言った言葉が残っていた。
『好きな人とするから意味がある』
それは朱李にとっても当たり前のことなのだが、心に強く刻まれた。彼女のことも、キスなどの行為もより一層大切にしようと思える。
「章弛さんってカッコいいですね」
「当然だって」
否定をせず胸を張る章弛の言動が二人の笑いを誘う。
悩みを話してよかったと、小さな笑い声を上げながら朱李は思っていた。




