告白した日
とある週末。天夏は咲季の家に遊びにきた。咲季の部屋で漫画を読んだりゲームをしたりしていた。今は、中学校の卒業アルバムを二人で見ている。
「そんなに年数経ってないのに、懐かしく感じるわね」
「うん。一年生の時キャンプも楽しかったねー」
話していると、咲季が考えるように視線を上に向けた。
天夏は不思議に思う。
「どうしたの?」
「天夏と哉斗くんが付き合い始めたのってこの頃だったかなーって思って」
「あ、そうね」
咲季の一言で、天夏は当時のことを思い返す。
中学校に入学して同じクラスとなった哉斗とは、稜秩たちを通してすぐに仲良くなった。週末はみんなで一緒に遊んだり、家も同じ方向だからとたまに二人で下校することもあった。
特別、哉斗を異性として意識することはなく、男友達の一人として接していた。
しかし中学一年生の秋。それは突然だった。
部活動が休みだった天夏は、一人で帰ろうと上靴から外履へ履き替えた。昇降口から校門までの間には、テニスコートがある。
ふとコート内に視線を送ると、哉斗が部員の一人とボールを打ち合っている様子が見えた。ラリーは途切れることなく続いている。天夏は思わず立ち止まって見入った。
初めて見る光景ではないのに、目が離せない。フェンスの向こう側にいる哉斗は、キラキラと輝いて見えた。真剣な表情に胸がときめく。
(今まで何回も見てるのに、何でカッコいいと思うのかしら……)
疑問を抱きながらも、哉斗を目で追った。
しばらくして休憩時間に入り、部員たちが各々体を休める。
天夏は変わらず哉斗を見ていた。すると、こちらに気付いた彼と目が合った。心臓が飛び跳ねる。
(き、気付かれた……! こっちに来る……!)
駆け寄ってくる存在に逃げ出すことも出来ず、天夏はその場でオロオロする。
「天夏、帰るの?」
「え、ええ……今日部活ないし……」
「そっか。帰り道気を付けてね」
「ありがとう……哉斗も、部活頑張ってね」
「うん!」
間近で哉斗の笑顔を目にした瞬間、天夏の胸の締め付けは強くなり、体中が熱を帯びた。
「じゃっ、じゃあねっ……!」
絞り出すように声を発し、急いで歩き出す。そのせいか、哉斗がきょとんとしているのも気付かない。
(今の何今の何今の何!?)
天夏は混乱しながら足早に歩く。
(哉斗の笑った顔見ただけでああなるって私どうしたの!? 何があったの!?)
自問するが答えは帰ってこない。混乱は激しくなるばかり。
(いつも見てる哉斗でしょ!? なのに何で私ときめいてるの!? そんな要素どこにあったの!?)
「ねぇ、キミ可愛──」
「うるさいっ!!」
冷静さを欠いた天夏は声を掛けてきた男子高校生に一喝し、そのまま歩き去った。
帰宅する頃には少し落ち着きを取り戻していた。
勉強机に向かって自分の気持ちを一つ一つ整理していくと、哉斗のことが好きだと気付く。
(哉斗のこと好きになるなんて思ってなかった。というか、私も恋するのね……)
初めての感情に驚きながら、机の上に置いていた折り畳み式の鏡を手に取る。朝しっかりとセットした髪型は少し崩れていた。
「……明日からはもっと入念にアイロン掛けよう」
鏡の自分に向かって頷き、今日出された宿題に取り掛かった。
翌日。
天夏は決めた通り、入念に髪にストレートアイロンを掛けた。髪以外の身だしなみも綺麗に整え、家を出る。
「天夏、おはよ!」
登校途中、哉斗の声が後ろから飛んできた。一瞬で脈が速まる。
「おお、はよう……!」
天夏は自分の挙動不審さに泣きたくなった。平常心を意識すればするほど、落ち着きがない。
「今日調子悪い?」
「えっ、そんなことないわ……! いつも通りよ……!」
「そう? ならいいんだけど」
あまりそこへ気に留めない哉斗をありがたく思う。その反面、いつも以上に真っ直ぐに整えた髪には気付いて欲しかったと悲しくなる。
ぎこちない接し方は、数日間続いた。
しかしこれではダメだと思い、天夏は昼休みを使って咲季に相談することにした。
人気のない校舎裏で、しゃがんでひそひそと話す。
「それから哉斗の顔もまともに見られないのよ……」
天夏は膝を抱え、真っ赤に染めた顔を腕の中に隠す。
隣に座る咲季は真っ直ぐ前を見ながら言葉を発する。
「それならもう、告白したらどうかな」
「そう考えてはいるけど、もしフラれたらその後すごく気まずくなりそうで怖い……」
「そっか……でも今もちょっと気まずい感じじゃない?」
「……そう見える……?」
「うん。何かギクシャクしてるなぁって思う」
「ゔー……」
唸る天夏はさらに顔を伏せる。完全に顔が見えなくなってしまった。
咲季は静かに天夏に視線を送る。
「珍しいね。天夏がここまで思い詰めてるの」
「……友達として接してきた人を好きになったからかな……」
呟くように言った後、深呼吸を一つした天夏は少し顔を上げて咲季と目を合わせる。
「……頑張って、気持ち伝えてみる」
「うん! 応援してる!」
頷く咲季の明るい笑顔は、天夏に勇気を与えてくれた。
その日の放課後、天夏は哉斗を誘って下校していた。
しかし、二人の間に会話はあまりない。
「天夏、何かあった……?」
哉斗が静かに問うてきた。
言うならここだと、自分に言い聞かせる。
「……哉斗に、言いたいことがあるの……」
天夏は立ち止まり、哉斗と正面で向き合う。心配そうにしている顔が見えた。
「私、哉斗のことが好き」
「へっ!?」
哉斗の声が周囲に響いた。それ以外の音は聞こえない。
「……それって、友達として……?」
「違う。男として」
天夏は即答した。
かと思えば、歩き出す。
「えっ、どこ行くの!?」
慌てる哉斗に腕を掴まれ、足が止まる。
「帰るの。言いたかっただけだし」
「僕、まだ何も答えてないよ」
「……」
「……僕も天夏のことが好きだから、同じ気持ちなの嬉しい」
哉斗が発した言葉に目を見開く天夏は顔を上げ、振り返る。真剣な表情が、そこにあった。
「……本当……?」
「うん。それに、すごくびっくりしてる……」
恐る恐る問うた言葉に頷く彼は静かに呼吸を整えた。掴まれた手からは、激しい鼓動が伝わってくる。
「……天夏のことは、初めて見た時は綺麗な子だなとしか思ってなかったけど、一緒に行動していくうちに良いなって思うようになったんだ」
ゆっくりと話す姿を見つめていると、腕を掴んでいた手がそっと離れた。天夏はまた哉斗と向き合う。
「でも僕は、稜秩や連朱みたいにカッコいいわけじゃないから相手にされないと思って、ずっと諦めようとしてた。だから今、嬉しさと驚きが入り混じってる」
哉斗は照れ笑いを浮かべていた。天夏もつられてそっと笑い、胸に手を当てる。
「よかったぁ……フラれるかと思ってたわ」
「あ、もしかしてここ最近僕に対してよそよそしかったのって、そのせい……?」
「そうよ。ごめんね」
「原因が分かったから気にしてないよ」
二人は目を合わせると、小さな声で笑い合った。
「──で、その後家に帰ったらすぐに咲季に連絡したのよね」
「うん、あたしも覚えてる! 嬉しかったなぁ」
にこにこする咲季を見て、天夏は改めてお礼を言いたくなった。
「あの時も言ったけど、本当にありがとう。咲季のおかげて自分の気持ち伝えることができたわ」
「どういたしまして!」
明るい声も笑顔も当時と変わらない。それが天夏をほっとさせる。咲季がそばにいてくれてよかったと、心から思った。




