幸せなひととき
授業に集中するクラスメイトが多い中、瀬輝は目の前にいる連朱の後ろ姿をじっと見つめていた。その瞳は、恋する乙女のよう。
(先輩は後ろから見てもカッコいい……)
姿勢の良い背中は、瀬輝の胸をときめかせる。故に、授業をしている先生の声はほぼ聞こえていない。
(高校最後の席替えで先輩の後ろの席になれるなんて最高。常に先輩を見られる幸せ……!!)
瀬輝は幸せを噛み締める。その時、ふと気付いた。
(そういや、稜秩の家に泊まったり部活で合宿したりしたことはあるけど、先輩の家に泊まったり俺の家に先輩を泊めたりっていうことなかったな……)
こうやって一緒にいられる期間は残り一年もない。そう思うと、瀬輝の頭にある考えが浮かんだ。
部活動を終えていつものように連朱と下校している時、瀬輝は考えを行動に移した。
「先輩! 今度、俺の家でお泊まり会しませんか!? 二人で!!」
「え、いきなりだね」
「先輩と二人でお泊まり会したことないなって思ったので……どうですか?」
「うん、いいよ!」
笑顔で頷いてもらえ、瀬輝は目をキラキラと輝かせる。
「やった! じゃあ、いつにしますか?」
「そうだなぁ」
まだ両親に許可をもらってはいないが、宿泊の日程を決めていく。それだけでも二人は楽しそうだった。
その週の金曜日。
部活動を終わらせ、一度自宅へ帰って必要な荷物だけ携えた連朱とともに、瀬輝は帰宅した。
「連朱くん、いらっしゃい」
「お邪魔します」
迎えてくれた涼華に頭を下げる連朱は、持っていた紙袋から菓子折りを手に取り、差し出す。
「あとこれ、母からです。お世話になるからって」
「えっ、気遣わなくていいって言ったのにな。でもありがとう」
母親同士でやりとりしていたのだろうかと思いつつ、母に菓子折りを渡す連朱を見て、瀬輝は感激した。
(さすが先輩、ちゃんとしてる! 俺も見習わないと……!)
「夕飯にはもう少し時間がかかるから、ゆっくりしてていいよ」
「はい」
母と連朱のやり取りを聞きながら、お茶の用意をする。
冷えた麦茶を、リビングのソファーに座る連朱のもとへ持っていく。
「先輩、どうぞ」
「ありがとう」
お茶を出した瀬輝は食卓の上に箸や皿を置き、夕食の準備を始めた。
(先輩のお茶碗は……これがいいな)
いくつかある来客用の茶碗の中から一番いいと思ったものを選び、連朱が座る席に置く。
そうやって楽しそうに食器を並べる息子の姿を、母が微笑みを浮かべて見ていた。
それから少しして父も帰宅し、夕食の時間となった。
入浴も済ませ、ホットミルクを飲みながらリビングで寛いだ二人は、瀬輝の部屋に向かった。
部屋の床には、二組の布団が並んでいる。
「瀬輝も床で寝るの?」
「せっかくのお泊まり会なので、先輩と布団を並べたかったんです」
「確かにこうやって布団を並べて寝るっていいよね」
布団の上に座りつつ、連朱の言葉を聞いた瀬輝は、嬉しさで表情を緩める。その周りにアメたちが集まってきた。
「みんな瀬輝にベッタリだね」
「どこへ行くにもついて来るんですよ。そこもかわいいんですけど」
擦り寄ってくる愛猫たちを順に撫でる。
すると、連朱のもとに白黒の毛色をしたミカヅキが向かった。連朱は、撫でてと催促してくる彼女の頭や顎を優しく撫でる。
その様子が微笑ましく、瀬輝は咄嗟に携帯電話を手に取った。
「先輩、写真撮っていいですか?」
「え? うん、いいよ」
許可をもらい、カメラのレンズを連朱とミカヅキに向けて何度もシャッターを切る。
喉をゴロゴロと鳴らして気持ちよさそうにしているミカヅキに触れる連朱は、楽しそうにしていた。
(ミカヅキいいなー、先輩にたくさん撫でてもらえて)
羨ましさを感じながら、瀬輝は写真を撮り続ける。
すると、連朱がクスクスと笑い始めた。
「え、どこか笑うところありましたか!?」
「ごめん、ごめん。一生懸命写真を撮ってるからかわいいなって思って」
「か、かわいい、ですか!?」
「うん」
頷く連朱の笑いはまだ止まらない。
瀬輝は面と向かって言われた言葉に照れくさくなり、頬を掻く。
その後二人は、弓道を題材にしたコメディ映画をパソコンで観たり、猫たちに邪魔されながらトランプで遊んだ。
夜も更けて日付が変わろうとしているが、自分の部屋で連朱と過ごしている。それは瀬輝にとってこの上ない喜びだった。
翌朝。
瀬輝はふと目を覚ました。少しぼやけた視界の真正面に、連朱の寝顔がある。気持ちよさそうに眠っている姿をとらえる瞳は、一瞬で大きく開いた。おかげで眠気は消えた。
(えっ、何この展開……! 目覚めたら目の前に先輩の寝顔があるって、どんだけ幸せな朝の迎え方だよ……!!)
今にも叫びそうになり、瀬輝は静かに深呼吸を繰り返す。
少し落ち着き、改めて連朱を見つめる。
体ごとこちらを向いている姿は真っ直ぐで美しく、惚れ惚れするものだった。
(寝てる姿までカッコいい……っていうか、先輩の足元でミカヅキが寝てる! 何だよこの状況。最高じゃん!!)
愛猫と憧れの人が一緒に眠っている。それが嬉しかった。
その様子をしばらく見つめる。
そうしていると、連朱の瞼がゆっくりと開いた。
「おはよ」
少し掠れた声と寝ぼけ眼の破壊力は凄まじく、胸がギュンッと締め付けられた。
「おおっ、おはようっ、ございます……!!」
硬直する体の強い拍動を感じながら、瀬輝は声を絞り出す。
「もう起きてたんだね」
「し、自然と目が覚めてしまって……! 先輩はよく眠れましたか?」
「うん。もうぐっすりと」
「それは良かぁっ!!」
話している途中、アメが横っ腹目掛けて飛んできた。おかげで変な声が出てしまい、瀬輝は恥ずかしさで顔を赤く染める。
連朱も驚いた顔をしている。
「瀬輝、大丈夫!?」
「大丈夫です。朝ご飯の催促で、いつものことなので……」
苦々しく笑う瀬輝はゆっくり立ち上がる。
「先輩はゆっくりしててください。アメたちのご飯を準備したらまた戻ってくるので」
「うん」
そう言い残し、部屋を出た。五匹の愛猫があとをついてくる。一緒に階段を下りる小さな足音を聞きながら、幸せなひとときだったと回顧した。




