いっちーの匂い
日増しに日没時間が早くなってきた頃。部活動を終わらせた咲季は、稜秩と手を繋ぎながら薄暗い道を歩いていた。
「明日の家庭科楽しみだね」
「だな。俺、ポーチは初めて作る」
「私も作ったことないなぁ」
どんな出来上がりになるか考えながら話をしていると、少し強い風が吹いた。冷たさが肌に直撃し、身震いする。制服は冬用に衣替えしているが、それだけでは心細いくらいだった。
すると、稜秩が立ち止まり、手が離れた。
「いっちー、どうしたの?」
咲季も足を止める。見上げると、稜秩は持っていたカバンを近くにあったベンチへ下ろし、ブレザーを脱いでいた。
「咲季が寒そうだから」
言葉と共に、稜秩のブレザーが肩に掛けられた。温かさが体を包む。
「え、でもいっちー寒いでしょ……!?」
「これくらいの気温は平気だから気にすんな」
稜秩の手が頭を撫でてきた。大きな手の温もりと、優しく微笑む表情が咲季の胸をキュンとさせる。
「ありがと……」
「うん」
稜秩がカバンを肩に掛けている間に、咲季はブレザーに袖を通した。ふわりと稜秩の匂いが香る。
(いっちーの匂い、落ち着くなぁ……)
ずっと嗅いでいたいと思う匂いに、咲季の頬は自然と緩む。実際、咲季はブレザーに鼻を近づけて匂いを嗅いでいた。
不意に稜秩と目が合う。
「……悪い、汗臭かったか……?」
訊いてきた顔は心配そうにしていた。咲季は頬を緩ませたまま、稜秩を見上げる。
「ううん。ただ、いっちーの匂いが好きだから嗅いでただけ」
「そ、そうか……」
稜秩は視線を泳がせてカバンを掛け直した。
その手と反対側の手を咲季が握る。
それが合図のように、二人は同時に歩き出す。
また風が吹いてきたが、寒さは感じない。寧ろ温かい。稜秩のブレザーのおかげだ。手が袖で完全に隠れてしまうくらいのサイズは、咲季にとってはコートと同じだった。
そして何より、稜秩の匂いに包まれていることが、温かさを齎していた。
咲季はブレザーの襟元に顔を近づける。
「そんなに俺の匂いが好きか」
「好き。落ち着くもん」
答えた直後、訊きたいことが浮かんだ。すぐさま稜秩に視線を送る。
「いっちーは?」
「え?」
「いっちーは、あたしの匂い好き?」
咲季は真剣だった。真っ直ぐな眼差しで稜秩を見つめる。ほんのりと頬を赤く染め、答えづらそうにしている瞳とチラチラ目が合う。
「うん」
短い答えと同時に頷きが返ってきた。嬉しさが顔全体に溢れる。
「……訊かれると答えるのが恥ずかしいな」
「え、そう?」
「少なくとも俺は」
「そっか」
咲季は小さく笑って大きな手をぎゅっと握った。
自宅前に到着すると、ブレザーを脱いで稜秩に返す。
「ありがとう」
「ん。じゃ、また明日な」
「うん!」
明るく返事をして玄関ドアの前に行き、稜秩に向かって小さく手を振った。その際、服に残った稜秩の微かな匂いが鼻を掠める。
咲季は心地よい香りを感じながら、静かに家の中へ入った。




