初めて隣の席に
進級し、三年生となった稜秩たちは席替えを行っていた。
クジを引き終えて新しい席へと移動する。
これから一年間、自分の席となる一番後ろの席に来ると、稜秩は目を疑った。
「いっちーが隣だ!」
愛する彼女と隣同士になったからだ。
稜秩は平然を装いつつ、嬉しそうに笑う咲季に「よろしくな」と答える。
(まさか最後の席替えで咲季の隣になるとは……顔、ニヤけてないといいけど)
不自然に見えないように、そっと指先で口元に触れた。特に変わりはなさそうなので、一先ず安心する。
「そういえば、あたしたちの席が隣同士って初めてだよね!」
「そ、そうだな」
稜秩は少しぎこちなく頷いた。二人は今まで一度も隣の席になったことがない。それが高校生活最後の席替えで実現した。顔がニヤけそうになるのも無理はない。
終始笑顔の咲季を見て、二人とも同じ気持ちなんだと稜秩は感じる。
ふと周囲に視線を向ける。今座っているのは真ん中の列の一番後ろなので、とても見渡しやすい。
右隣には瀬輝がいた。瀬輝は前の席にいる連朱と話していて、連朱の前には天夏が座っている。
(今年はこういう感じか)
席替えの結果に軽く頷き、咲季との会話を続けた。
翌朝。
稜秩は目覚めからご機嫌だった。制服に着替えながら登校の準備をしている時は鼻歌を歌い、朝食はいつもの倍の量を食べている。
そんな様子を家族全員が穏やかな表情で見守っていた。
「稜秩、何か良いことあったのか?」
登校時間になり、家の外で咲季を待っていると、石段の掃き掃除をしている八保喜が問いかけてきた。
稜秩は笑みを溢す。
「席替えで咲季の隣の席になったんだ」
「ほー。それでご機嫌だったのか」
「咲季と席が隣同士って初めてだから嬉しくてさ」
稜秩の喜びは雰囲気から常に伝わってくる。それを隠さずに教えてくれていることに、八保喜は嬉しく思った。
その後すぐに咲季と合流し、稜秩は学校へ向かう。
「……青春だのう」
二人を見送る八保喜は微笑み、優しく呟いた。
教室で担任の雪村が板書しているのをノートに書き写している途中、稜秩はちらりと咲季に視線を向ける。黒板とノートを交互に見て懸命にシャープペンシルを走らせる横顔は、どこか新鮮でしばらく見ていたいほどだった。
実際、ずっと見ている。
ほぼ毎日、目にしている彼女の新たな一面を見られたような気がして、そうしているだけで楽しかった。
その一部始終を、隣にいる瀬輝が目撃していた。
「稜秩ってさ、咲季のことすげー見てるよな」
体育の授業前、更衣室でジャージに着替えている最中に瀬輝が言った。
周りの男子生徒たちの視線が一ヶ所に集まる。注目の的となった稜秩は手を止め、不思議そうな顔をする。
「えっ?」
「『えっ?』って、もしかして自覚なし!?」
「瀬輝に言われるまで全然……そんなに見てたのか?」
「黒板見てる時間よりも咲季を見てる時間の方が長かったぞ」
「そんなにかよ……」
苦笑いを浮かべる稜秩は口元を手で隠した。しかし、赤く染まった頬は見えている。
それを目にした瀬輝の顔がニヤニヤと笑った。
「無意識で見てるなんてかわいいじゃ〜ん! 稜秩にもそういうところが──」
話を全て聞き終わる前に、稜秩は自身の右足を瀬輝の左足の甲に乗せた。
すると、一瞬でこの後の展開を悟ったであろう瀬輝の顔が青くなり、後退りしようとする。しかし稜秩はそれを逃すまいと、意地悪な笑みを浮かべてゆっくりと足に体重をかけた。
「そうか、瀬輝は俺にこうしてほしくてそんなちょっかいをかけてくるのか」
「違う違う! そんなことなあああああっ!!!!」
「お望み通りにしてやるよ」
「ごめんってばあぁーー!!!!」
「え? まだ足りない?」
「ギブギブギブ!!!!」
涙目で訴えてくる瀬輝に満足したように、口角を上げたまま足を離す。
「本当はもっとしてほしいんだろ?」
「ほしくない……!!」
「まあ、今日はこれくらいにしてやるよ」
話しながら着替えを終わらせ、稜秩は更衣室から出て行く。瀬輝に向けられた心配の声や「馬鹿だなー」という言葉を背中で聞きながら、小さく息をついた。
(瀬輝に見られてたとはなぁ……次から気をつけよ)
そう心に決め、体育館へ足を踏み入れた。
体育の授業が終わり、再び教室で授業を受けている時。男子生徒たちの視線が、チラチラと稜秩に注がれている。
それに気付いた咲季がそっと話し掛けてきた。
「……ねぇ、何か男子がいっちーを見てる気がするんだけど」
「気のせいだ、気のせい」
真っ直ぐ黒板の方を見ながら、稜秩は言い聞かせるように答えた。
「……」
「……」
前を向いていても、咲季の視線は稜秩に向けられている。
「……ねぇ、いっちー」
「ん?」
名前を呼ばれて返事はするものの、稜秩は断固として咲季の方を見ようとはしない。
「どうして数学の授業の時みたいにこっち向かないの?」
たった一言で、瞬時に稜秩の体は熱を帯びた。鼓動が早まる。
(いや、そうだよな。瀬輝が気付いてるなら咲季も気付いてるよな……でも何で今言うんだ……?)
チラッと咲季を見る。少し寂しそうな表情と目が合った。ところがそれは一瞬にして消え、いつもの明るい笑顔になった。
(そんなに俺に見られてるのが嬉しかったのかよ)
稜秩はフッと笑い、控えめに咲季と見つめ合う。
そうした後、チラチラと見てきた男子生徒たちに対し、不敵な笑みを浮かべて視線を送る。無言の圧力が、慌てる全員を一斉に黒板の方へ向かせた。
帰り道。
稜秩は数学の時間に咲季に言われたことを口にした。
「俺の視線に気付いてたんだな」
「うん。すごく見てるなーって感じてた」
「でも、気付いてる素振り全然なかったよな」
「きっといっちーは無意識で見てるんだろうなって思ってたから気付いてないフリしてたの。みんながいるところであんなにじっと見てくることってないし」
「そうか……」
優しく笑う咲季が話す内容に恥ずかしくなった稜秩は、視線を逸らす。不意に視界に捉えた空には、何羽かのカラスが飛んでいた。
「だから、全然見てくれなかったことがちょっと寂しかったんだ」
静かな声音を耳にし、何故咲季があのタイミングで「こっち向かないの?」と聞いてきたのか、ようやく理解した。
曇りなく笑う顔が自分を見上げている。
稜秩は申し訳なさそうに頬を掻いた。
「……悪い。あの時、周りの男子が見てくるから意地で咲季の方を見ないようにしてた」
「みんな見てたもんね」
「まあ、元凶は瀬輝だけど」
「瀬輝くん、また何か言ったんだ」
クスクスと笑う咲季の表情を見ながら、稜秩は体育の授業前のことを話す。
それと同時に、初めて咲季の隣の席に座れたのだから、変に周りを気にするのはやめようと決めた。




