からくり時計
冬休みが始まって数日。連朱は家族と一緒に福岡県に来ていた。
長期休みになるとよく旅行へ行く湊琉家なのだが、今回は修学旅行がなくなってしまった連朱のためにこの地を選んだからだ。
今は全長約600mもある天神地下街を、家族四人で歩いている。東11番街から1番街の北広場に向かってまっすぐ進む。
連朱は両親の後を追って石畳の道を歩く。その胸に宿る緊張と楽しみが鼓動をうるさくさせていた。少しでも気を紛らわせようと、周囲に視線を送る。
老若男女関係なく、たくさんの人が行き交っていた。そしてガイドブックにも書いてあった通り、天神地下街の通路の照明は薄暗く、立ち並ぶ店舗の照明は明るい。それだけで非日常感があった。
(写真でも綺麗だったけど、実際に見た方がもっと綺麗だなぁ)
連朱は辺りを見ながら思う。同時に、神昌もここに来たのだと思うとさらに緊張が増してしまった。
「兄ちゃんが見たいって言ってたからくり時計までって、まだ距離あるの?」
隣を歩く弟からの問いかけに心臓が跳ね上がる。
「えっ、あ、うん……! 2番街と3番街の間にあるから、まだまだずっと向こう……」
「それならあっち側から来た方がよかったんじゃない?」
朱李が長く続く通路の奥を指差した。それを一瞥した連朱は自身の首に触れ、目を泳がせる。
「いや、それは心の準備が……」
「時計見るだけなのに準備が必要なのかよ」
「俺にとってはそう」
「ふーん」
「それにしても、色んなお店があるのね!」
前方から母の弾んだ声が聞こえた。キラキラした瞳で辺りを見ている。その隣にいる無口な父も楽しそうだった。
この天神地下街には衣料品店の他、カフェやドラッグストアなど、様々な店舗が東通路と西通路に立ち並んでいる。
ゆっくりと店を見ながら歩き、8番街から7番街へ向かう道中、道が開けた。連朱はハッとして左側を見る。アイアンアートの「Relier」が、東通路と西通路の間に壁に設けられていた。
それを目にした瞬間、咲季の笑顔が浮かんだ。動画に収めようと、動き出す。
「あそこで動画撮りたいからちょっと待ってて」
「動画?」
不思議そうな表情をする三人を背に、連朱はRelierの前へ行く。幸いなことに、今は周辺に人はいない。
携帯電話をズボンのポケットから取り出し、動画モードを起動する。最初に全景を撮り、次に近くに寄って近距離で撮影をした。横が6.1m、縦が2.1mもあるモニュメントは、どこから見ても見応えがある。パリの街並みを表しているアートが、ホワイトのイルミネーションで映えている。
「素敵なアートね」
いつの間にか、母たちも近くに来ていた。連朱は動画を撮るのをやめて写真を何枚か撮る。
「咲季が見たいって言ってたんだ」
「あー、確かに咲季ちゃん好きそう!」
朱李が納得したような表情で頷く。
その後も、寄り道をしながら通路をまっすぐ進んだ。
そして、ついに3番街までやって来た。連朱は気が気ではない。
「兄ちゃん、すげーソワソワしてるね」
「そ、そうか……?」
「うん。分かりやすい」
話しながら歩いていると、右側にからくり時計が見えてきた。瞬間、連朱の胸が高鳴る。
「お! 時計あった!」
朱李の明るい声に肩がびくつく。
それに気付かない三人は時計に近づく。
「あ、これが連朱の言ってたからくり時計? かわいいね」
「う、うん……」
連朱はぎこちなく頷きながら、家族とからくり時計に交互に視線を送る。
「そういえば、これって三十分に一回音楽が流れるんだっけ?」
「うん」
母の問いに答えつつ、時間を確認する。十一時十八分。仕掛けが動き出すのにまだ十分ほどある。
「……」
連朱は迷った。ここで三十分まで待つべきか、時間になったらもう一度ここへ来るべきか。
「……あのさ、俺その音楽も聴きたいから、母さんたちは他の店見てていいよ」
「え、時間まで待ってるの?」
「うん。またここに戻ってくるってなったらバタバタしそうだし」
「そう。じゃあ、あとでメールしてね」
「うん」
両親を見送った連朱は携帯電話を手にし、からくり時計の写真を撮ろうとする。
(確か、神昌さんは向かって右側から撮ってたっけ……)
神昌がSNSに載せていた写真を浮かべながら、同じような写真を撮る。しかし、一度では納得いかず、何度か撮り直す。
「……よし」
ようやく納得がいく写真が撮れ、連朱はからくり時計を正面から見る。五体いるブリキの小さな人形たちは、オルゴールの取手や上から吊るされたベルに繋がっている紐を手にしてその時を待っていた。
時間になればどんな動きを見せてくれるのか、楽しみになる。
すると、隣で同じようにからくり時計を見ている朱李が声を掛けてきた。
「兄ちゃん、こういうの好きだったっけ?」
「んー……まぁ……」
弟からの問いかけに口籠る。まだ家族にも神昌のファンであることは伝えてはいないのだ。知られるのも時間の問題だが、連朱には言う勇気がなかった。
人形たちがいる部屋の外に付けられた丸い時計を見ると、あと一分で十一時三十分だった。
連朱はじっと長針を見つめる。
針が三十分を指して数秒後、柔らかい音楽が地下街に響き渡る。その音色が連朱の心を掴んだ。音に耳を傾け、順番に動き出す人形たちを見つめる。
流れてくるのは、十五世紀のシャンソン。人形の動きと合った優しいメロディーが心を和ませてくれる。連朱は瞬きを忘れて見入った。
からくり時計が奏でる音楽は三分ほど。
ショーが閉幕し、辺りは群衆の足音に包まれたが、連朱にはそれが聞こえていない。動きを止めた人形たちをじっと見つめ続けている。
「兄ちゃん」
「あ……悪い」
我に返り、苦笑いを浮かべて朱李を見る。少し不思議そうにする瞳と目が合った。
「見入るくらい見たいものだったんだね」
「うん」
「あ、動画撮っておいたけどいる?」
「えっ、撮ってたの!?」
「撮ってた方がいいかなーって思って」
「じゃあ、あとで送っといて」
「ほーい」
朱李の返事を聞きながら、八保喜の計らいでイルミネーションを見た時も同じようなことがあったなと思い返す。そして、朱李と瀬輝はやはりどこか似ているとも思う。
微笑む連朱は、母に居場所を訊ねるメールを送った。




