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【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


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変装して訪れた文化祭

 咲季(さき)たちが通う仄和(ほのわ)高校は、いつも以上に賑わっていた。今日は文化祭が開催されているからだ。校内外問わず、様々な人たちで溢れかえっている。


 その中に紛れるように、ルビンがいた。抹茶色の着物と羽織、紺色の帯を纏っている。しかし、短い髪と瞳は黒い。


「意外と溶け込んでいるますよ」


 同じように着物を着ている珠紀(たまき)が楽しんでいるような表情を見せた。ルビンは安堵から微笑む。


「そう? なら良かった」


 初めて来た息子の文化祭。そこへ素の状態で校内を歩いていると騒ぎになりそうだと懸念したルビンは、変装することを決めていた。これはこれで楽しいと思える。


 そんなルビンより楽しんでいるのは八保喜(やほき)だった。出店や行き交う人を目で追っている。


八保喜(やほき)くんは既に楽しそうだね」

「楽しいです! 高校の文化祭って初めてなんで、ワクワクしてます!」


 八保喜(やほき)の瞳はキラキラと、子供のように輝いている。彼が着ているTシャツには、お笑いコンビ弥生の名前と「20th anniversary」という文字が胸の辺りにプリントされている。これは、弥生の結成二十周年を記念して作られた公式グッズだ。


 そしてこの後、彼らを含めた芸人三組のお笑いライブが講堂で開催される。それは八保喜(やほき)の一番の目当てだ。


「じゃあ、行こうか」


 ルビンたちはお笑いライブの時間まで店を回ろうと、歩き出す。


「あの!」


 丁度その時、どこからか声を掛けられた。

 ルビンが反応して振り向く。しかし、それは自分に向けられたものではなく、八保喜(やほき)に向けられていた。


 黒縁メガネを掛けたおさげの女子生徒──志保(しほ)が、興奮した眼差しで八保喜(やほき)を見上げていた。


「そのTシャツ、弥生の二十周年記念のですよね!?」

「そうです。あ、もしかして弥生のファンの方ですか?」

「弥生もそうなんですけど、采之宮(さいのみや)さんのファンでして……!」


 二人の会話を聞いていたルビンは、以前律弥(りつや)から聞かされていた、ここに入学してきたファンの子だと察する。


 八保喜(やほき)と話している彼女は、満面の笑みを浮かべていた。それだけで、どれほど律弥(りつや)のことが好きなのかが分かる。


(こうやって律弥(りつや)くんのファンの子に会えたのは嬉しいな)


 微笑みながら視線を送っていると、志保(しほ)と話し終えた八保喜(やほき)が少し申し訳なさそうな表情をした。


「すみません、お待たせして……!」

「いいのよ。律弥(りつや)さんのファンの子と会うなんて偶然ね」

「はい。だから余計に話が盛り上がっちゃいまして」

律弥(りつや)くんが聞いたら喜ぶだろうね」


 そんな会話をしながら、ルビンたちは校舎の中へ入る。お化け屋敷やフリーマーケットなどに行った後、お笑いライブが開催される講堂へ向かった。


 講堂は、スピーカーから流れる明るい音楽と多数の人たちの声で賑わっていた。席は半分以上が埋まっている。

 三人は前方の空いている席を見つけ、そこへ向かう。その道中、稜秩(いち)咲季(さき)たちの姿がルビンの視界に入った。


 恋人や友達と話している息子の無邪気な表情は、家で見るものとは少し違って見えた。


(何だか新鮮だな。やっぱり学校と家とでは多少違うよね)


 席に着いたルビンは壇上に視線を送る。スタンドにセットされたマイクが中央に一本置かれていた。これからそこに声を通す人たちが舞台裏にいるかと思うと、楽しみが増す。


 しばらくして、お笑いライブが始まった。





 出演者全員のライブを見終わり、ルビンたちは二年三組の教室を目指した。


 そこでは茶屋が開かれていた。教室内には赤い野点傘(のだてかさ)と手作りの木の長椅子がそれぞれいくつか置かれており、四隅には四季折々の花や風景のイラストが飾られている。

 そして、ここで働く生徒たちの和装とラジカセから聞こえてくる三味線や琴の音色が、一層〝和〟を感じさせる。和が好きなルビンはそれだけで胸が躍った。


「いらっしゃいませ!」


 店に入ると、息子が迎えてくれた。驚いた顔が自分を見ている。珠紀(たまき)八保喜(やほき)も一緒にいるからでもあるが、稜秩(いち)には変装がすぐバレてしまう。

 しかし、ルビンにとってそれは嬉しいことだった。


「来てたのか。というか、何で変装してんだよ」

「今日は稜秩(いち)たちが主役だからね。いつもの姿だと騒ぎになるだろうし」


 声を顰めて稜秩(いち)と話しながら、奥の席に座る。


「ご注文が決まりましたらお呼びください」

「ありがとう」


 渡されたメニュー表を三人で見る。お茶も和菓子も何種類かあり、どれにしようかとそれぞれ考える。


「想像よりも多くあって迷いますね」

「迷うわね。あら、どら焼きがあるわ」


 好物を見つけた珠紀(たまき)の顔が綻んだ。その表情をルビンは愛おしく思う。


 メニューを決め、注文をした。

 品が運ばれてくるまでの間、ルビンの目は自然と稜秩(いち)に向いていた。


 自分たちにもやっていたようにしゃがんで注文を取っていたり、笑顔で客を迎えたりしていた。


稜秩(いち)、楽しそうですね」


 隣に座る珠紀(たまき)がそっと声を掛けてきた。どうやら、同じく息子に視線を送っていたようだ。


「うん。すごく楽しそう」


 珠紀(たまき)と話していると、不意に稜秩(いち)がこちらを向いた。一瞬だけ合った目はすぐに逸らされてしまったが、少し恥ずかしげにしている表情は見逃さなかった。

 それが可愛いと思える。


「お待たせしました!」


 弾んだ声と共にお茶と菓子が運ばれてきた。


咲季(さき)ちゃんも天夏(あまな)ちゃんも似合ってるわ。可愛い!」

「ありがとうございます!」


 珠紀(たまき)に褒められた二人は嬉しそうにしていた。

 すると、咲季(さき)がチラッと稜秩(いち)の方を確認してから控えめな声を発した。


「三人が来てくれたから、いっちー嬉しそうにしてたよ」


 笑顔で言葉を残し、咲季(さき)天夏(あまな)とその場を離れていった。


「そう言われると、こっちも嬉しいですね」

「来てよかったわ」


 二人が言うように、ルビンも嬉しかった。心から頷く。

 そして、みたらし団子を口にしながら時折稜秩(いち)の様子を見つめた。

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