幼少期を振り返れば、倒れる人がいる
ツンとする消毒液の匂いで瀬輝は目を覚ました。視界には白い天井とクリーム色のカーテン。見覚えがある。ここは、学校の保健室だ。
(……何で俺、ここにいるんだっけ……?)
ぼんやりとする頭で、少し前のことを思い返す。
今日は保健の時間に、自身の幼少期を振り返る授業が行われていた。二歳から十二歳の間で思い出に残っている出来事の写真をもとに、グループ内で発表するというもの。
くじ引きで決まったグループごとに集まり、島型形式に机を向かい合わせにする。瀬輝は、いつものメンバーとグループになっていた。
「瀬輝くんの写真カッコいいね!」
目の前に座る咲季の声に反応し、瀬輝は誇らしげな表情で写真を手に取って見せた。
「だろ? これ、幼稚園の運動会でよさこい踊ってる時のなんだ!」
「へぇー、瀬輝が通ってたところってよさこいやってたのね」
「毎年やっててさ、楽しかったんだー」
写真の中の瀬輝は弾ける笑顔で踊っていた。躍動感のある一枚だ。
「楽しそうに踊っててかわいいね」
隣から聞こえた連朱の声に、瀬輝の体温が一気に上がる。
「ええっ、かわっ、かわいいですかっ……!?」
「うん。かわいい」
「ありがとうございます!!」
再度言われた言葉で、瀬輝は喜びを爆発させる。しかし、今は授業中なので最小限に留めておくことにした。
(この授業、最高〜)
蕩ける表情で幸せに浸っていると、話題は咲季の写真に移っていた。
幼稚園に通っていた時、天夏と二人で撮った写真。二人は妖精の格好をしている。
「お遊戯会の劇で、天夏と妖精役をやったんだよ!」
「やってたなー。懐かしい」
「何でその写真なのよ……!」
ニコニコする咲季とは対照的に、天夏は恥ずかしげに顔を赤くしていた。
「天夏と妖精役やって、一緒に写真撮れたのが嬉しかったから!」
「それは分かるけど、何でこんな時に……」
「まあ気にすんなって。昔の思い出なんだし」
「そうだよ。天夏も咲季もよく似合ってるよ」
「……まあ、いいわ……」
そう言うものの、天夏はほんの少しだけ納得していないような表情だった。それと写真に映る幼い彼女を見て、瀬輝は改めて思ったことを口にする。
「天夏って、秋凪ちゃんと似てるよな」
その一言に全員が首を縦に振った。
「本当そっくりだよね! 天夏が小さい時なんて瓜二つだし!」
「だよな。双子みたい」
「すぐに姉妹って分かるよね」
「まあ、そうね。でもこの頃は、みんな似たり寄ったりな顔じゃないかしら」
そう言って天夏は、写真が見やすいように向かい合う机の中央に置いた。そこには、生後一ヶ月ほどの秋凪を抱っこしている天夏の姿があった。
「秋凪ちゃん、ちっちゃ!!」
「当たり前でしょ」
「みんなで秋凪ちゃん抱っこしたよね」
「連朱は抱き方慣れてたよな」
「うん。朱李を抱っこしてたから、そのおかげでね」
咲季たちの話を聞き、瀬輝は気付いた。
「……え? この頃の秋凪ちゃんを抱っこしてないのって俺だけ?」
「そうね。今の秋凪なら思う存分抱っこ出来るわよ」
「いやぁ、変に期待させたくないし、お兄さんの鉄拳が飛んでくるから遠慮しとく……」
苦笑いを浮かべて答えると、「それもそうね」と天夏が頷いた。
「いっちーはいつの写真持ってきたの?」
咲季が少し前のめりになって稜秩に声を掛けた。
「小一の時に行った夏祭りの写真」
その言葉とともに写真が机の真ん中に置かれた。咲季と夏祭りに行った時に撮ったもので、二人は隣り合ってスーパーボールすくいをやっている。
「懐かしいー! 楽しかったよね!」
「ああ」
「甚平お揃いなんだね」
写真の咲季と稜秩は、紺色の生地に色とりどりの花火があしらわれている甚平を着ていた。仲の良さが、そこからも伝わってくる。
「確か、俺の母さんと咲季のお母さんが選んだやつかな」
「そうそう!」
「お揃いのもの着てるってかわいいわね」
グループ内が一層和やかな雰囲気に包まれる中、瀬輝は稜秩の写真を見つめる。
(小さい時の稜秩って、かわいげがあるなー)
そんなことを思っていると、稜秩と目が合った。
「瀬輝、何か言いたそうだな」
「へっ!? いや、別に……!? せっ、先輩の写真はどんな感じですか……!?」
焦りで若干取り乱す瀬輝は、連朱に話を振った。
その様子を気にすることなく、連朱が写真を取り出した。
「俺のはこれ。五歳の時なんだけど」
連朱も同じように写真を中央に置いた。朱李と一緒に、ワンホールのケーキにホイップクリームやフルーツで飾りつけをしている瞬間の写真だ。
「父さんと母さんが同じ誕生日でさ、二人にケーキ作ったんだ」
両親のために一生懸命ケーキを作っている連朱は真剣だった。
瀬輝はその写真を、穴が開くほど見つめる。
(え、ヤバい。先輩かわいい!! 服もちょっと汚してて、でも真剣で、かわいすぎるーーっ!!)
連朱たちが何やら話をしているが、瀬輝の耳には一切届いていない。
代わりにその脳内では、幼い連朱が完成したケーキを差し出し、「誕生日おめでとう!」と言っていた。
それを想像している顔が「ボンッ」と擬音がつきそうなほど真っ赤になった。一瞬にしてのぼせてしまった瀬輝は、そのまま机に突っ伏すように倒れる。
(──先輩の小さい頃の写真見て妄想して倒れるって恥ずかしい……!!)
今の状況と記憶が結びついた瀬輝は、顔を両手で隠す。
「それくらい、かわいかったんだよ!!」
思ったことを声に出した時、ベッドの周りを囲んでいたカーテンがそっと開かれた。僅かな音に反応し、顔から両手を離してそこへ視線を向けると、保険医の柳河と目が合った。彼女は怪訝そうな顔をしている。
「体調はどうですか?」
「あ、大丈夫です……すみません……」
急に恥ずかしさが押し寄せ、瀬輝は静かに返事をした。ゆっくりと起き上がる。
その時、チャイムが鳴った。
「授業が終わったので、教室に戻りなさい」
「はい」
柳河の優しい声に頷き、ベッドから立ち上がって伸びをする。その時、下腹部辺りに少し痛みを感じた。瀬輝は摩るように触れる。
「何か筋トレでもしたっけ……?」
「ああ、多分城神くんが関係してると思いますよ。雫月麗くんを肩に担いでここに来たので」
「そ、そうですか……」
瀬輝は「絶対それだ!!」と心の中で何度も頷いた。そして、稜秩らしい運び方だと、力なく笑う。
柳河にお礼を言い、保健室を出る。廊下が徐々に賑やかになっていく。
その中を歩いて教室に続く階段を上がろうと上を向くと、連朱が階段を下りている最中だった。
瀬輝の周りに花が咲く。
「先輩!!」
「瀬輝、もう大丈夫なの?」
連朱の心配そうな表情を吹き飛ばすように、瀬輝は明るく笑う。
「今はもうめちゃくちゃ元気なんで、大丈夫です! ご心配をおかけしました」
それは嘘ではないと感じ取った連朱は安堵し、優しく微笑んだ。
「よかった」
笑い合う二人は階段を上がる。
そうしながら、瀬輝は連朱の横顔を見つめる。
(あんなにかわいい子がこんなにカッコよくなるなら、大人になったらもっとカッコよくなるのかな)
瀬輝の脳は勝手に想像した。有り余るほどの色気を放っていたり、ダンディーな姿になった連朱を。
それだけでまた顔が熱くなる。
瀬輝は緩む口元を手で隠した。その際、何かがついたような気がして手に視線を向ける。赤い液体がついていた。
「あ」
「え?」
小さく漏れた声に反応した連朱の顔が瀬輝を見た。その瞳が大きく開かれる。
「鼻血! ほっ、保健室行こ!」
「い、いつものことなんで大丈夫ですよ……!?」
「それでもだよ! 行こう!」
連朱に腕を掴まれ、瀬輝は強制的に保健室へ連れて行かれた。
処置をしてくれた柳河は、呆れ返っていた。




