ヒーローと桃
学校も部活動も休みの日。本屋で漫画を購入した瀬輝は、足取り軽く街を歩いていた。
(家帰ったら即行読もー)
待ちに待った漫画の新巻に心を躍らせる。
その時、道端でキラリと光るものがあった。気になり、注視しながら近寄る。
「鍵?」
落ちていたのは家の鍵。キーホルダーリングで繋がれた、小さな桃のアクリルキーホルダーも付いていた。
(女の人のものか?)
鍵を拾い上げ、周囲を見回す。しかし、何かを探している様子の人はおらず、みんなただ通り過ぎるだけ。
(とりあえず交番に持って行くか)
瀬輝は数分歩いた場所にある交番所へ向かった。ガラスの引き戸を開けて中へ入る。
「すみません、道で落とし物を拾ったんですけど」
「落とし物ですね、ありがとうございます。では、この書類に拾った場所やお名前のご記入をお願いします」
「あ、はい」
カウンターの上に置かれた拾得物件預り書に必要事項を書こうと、ボールペンに手を伸ばした時。
また引き戸が開き、人が入ってきた。
「あの、鍵の落とし物って届いてないですか!? 桃のキーホルダーが付いている鍵なんですけど……!」
慌てた声に反応した瀬輝は、隣に立つ人に視線を送った。
二人の視線が交わる。
「あ」
瀬輝と章弛は同時に声を発し、驚いた顔で見つめ合った。
交番所を後にした瀬輝は、お礼をしたいと言う章弛に連れられ、ハンバーガーショップに来ていた。
互いにハンバーガーセットを注文し、席に着いて向かい合って食べている。
「いやー、本当助かったよ! 瀬輝くんが拾ってくれて良かったー!」
安堵した表情で章弛がテリヤキバーガーに食らいついた。
その向かいでコーラを飲んでいた瀬輝はカップを置く。
「まさか章弛の家の鍵だったとはな。ポケットにでも入れて落としたのか?」
「そう。携帯と一緒に入れてて多分携帯を取り出した時に落としたんだと思う」
「カバンとか財布の中に入れとけよ」
「今日からそうする」
明るく話す章弛に苦笑いを送りながら、瀬輝はフライドポテトを三本同時に食べた。
「瀬輝くんはヒーローだな!」
突然飛んできた言葉に思わず唖然とする。
「……いきなり何言ってんの……?」
「思ったことを言っただけ」
「ヒーローって、大袈裟だろ……」
「大袈裟じゃねぇって。拾ったのが悪い奴だったらヤバかったし。だからヒーロー」
「そうかよ」
少し呆れた表情をする瀬輝は小さく息を吐いた。同時に、突飛なことを言うのは今に始まったことではないかと思いながら、チーズバーガーを一口食べる。
「それに、このキーホルダーはすげー大切なものなんだ」
微笑む章弛の視線は、鍵に付けている桃のキーホルダーに向けられていた。
瀬輝は何となく察する。
「あー、女の子から貰ったやつ?」
「まあまあ当たってるな。俺の姉ちゃんがくれたんだ」
「へぇ」
予想外の答えに瀬輝の体が僅かに前のめりになる。
「中学生の時に誕生日でもクリスマスでもない普通の日に『好きそうだから』って買ってくれてさ」
「桃が好きなのか?」
「それもあるし、俺の名字が〝桃方〟だから桃にはすげー愛着あるんだ」
話している章弛の表情は先ほどまでの笑顔とは違い、穏やかだった。それには目新しさがある。
(章弛もこういう顔するんだなぁ)
チャラチャラした人だと思っていた彼の新たな一面を見られ、瀬輝は面白さを感じた。故に余計に思ってしまう。
「だったら尚更ちゃんと保管しとけよ」
「それは、ごもっとも……」
苦々しく笑う章弛は鍵をボディバッグの中へしまう。
それを見ながら瀬輝が呟くように声を出した。
「……何か意外」
「何が?」
「お姉さんから貰ったのを付けてるのが」
「そんなに意外か?」
きょとんとする章弛を見ながら、瀬輝は頷いて続ける。
「うん。お姉さんより他の女の子から貰ったものを付けてる感じがする」
「あ、それももちろん付けてるよ。女の子からはキーホルダーとか文房具とか色々貰ってるな」
そう言うと、章弛はバッグの中からハンカチを取り出した。
「これも同じクラスの子に貰ったし。みんな、俺とお揃いのものが欲しいみたいでさ」
「相変わらずブレないな……」
にこにこする章弛を見て、瀬輝は顔を引き攣らせる。根本的にそういう人なんだと痛感した。
ハンバーガーを食べ終えた二人は、店先で少し言葉を交わす。
「奢ってくれてありがとうな」
「いいのいいの。当然のことだし。じゃ、またな」
「おう」
軽く手を振る瀬輝は去って行く後ろ姿を見送る。
そうしていると、桃のキーホルダーを見て微笑んでいる章弛の顔が浮かんだ。
「……だからヒーロー、か」
小さく呟いた声が耳に届く。胸の辺りがくすぐったくなった。改めてその意味を考えると、悪い気はしない。寧ろ誇らしい。
瀬輝は静かに笑い、ゆっくりと歩き出した。




