テンポドロップ
咲季は稜秩からバレンタインデーにプレゼントされたテンポドロップを眺めていた。自室の中心に置いているテーブルの上に飾り、毎日のようにそれを見ていた。
テンポドロップは、十九世紀にヨーロッパの航海士などが使っていた天候予測機を元に作られたインテリアオブジェクトだ。
雫型のガラス管の中にはエタノールやクスノキのエキスである樟脳など、いくつかの化学薬品が入っている。そこから発生した結晶が、天気や気温によって形を変える。
例えば、晴れの日は結晶が器の底に沈殿して液体は透明に、雨の日だと大小問わずいくつもの結晶が現れ、液体中に浮遊する。
咲季は、その様子を見るのが楽しくて仕方がなかった。
そんなある日、天夏が部屋に遊びにきた。天夏はテーブルの上に置かれたテンポドロップを興味深そうに見ている。
「これがテンポドロップなのね。初めて見たけど綺麗ね」
「でしょー」
咲季は満足げな表情で天夏と一緒にそれを見つめる。11cmくらいの雫型のガラス管の中では、白い結晶が底の方で発生していた。
「真っ白で雪みたいね」
「うん」
頷く咲季の瞳はテンポドロップに向いている。話しかけなければ、延々と見ているのではないかと思うほど。
その夢中になっている姿を視界に入れた天夏が、優しく微笑む。
「楽しそうね」
「へへ〜」
咲季は表情を緩めたまま、天夏と視線を合わせる。
「これを観察してるのも楽しいんだけど、いっちーがあたしのことを考えながら選んでくれたんだなって思うと、ついにやけちゃうんだ」
「いきなりの惚気発言ね」
「それくらい嬉しいの」
そう言う顔は幸せに満ちている。稜秩からプレゼントを貰うたびにそんな表情を見せる親友を、天夏は微笑ましく思う。
一方咲季は、天夏にテンポドロップについてもっと知ってほしくなった。
「これね、今はこんな感じだけど、雨だとこうなるんだよ」
そう言って、咲季は携帯電話に収めた写真を天夏に見せる。液体の表面には小さな結晶が、底から半分くらいまでには大きな結晶が発生していた。
「え、すごく綺麗!」
「綺麗だよね。それから、雲が多くなる時はこんなふうになるよ」
次に見せた写真のテンポドロップは、結晶が液体の半分以上を占め、まるで新雪のようにふわふわに積もっている。
「こんなに変わるのね、不思議。これって天気によって決まった形になるの?」
「大まかに変わるんだって。だから、同じ天気でも違いが出てくるの」
「へぇ」
「あと、これは六時間から十二時間くらい先の天気を教えてくれてるんだって」
「あ、今の天気を表してるわけじゃないのね」
「うん。気温と湿度も関係してくるみたい」
「面白いわね。これは観察しちゃうわ。稜秩はセンスいいもの選ぶわね」
「うん!」
咲季は嬉しかった。大好きな人のセンスを、大好きな親友が褒めてくれているのだから。
(このこと、いっちーに伝えたら得意げな顔をするんだろうなぁ)
「そういえば、咲季と稜秩はホワイトデーには何もしないんだっけ?」
稜秩がしそうな表情を考えながら微笑んでいると、天夏が問うてきた。
咲季は頷く。
「うん。毎年バレンタインデーはお互いにお菓子とか文房具とか色々贈り合ってたんだけど、ある時に『同時じゃなくて一年ごとに交互にプレゼントを渡してみない?』ってあたしが言い始めて、それから今の状態になったの」
「元々ホワイトデーは何もしてなかったのね」
「バレンタインデーで渡し合ってるからいいかな、って感じだったから」
話しながら、咲季はそんな日もあったなと懐かしさを感じる。自分が言い出したことを稜秩は嫌な顔ひとつせず、むしろ楽しそうに聞いていた。それが嬉しかったのを今でも覚えている。
「来年は何を贈るの──って、気が早いわね」
「だいぶ早いね」
咲季はクスクスと笑う。だが、来年は稜秩に何を贈ろうかとつい考えてしまう。そうするだけで楽しみが胸いっぱいに広がった。
改めて、テーブルの上に位置するテンポドロップに視線を注ぐ。澄んだ液体と白い結晶が綺麗に分かれたそれは、まだ表情を変えずにいる。
次はどんな形になるのかなと、心を弾ませた。




