こんなに幸せでいいのか。
部活動を終わらせた稜秩は、中庭で待つ咲季のもとへ向かう。
藤棚の下に設置されたテーブルに着き、絵を描いている横顔が見えた。それだけで稜秩の心は弾む。
少し足速に近づくと、顔を上げた咲季と目が合った。明るい笑顔に笑いかける。
「待たせたな」
「ううん、大丈夫! お疲れ様」
労いの言葉で疲れが飛んでいったのを感じながら、稜秩は咲季の向かいに座る。
咲季はスケッチブックを片付け、スクールバッグの中から二つの弁当袋を取り出した。
「はい、いっちーの」
「ありがと」
手渡された巾着袋から、食欲をそそる香りが漂っている。袋の紐を解き、咲季のより少し大きめの弁当箱の蓋を取る。卵焼きやウインナー、アスパラガスの胡麻和えなど、彩り豊かな食べ物が敷き詰められていた。
これを朝早く起きて作っていた光景を想像すると、稜秩の胸が嬉しさで満たされた。思わず溢れる笑みを隠すように、手で口元を覆う。
(すげー嬉しい)
「じゃあ食べようか!」
「ああ」
「いただきます」
声を重ねた二人は箸を手にする。
稜秩は卵焼きを一つ取り、口に運んだ。少し塩が効いた卵の味が味覚を刺激する。
(俺の好きな味だ)
チラッと咲季に視線を送る。そわそわしている瞳が自分を見ていた。
「どう、かな?」
「美味いよ。それに、俺の好きな味で嬉しい」
思ったことを言葉で伝えると、咲季の顔がパッと明るくなった。
「良かった!」
安心したように弁当を食べる姿が愛おしく、稜秩は目に焼き付けるように見つめる。
そうしていると、また咲季と視線が交わる。
「そういえば、こうやっていっちーと二人で学校でお弁当食べるの初めてだね」
「たしかにそうだな。いつもはみんなと食べてるし」
会話をしながら、おかずが入っている弁当箱に目を落とす。
これは、咲季が稜秩専用の弁当箱が欲しいからと、先日二人で買い物に行った際に買ってくれたものだ。
じっくり見ながら選んでいた様子を思い出すだけで、胸がキュンとする。
その弁当箱に敷き詰められた咲季の手作り弁当を、咲季と二人きりで食べている。
幸せで胸がいっぱいになる。
(……俺、こんなに幸せでいいのか?)
稜秩は漠然と思った。幸せに対して怖さはないものの、そんな気持ちが顔を出した。
しかし特に気にすることもなく、アスパラガスの胡麻和えに箸を伸ばした。
食後のデザートはコーヒーゼリー。これも咲季の手作りだ。ほろ苦さが口の中で溶けていく。
「美味しい?」
「ああ。美味い」
「よかった」
咲季と微笑み合い、もう一口ゼリーを食べると、稜秩は思い出したように問うた。
「絵日記はどうだ?」
すると咲季は、上機嫌にバッグの中から絵日記帳を取り出した。
「毎日一ページずつ書いてるよ!」
差し出されたそれを手に取り、開く。絵日記を書くきっかけとなったうさぎのトトくんのことから始まり、家族で出掛けたこと、天夏とかき氷を食べに行ったこと、その日に見かけた動物のこと。様々な出来事がびっしりと書かれていた。
「すげーな。たくさん書いてて」
「〝これを書こう!〟っていうのが一日に一つは必ずあって、書いていったらこうなったんだ」
咲季の顔は楽しそうだった。
頬を緩ませてそれを見つめる稜秩は、今日は何を書くのか聞いてみようと思った。
「今日はいっちーとお昼ご飯食べたことを書くんだー」
まだ口にしていない言葉の返事に、稜秩はドキッとした。それも束の間、咲季と心が通じ合っているように思え、喜びが込み上げてくる。
「絵はどういう感じで描こうか考え中なんだけどね」
「そうか」
稜秩は絵日記帳を咲季へ返す。目の前の屈託のない笑顔が、輝いて見えた。
それを大切にしたいという思いが強くなる。
(俺が幸せじゃないと、咲季は笑わないよな。咲季も、同じくらい幸せって感じてくれてたらいいな)
曇りなく笑う顔を見つめ、そう望む。
そして、二人で過ごすひと時を噛み締め、ほろ苦さを再び口に運んだ。




