表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/123

お話ししませんか?

 放課後。

 部活動中の咲季(さき)は、中庭のベンチに座って花壇の花を観察しながら絵を描いていた。

 今、スケッチブックに描いているのはカモミール。柔らかい風にゆらゆらと揺れる花たちは、気持ちよさそうだった。


 ふと周りに目を向けると、渡り廊下を渡っている人が視界に入った。父のファンである志保(しほ)だ。

 咲季(さき)の表情がパッと明るくなる。


七蔵(ななくら)さん、こんにちは!」

「こっ、こんにちは……!?」


 突然声をかけてしまったせいか、志保(しほ)が肩に掛けていたスクールバッグを落としそうになっていた。

 慌てて掛け直す様子を目にした咲季(さき)は、いきなりだったよねと反省する。


「ごめんなさい、驚かせちゃったみたいで……」

「ああ、いえ、全然……! ただ、名前を覚えてもらえてたっていう驚きで……!」


 両手をわたわたと動かす彼女を少しでも落ち着かせようと、静かに問いかける。


「今、部活中ですか?」

「いえ、今日は部活ないので帰ろうかと……」

「じゃあもし良かったら、少しお話ししませんか?」

「え、いいんですか……?」


 目を見開く志保(しほ)に対し、咲季(さき)は笑顔で頷く。


「せっかくお父さんのファンの人に出会えたのに、あまり話さないままっていうのも寂しいので」


 そう伝えて答えを待つ。

 志保(しほ)は視線を彷徨わせた後、ゆっくりと近づいてきた。


「で、では、お言葉に甘えて……」


 躊躇いながらも隣に座ってくれたことに、咲季(さき)は満面の笑みを浮かべてスケッチブックを片付ける。その時、ふと感じた。


(何か、あたしも敬語使ってたら変に距離感感じちゃうなぁ。でも、いきなりタメ(ぐち)で話したら嫌がられるよね)

采之宮(さいのみや)さん、どうかしましたか……?」

「えっと、敬語だと何だか距離を感じるのでタメ口で話してもいいのかなーって考えてて」

「全然気にしなくていいですよ! タメ口で大丈夫です!」

「それなら七蔵(ななくら)さんも──」

「いえ! 恐れ多いので、私はこのままで……!」


 志保(しほ)は顔の前で両手をブンブンと振った。

 少し寂しさを感じながらも無理強いするのはよくないと、咲季(さき)は納得する。

 そして本題に入った。


七蔵(ななくら)さんは、いつからあたしのお父さんのファンなの?」

「小学三年生の時からです。偶然テレビで弥生の漫才を観て、一瞬で好きになったんです」

「一目惚れ、みたいな感じ?」

「そうですね。恋とは違いますが、そんな感じです」


 志保(しほ)は恥ずかしげに頬をほんのりと赤く染め、少しずれたメガネを掛け直した。

 一つしか年齢が変わらない同性の〝父のファン〟が見せる反応を間近で知る咲季(さき)は、新鮮な気持ちを抱く。もっと色々聴きたいと思えた。


「どんなところが好き?」

「お笑いに対してすごく真剣なところとか、男気あるところとか、運動神経はいいけどダンスが苦手なところも好きです! あと、お顔も。それから──」


 熱く語っている彼女の話に耳を傾けていると、嬉しさが込み上げてくる。そして、こんなにも愛されているのだと、驚きもあった。ぜひ父にも聞いてほしいとさえ思う。


「だから、去年の文化祭はすごく嬉しかったです! まさか学校で弥生の漫才が観られるなんて思ってもみなかったし、最高でした!」

「あたしもびっくりだったよ。七蔵(ななくら)さんはどの辺りで観てたの?」

「センターマイクの真前です! 偶然そこが空いていたので」

「えっ、運良いね」

「そうなんです! こんな機会滅多にないので、見つけた瞬間すぐに座りました」


 明るく話す志保(しほ)の顔は、生き生きとしていた。これを父に見せたらどれほど喜ぶだろうかと、咲季(さき)は想像する。


(きっと、飛び上がるくらい喜ぶんだろうなぁ。勢い余って握手しだしたり。あり得る)

「そういえば、その文化祭の日に同じ弥生のファンの方とお話したんですよ。結成二十周年記念のTシャツを着てた男性なんですけど」


 その特徴を聞いた咲季(さき)の脳裏に、八保喜(やほき)の顔が浮かぶ。同じような話を、彼からも聞いていた。


「それ、いっちー……城神(とがみ)くんの家のお手伝いさんだよ」

「そうなんですか!?」


 志保(しほ)の目は今にも落ちてしまいそうなほど、大きく見開かれた。

 当然とも言えるリアクションを見る咲季(さき)は頷く。そうしながら、稜秩(いち)のことを「城神(とがみ)くん」と呼ぶのは慣れないなと感じていた。しかし、志保(しほ)に「いっちー」と言っても伝わらない気がして、思わず言い直したのだ。


 すると、志保(しほ)が改まった様子を見せる。


「あ、あの、ちょっと質問してもいいですか?」

「うん。いいよ」

「お父さんが芸人さんだと、周りの子から『ギャグやれ』とか言われなかったですか?」


 問われた咲季(さき)は小さく「あぁー」と声を漏らし、空を仰ぐ。


「小学二年生の頃に男子に一回だけ言われたことがあるよ。でも『あれはお父さんのだからやらないよ』って断ったら、やれやれコールがすごくてさ。その時、いっ──……城神(とがみ)くんが止めてくれて、それ以降誰も何も言わなくなったんだ」

城神(とがみ)さん、カッコいいですね」

「うん。カッコよかったし、嬉しかった」


 当時を思い返す顔は曇りのない笑みだった。

 職種は違えど同じ芸能人の子供であるが故に気持ちを分かってくれる稜秩(いち)は、真剣な様子で止めに入ってくれた。盾となって守ってくれた背中は、鮮明に記憶に残っている。


 懐かしさに浸っていると、咲季(さき)にある考えが浮かんだ。


「あ、そうだ! 連絡先交換しない?」

「連絡先ですか!?」

「うん! せっかくだから、また色々お話したいなって思って。どうかな?」

「ぜ、ぜひ! よろしくお願いします!」


 提案を受け入れてくれた志保(しほ)は、嬉しそうに目を輝かせる。

 その表情は、咲季(さき)にとって嬉しいものだった。


 二人は携帯電話を取り出して連絡先を交換する。

 その直後、志保(しほ)の携帯電話に母親からメールが届いた。買い物ついでに迎えに行くという内容だ。

 それを読んだ志保(しほ)が少し申し訳なさそうにする。


「あの、今、お母さんから迎えに行くって連絡が来たので、そろそろ……」

「そっかぁ。じゃあまた今度だね。今日はありがとう」

「いえ、こちらこそ! お話しできて嬉しかったです! ありがとうございました! それでは、失礼します」

「バイバイ」


 深々と頭を下げてから走り去っていく志保(しほ)に手を振り、姿が見えなくなると、咲季(さき)は携帯電話に視線を落とした。

 画面に表示された彼女の連絡先を、微笑みながら見つめる。


(いつか、お互いにタメ口で話せる時がきたらいいなぁ)


 淡い期待を胸に、咲季(さき)は再びスケッチブックを手にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ