表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/123

描きたい

 放課後の静かな図書室には、図書委員を含めて何人かの生徒がいた。その中に咲季(さき)稜秩(いち)の姿もある。今日は互いに部活動が休みのため、ここで過ごしている。


 咲季(さき)は、隣の席で本を読む稜秩(いち)の横顔を、スケッチブックに描いていた。周りの迷惑にならないように、控えめに。


 読書をする彼を見ては、その(さま)をスケッチブックに描く。

 それを繰り返していると、本を見ているはずの青い瞳と目が合った。


「あ、ごめん。集中出来ない……?」

「いや、もう慣れてるから平気。どんな感じかなーって思って」


 互いに小声で話していると、稜秩(いち)が楽しげな表情でスケッチブックを覗き込んできた。その瞳が柔らかく笑う。


「いいじゃん」

「でしょ」


 期待していた言葉に咲季(さき)はにこにこする。


咲季(さき)って昔から俺のことスケッチするの好きだよな」

「うん。何かこう、描きたいなって思うことが多いんだよね」

「そんなに?」

「そうだよ。それに、いっちーって学校にいる時と家にいる時とじゃ表情がちょっと違うんだよね」

「え、どんな感じで?」


 問うてきた稜秩(いち)は不思議そうだった。

 それを見つめながら咲季(さき)が説明する。


「学校だとキリッとしてて、家だと柔らかいっていう感じ。だから本を読んでる時の表情も家と学校では違うし。その違いを描くのも好きなんだ」

「そ、そうか」


 思っていることを伝えると、稜秩(いち)はどこかぎこちない相槌を打って本に視線を戻した。

 それについてさほど気にしていない咲季(さき)は、スケッチを再開するために鉛筆を手にし、再度稜秩(いち)を見た。目を離した間に起きた変化に目を見開く。

 白い肌に赤みが差していた。


(何でいっちーの顔、赤いんだろう……暑いのかな)


 咲季(さき)はじっと稜秩(いち)を見つめる。

 すると、また二人の目が合った。


「……何だよ」

「いっちーの顔赤いなって思って。暑いの?」

「……いや」

「……いつの間にかチーク入れた?」

「んなわけないだろ」


 素早いツッコミに咲季(さき)は「まあ、そうだよね」と小さく笑う。しかし、疑問は深まるばかり。

 それを消すように稜秩(いち)が続ける。


「そういうふうに思いながらスケッチしてるって分かったら、変に意識するんだよ」

「あ、そういうことか」


 咲季(さき)はようやく理解でき、頷いた。そして考える。読書をしている稜秩(いち)をスケッチしたいが、こちらを意識してしまうことで読書に集中できなくなるのは避けたい。


(絵はある程度描けてるし、あとは家で仕上げればいいかな)


 思いながら静かにスケッチ道具を片付ける。


「描かないのか?」

「うん。いっちーの読書の邪魔したくないからさ。それに、描くなら自然体の方がいいし」


 そう言って咲季(さき)は席を立ち、沢山の本が並んでいる棚へ歩み寄る。


(せっかく図書室に来たんだし、何か読もう)


 ゆっくりと歩きながら本の背表紙を見ていく。小説や歴史関係など、様々な本がある。


(どれにしようかな)


 いくつかの本棚を見ていると、気になる小説を見つけた。

『私はあなた』

 淡いオレンジ色の本を棚から取り出し、開いてあらすじを読んでみる。二人の少女がひょんなことから中身が入れ替わり、元に戻るために試行錯誤を重ねていくというストーリーだった。


(これにしよう)


 面白さを感じた咲季(さき)は満足げに笑い、席に戻ろうとする。

 本棚が立ち並ぶ場所から稜秩(いち)の後ろ姿が見えると、足を止めた。斜め後ろから僅かに見える稜秩(いち)の顔は、本に向いている。ただそれだけなのに、稜秩(いち)だけが違う世界のように見えた。


 不意に、ここから見えるその姿を描きたいという気持ちが顔を出す。


(……そういえば、このアングルのいっちーを描いたことがない気がする。紙とペンが手元にあればなぁ……でも今は描けないから、あとで描こう)


 咲季(さき)は上着のポケットに手を入れ、携帯電話を取り出そうとした。


(あ、でもこれ盗撮になっちゃうし、図書室でシャッター音はダメだよね……)


 ポケットから何も持たない手を出し、どうしようかと悩む。その末、しっかり記憶に留めておこうと、稜秩(いち)を穴が開くほど見る。


 すると突然、稜秩(いち)が振り向いた。咲季(さき)の心臓が飛び跳ねる。


「……」


 少しの間見つめ合っていると、稜秩(いち)が手招きをしてきた。それに従って席に戻る。


「あそこで何してたんだ?」

「本を持って席に戻ろうとしたらいっちーの後ろ姿が見えて、それを描きたいなって思ったけど今は描けないから記憶に残しておこうと思ってじっと見てたの」

「そうか」


 驚きつつも笑う稜秩(いち)の表情は優しかった。咲季(さき)はそれも描きたいと思ってしまう。


(今日はいっちーのこと沢山描きたくなる日だなぁ)


 湧き上がってくる気持ちを感じながら、持ってきた本を開く。


「あとでならいくらでも描いていいから」


 隣から聞こえた小さな声に勢いよく顔を上げ、稜秩(いち)を見る。


「本当……?」

「ああ」

「やった!」


 咲季(さき)は瞬時に笑みを零した。思わず鼻歌を歌ってしまいそうになる。その喜びを落ち着かせるために静かに深呼吸をし、稜秩(いち)とともに読書を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 前読んだ時よりも文章がすごく読みやすくなってて、すごいなと思いました。優しい気持ちになれる素敵な物語だなあ、と思います。 [一言] 継続されていてすごいなと思います。 陰ながら応援していま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ