いいきっかけ
その日は暑いまではいかないが朝から気温が高く、雲一つない空が広がっていた。屋外で遊ぶのには最適な日。
高速で走るジェットコースターの音と楽しそうな叫び声が聞こえる中、列に並んで自分の順番を待っている咲季は、初めてここに並んだ時のワクワク感を思い出していた。じっと待っていられなくて両親から何度か注意されたことも、昨日のことのように覚えている。
このジェットコースターは身長120cm以上から乗れるのだが、小さい頃から小柄だった咲季は中々そのラインに届かなかった。
近くに設置されている身長制限の看板に目を向ける。今では見上げることがない注意書き。
「あの頃から比べたら余裕で乗れるようになったなぁ」
「何が?」
「ジェットコースターの身長制限」
「ああ、そういうことね」
隣で並んでいる天夏は納得した表情を見せた。
「あたし全然身長伸びなかったから、ジェットコースターに乗りたくても乗れなくて駄々捏ねて泣いてたんだよね。それで小学四年生の時にようやく乗れてさ」
「そういえば学校でそのことをすごく嬉しそうに話してたわね」
「うん!」
「チビッ子の気持ち分かるぞ……!」
天夏と二人で話していると、後ろから瀬輝の共感の声が飛んできた。
咲季は振り返る。
「瀬輝くんも同じだったの?」
「そう! 周りのみんな乗れてんのに俺だけ乗れなくてすげー悲しかった」
「あれ悲しかったよね。大体小さい子向けのアトラクションしか乗れなかったよね」
「そうなんだよ! 『俺が乗りたいのはこれじゃない!』って不満に思いながら乗ってた」
「瀬輝くんはいつから乗れるようになったの?」
「俺も小四の時!」
「あ、そこも同じだね」
咲季はまさかの偶然に驚きつつも笑顔を見せる。
一方瀬輝は「チビッ子と同じ時期に乗れるようになった俺って……」と頭を抱えた。
ジェットコースターを堪能した後に向かったのは、定員六人のボートに乗って遊園地のマスコットキャラクターたちが暮らす森を一周するアトラクションだ。
カラスのガラが案内役となり、みんなを森の中へ誘う。
『さあ、左側を見てごらん』
ガラに言われるまま、咲季も左側を向く。何度も乗っているアトラクションなので、何が起こっているのか分かっているのだが、毎回素直に従っている。
草木が生えた陸地では、ウサギのウサ吉とヒヨコのピー太がテーブルに着いてお茶会をしていた。
『ウサ吉は誰かを誘ってお茶会を開くのが好きなんだ。今日のメインはシフォンケーキのようだな』
(シフォンケーキかぁ。美味しそう)
咲季は物欲しそうにケーキを見つめる。
二羽が囲んでいるケーキは毎日種類が変わるため、咲季にとっては初めて見るものだった。
こういった仕掛けは至るところにあり、毎日来ても飽きないようになっている。
「あれは食えないぞ」
後ろの席に座る稜秩から、そんな言葉を掛けられた。
咲季は恥ずかしさを隠すように笑った。
「バレた?」
「バレバレ」
「チビッ子って食い意地張ってん、なぁっ!?」
「瀬輝くんどうしたの?」
「いやぁ……何でもない。うん……」
急な大声に驚いて問うたが、瀬輝は引き攣った笑顔を見せた。その顔色は少し青い気がする。
しかし、咲季は気に留めることなく前を向いた。瀬輝の足の甲が、隣にいる稜秩に踏まれているとも知らずに。
ボートを降りた咲季たちは、フリーフォールやお化け屋敷、アニメとコラボしたアトラクションなどを順に回り、今は観覧車に乗っている。
五人を乗せたゴンドラはゆっくりと上昇している。
端っこに座って地上に視線を向けていた咲季は、自分たちと同じ制服を着た人たちを見つけた。写真撮影をしているグループや、次のアトラクションへ向かっているであろう人たちがちらほら見える。その中には、担任の雪村と一緒に行動しているグループもいた。
咲季は目を細める。
(みんなも楽しそうでよかった)
「あ、イルカのショーやってる!」
二つ隣にいる瀬輝の声に反応し、咲季も反対側の窓を向く。遊園地と隣接している水族館のプールでは、イルカたちが水飛沫を上げながら規律よくジャンプをしたり、ボールを使って観客を楽しませていた。
「あとで観に行こうぜ!」
「いいわよ」
「次のショーは十二時半からか」
咲季の向かいに座っている稜秩が、水族館のパンフレットを見ながら言った。その隣に座る連朱が提案する。
「なら、観覧車を降りたあとにお昼ご飯食べた方がいいかもね」
「そうね。早い方がお店も空いてるだろうし」
提案に全員が頷く。
宙に浮くゴンドラで飛び交う四人の話を、咲季はにこにこしながら聞いていた。
遊園地内の飲食店で昼食を摂って少し休憩した後、水族館へ行き、真っ先にイルカのショーが行われるプールへ向かった。
席に着いて待っているとショーが始まった。飼育員と息の合ったパフォーマンスを見せてくれるイルカたちは生き生きとしていた。
イルカショーを見終わり、五人は館内をゆっくりと回る。大小様々な水槽で色とりどりの魚たちが泳いでいる。
小魚やフグたちがいる中、目の前を大きなマンボウが通り過ぎていった。咲季は思わず仰け反る。
「……やっぱり何回見てもマンボウは苦手だなぁ」
「不気味よね」
「うん」
同じ気持ちを抱える天夏と一緒に足早に水槽の前を通り過ぎ、他の生き物のところへ行く。
小さな水槽の中には、翼足をパタパタと動かして泳いでいるクリオネがいた。
「クリオネって、意外と小さいのね」
「小さいよね。テレビでしか見たことないからちょっと新鮮」
最近水族館にやってきた存在を気が済むまで観察し、次へ進む。
少し歩くと、ラッコのプールがあった。オスとメスが一頭ずつ水に浮かんでいる。咲季は奥にいるオスのラッコをひと目見て、はっとした。
「奥のラッコさ、何となく連朱くんに似てない?」
「え?」
「先輩に似たラッコ!?」
五人の視線がオスのラッコに集まる。少し吊り上がった目が、連朱によく似ていた。
「本当ね」
「どんだけ似てんの!? かわいい!!」
興奮する瀬輝は携帯電話で何枚も写真を撮る。その最中「先輩の方が断然カッコいいけどさ!」と独り言を言っていた。
「名前も似てるよな」
稜秩の言葉に促されるようにラッコの名前を確認する。プレートには「メーア」と書かれていた。
それも相まって、連朱は親近感を感じる。
「何か、嬉しい」
「先輩! ラッコと一緒に写真撮りましょう!」
「うん」
連朱はオスのラッコから一番近いところに立つ。それを瀬輝が写真に収めた。
先へ進むと、水中トンネルが現れた。
トンネルの外側ではサメやエイ、イワシなどが優雅に泳いでいる。一面の青と揺らめく光が、海の中にいるような感覚にさせる。
「綺麗」
「だな」
そっと溢した声に稜秩が反応した。隣を見上げれば、微笑んでいる青い瞳がある。
咲季はそれを見つめる。
「でも、一番綺麗なのはいっちーの目だよ」
静かに伝えると、大きな手が頭を撫でてきた。
一秒ほどだったが、嬉しさと優しさのある感触だった。
咲季は笑みを浮かべ、トンネルの外側の世界に視線を送った。
館内を一通り回り、咲季たちはイートインスペースでチュロスやソフトクリームを食べていた。
「そういえば、五人でここに来るのって初めてよね」
「言われてみればそうだな!」
「今回いいきっかけになったね」
「修学旅行は中止になったけど、いいこともあるもんだな」
天夏が発した言葉は、咲季も気付かなかったことだった。連朱と稜秩が口にした「いいきっかけ」「いいこと」に深く頷く。
それならもっと楽しみたいと思い立つ。
咲季は携帯電話で時間を確認する。時計は十四時を少し過ぎたところだった。
「集合時間までまだ時間あるし、また遊園地行かない?」
「いいな!」
咲季の提案に全員が賛成し、五人は時間の許す限り遊園地で遊んだ。




