ヨールカを見上げて想う
表記は日本語ですが、ロシア語で話している設定。
稜秩が独り言を言っている時は日本語です。
十二月三十一日。十三時二十分。
ロシアのヤクーツクに訪れている稜秩は、雪に覆われた道を歩いていた。息を吸うたびに冷たさが鼻孔を通り、痛さを訴える。
今はマイナス42度。吐息で帽子の一部とまつ毛が凍る。
「……さすがに寒いな」
呟きながら、一緒に散歩をしているシベリアン・ハスキーのアレキに視線を向ける。祖父母の愛犬である彼女は寒さなど気にしていないようで、積もっている雪に思い切り飛び込んだ。その動きに合わせて、アレキと稜秩を繋いでいたリードがピンと張る。
稜秩は思わず苦笑いを浮かべた。
「元気だな……」
「ワン!」
全身雪まみれになったアレキは元気に吠えた。まだ二歳だからなのか、元気が有り余っている様子。
そんな彼女の想いも尊重しつつ、稜秩はゆっくりと歩く。
道中、住宅街の近くにある広場に大きなクリスマスツリーが設置されているのが見えた。
見た目は日本でもよく見かけるツリーなのだが、ロシアではヨールカと呼ばれている。ロシアのクリスマスは一月七日のため、この時期もヨールカが飾られているのが一般的だ。
(日本でのクリスマスも楽しかったな)
稜秩は立ち止まってヨールカを見上げながら、数日前のことを思い返す。終業式終わりに咲季とファミリーレストランで昼食を食べたり、小さな水族館に出掛けたりした。夜は自宅で天夏たちも呼んでクリスマスパーティーを開いた。一緒に食事をし、プレゼント交換をし、ケーキも食べた。
楽しい思い出に自然と笑みが溢れる。
その時、ふと気付いた。
(……そういや、ほぼ毎年こっちで年越してるな)
日本で年末年始を過ごしたのは小学生の時に一度だけ。それ以外はルビンの故郷であるこの地で過ごしている。
(向こうで年越ししたのって確か小学三年生の時か。親父の仕事の都合で。あの時、咲季すげー喜んでたっけ)
その咲季の様子は今でも覚えている。いつも以上にテンションが高く、常に笑っていた。そしてよほど嬉しかったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
今でもそんなリアクションをするのだろうかと、知りたくなる。
そこで、稜秩にある思いが芽生えた。次の年末年始は日本で過ごそうかと。
咲季がどんな反応をするのか見てみたいというのもあるが、理由はもう一つある。来年は高校生活最後の年末年始。そこが重要だった。
(学生のうちに咲季との思い出も色々作りたいし、高校卒業したらお互いの都合が合わないってことも出てくるかもしれないし)
稜秩の気持ちは九割方決まっていた。
(でも、俺が日本に残るって言ったら親父たちも残るんだろうか……それはそれで申し訳ない気持ちになるな……)
稜秩は「うーん」と小さく唸りながら歩き出した。
祖父母の家に近づくにつれて、薪を割る音が聞こえてくる。
玄関先で祖父のミハイルが斧を手に薪割りをしていた。七十代半ばという年齢を感じさせないほどのしっかりとした足腰で、次々と薪を割っていく。
そのカッコよさについ見惚れてしまう。
「おかえり」
こちらに気付いたミハイルが手を止めて声を掛けてきた。にこやかな青い瞳を見つめ、稜秩も微笑む。
「ただいま」
「寒かっただろう」
「今日は流石に寒いね。薪割り手伝おうか?」
「ありがとう。でもある程度割ったから、薪をしまうのを手伝ってくれるかい?」
「分かった」
頷いた稜秩はアレキを繋いでいるリードを、家を囲っている柵に括り付けた。
「ここで大人しく待ってるんだぞ」
「ワン!」
アレキの頭を撫でて元気な返事を聞いた後、雪の上に散らばっている薪を何本か抱える。それらを屋根付きの薪棚に収納していく。
「……じいちゃん」
「ん?」
「俺、来年の年末年始は日本で過ごすかもしれない」
そう告げて祖父に視線を送ると、驚いている顔が自分を見上げていた。
「どうして?」
「次は高校生活最後の年末年始だから、咲季と一緒に日本で過ごしたいって思ってさ」
「何だか淋しいな……」
少し沈んだ声音を耳にし、稜秩は咄嗟に付け加える。
「あ、でもさっきアレキの散歩しながら考えてただけだから。親父たちにも言ってないし」
「そうなのか。けど、稜秩がそうしたいならそうすればいいよ。一生会えないわけじゃないんだし」
「……うん」
ミハイルの言葉に静かに胸を撫で下ろした。おかげで気持ちが楽になる。
「さ、家に入ろう」
「うん」
曇りのない笑顔を見せる稜秩はアレキのもとへ行く。柵に繋いだリードを解き、アレキを連れて祖父と共に家の中へ入った。




