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【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


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進学先

 太陽が真上からジリジリと照りつける中、自転車に跨った朱李(あい)悠閑(ゆうかん)高校の校舎をフェンス越しに見ていた。大きくて立派な建物が、受験勉強で疲れていた心に刺激を与える。


(来年からここに通うんだ。受験、頑張んないと)


 校舎を前に、気が引き締まった。

 悠閑(ゆうかん)高校はテニスの他に野球の強豪校でもあり、甲子園は毎年出場している。将来はプロ野球選手という夢がある朱李(あい)にとって、それは有益な話だ。


 そして、悠閑高校(ここ)を進学先に選んだ理由はもう一つある。付き合っているちすずの存在だ。ちすずは悠閑(ゆうかん)高校の定時制に通っている。朱李(あい)が志望しているのは全日制だが、少しでもちすずのそばにいられたら、という望みもある。


夜桜(やざくら)さんと話せる時間あればいいなぁ)


 淡い期待を抱きながら自転車を漕ぎ出そうとした時、前方に見覚えのある人が見えた。


哉斗(かなと)くんだ!)


 小学生の頃に何度か遊んだことがある友達を見かけ、心が弾む。

 朱李(あい)は静かに自転車を走らせた。徐々に近づくと、此方に気付いた目と目が合う。


哉斗(かなと)くん、久しぶり!」

「久しぶりだね」


 少し驚いた表情の哉斗(かなと)と言葉を交わしていると、その隣にいる章弛(ゆきち)と視線がぶつかった。初めて見る人だった。


(カッコいい人。哉斗(かなと)くんの友達かな)


 心の中で呟き、「こんにちは」と挨拶をする。

 挨拶が返ってきたかと思えば、章弛(ゆきち)がグイッと前のめりで顔を覗き込んできた。朱李(あい)は思わず仰け反る。


章弛(ゆきち)


 哉斗(かなと)が声を発すると、章弛(ゆきち)が明るい笑顔を見せて身を引いた。


「悪い悪い。かわいくてカッコいい子だなーと思ってさ」

「そりゃあ、連朱(めあ)の弟だもん」

連朱(めあ)くんの弟か!」


 章弛(ゆきち)は目を見開いて朱李(あい)を見つめる。

 その視線を受ける朱李(あい)は苦笑いを浮かべた。


(何か、変わった人だなぁ……)

朱李(あい)くん、モテるでしょ?」

「えっ」

章弛(ゆきち)やめなよ……! ごめんね」

「ううん、大丈夫」


 グイグイ来る章弛(ゆきち)に少し戸惑うものの、朱李(あい)は深く考えずに受け入れた。

 哉斗(かなと)が話を戻す。


「こんなところでどうしたの?」

「俺、ここを受験するから学校の様子を見に来たんだ」

連朱(めあ)と同じところじゃないんだ」

「うん。悠閑(ゆうかん)は野球強いからさ」

「あ、そっか。朱李(あい)は野球やってるんだもんね」

「じゃあ受かったら俺らの後輩か! その時はよろしくな!」

「はい」


〝俺らの後輩〟

 その一言が、朱李(あい)の胸をくすぐらせた。

 すると、今度は脈絡のない問いが飛んできた。


「ちなみに、朱李(あい)くんって彼女いるの?」

「えっ、はい。います」

「同じ中学校の子?」

「いえ、悠閑(ここ)の定時制の人です」


 朱李(あい)は校舎を指差した。

 すると、丸くなった章弛(ゆきち)の瞳に好奇の色が浮かんだ。


「定時の子!? え、馴れ初め聞きたいんだけど!」

章弛(ゆきち)、僕たちこれから部活だよ」

「今日は休みで」

「ダメ」


 哉斗(かなと)の冷静な声に、章弛(ゆきち)が渋々と従う。

 そのやり取りが可笑しく思え、朱李(あい)はクスッと笑った。


「じゃあ、僕たち行くね。受験頑張ってね」

「うん!」

「今度、彼女との馴れ初め聞かせてね〜!」

「時間が合えば是非!」


 学校の校門に向かって歩き始めた二人を見送り、また校舎を見上げる。受験勉強へのやる気が(みなぎ)り、入学したら楽しいことが沢山待っていそうな予感がした。


「……よしっ!」


 気合を入れ直した朱李(あい)はペダルを強く漕ぎ出し、家路についた。

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