コレクション
湯船に浸かっている瀬輝は、右手に持った淡い緑色のバスボールをまじまじと見つめる。
(今日こそは三毛かシークレット来い!!)
強く願いながらそれを湯船にそっと入れた。小さな気泡が止めどなく湯面に現れ、仄かに甘い青リンゴの匂いがふわりと広がる。
瀬輝は、バスボールの中に入っている猫のマスコットを全種類コンプリートしたいがために、毎日のようにこうしている。種類は黒、三毛、茶トラ、シークレットとなっている。現在瀬輝が持っているのは黒と茶トラの二種類。
湯船の底に沈むボールをじっと見つめていると、徐々に中に入っているマスコットが姿を見せた。グレーの色。
瀬輝は、ゆっくりと浮き上がってくるそれを満面の笑みで静かに掴んだ。
「シークレット! ロシアンブルー!」
望んだものを手にして歓喜する瀬輝は、浴槽の縁で香箱座りをするフローズにそれを見せる。
「見ろ見ろ〜、ロシアンブルーだぞ〜」
フローズは一瞬だけマスコットを見、すぐに目を細めた。
興味なさげな素振りだが、瀬輝は気にしない。
「あとは三毛猫だけ! 明日新しいの買いに行こ」
甘い香りを纏う小さな人形をフローズの隣に置く。お座りをしている愛らしい姿を見ながら明日のことを考えると、心が弾んだ。
翌日。
瀬輝はショッピングモールの雑貨屋に来ていた。バスボールが売られているコーナーに向かう。
その途中、見知った二人を見つけた。天夏と哉斗だ。どうやらデート中らしい。
瀬輝が声を掛けようか迷っていると、二人に気付かれた。
「偶然だね!」
「だな。ここで会うとは思ってなかった」
哉斗と言葉を交わした瀬輝はふと、天夏の手元に視線を向けた。そこには、今集めている猫のマスコットが入ったバスボールがある。
丸くした目でそれを見つめる。
「天夏もそれ集めてんのか?」
「秋凪がね。黒猫が欲しいって言ってて何回かここで買ってるの」
「そうなのか」
「瀬輝も集めてるなら早く行った方がいいわよ。あと一つしかなかったから」
「えっ、マジか! ありがとう! じゃあな!」
瀬輝は足早にバスグッズ売り場へ向かった。いつもの陳列スペースを見ると、最後の一個が確かにあった。
「よかった……」
安心した表情でバスボールを手に取り、会計しようと歩き出す。
その時、四歳くらいの男の子と母親らしき人とすれ違った。
背中越しに二人の会話が聞こえる。
「ママ、猫のやつない!」
「売り切れちゃったみたいね……」
親子の声を耳にした瀬輝は静かに足を止め、少しだけ後ろを振り返る。子供の目当ては、瀬輝が持っているバスボールのようだった。幼い顔には、不満げな表情が浮かんでいる。
「えー! 僕欲しい!」
「でも箱の中は空っぽだから買えないよ」
「やだ! 欲しい!」
「無いものは買えないの」
それを目にした瀬輝は、手の中にあるものに視線を落とした。店頭に並んでいた、残り一つのバスボール。またいつ出会えるか分からない。だからと言ってこのまま立ち去ることは、瀬輝には出来なかった。
来た道を戻り、親子のもとへ行く。子供と目線を合わせるようにしゃがみ、バスボールを差し出した。
「これ、あげる」
「……いいの?」
「うん。俺何個か持ってるから」
「いえ、そんないいですよ……!」
慌てて遠慮する母親に、瀬輝は苦笑いを見せる。
「いや〜、実は財布持ってくるの忘れちゃったんですよね……でもお子さんが欲しがっているならと思って」
咄嗟に嘘をつき、子供に向き直る。
すると、差し出したバスボールが静かに手から離れていった。
「ありがと」
「どういたしまして」
「すみません、ありがとうございます……!」
「いえいえ。じゃあ」
瀬輝は何事もなかったかのようにその場から遠ざかる。
(あんな状況なら譲っちゃうよ。目当てのものが出るといいな)
心の中で子供に声を掛けた後、ジュースでも買って帰るかと店を出た。
その日の夜。
ベッドに座って猫たちと戯れていた瀬輝は、ふとカラーボックスの上に並べた猫のマスコットに視線を移す。黒が二つ、茶トラが三つ、ロシアンブルーが一つ。
それを目にするだけで、少し気分が沈んだ。
(あれ、あのお店にしか売ってないんだよなぁ……また入荷するかな……)
ため息を一つついた時、メールの受信音が聞こえた。徐に携帯電話を手にして確認すると、天夏からだった。
メールを開く。
《バスボールの三毛猫、一個持ってるからいる?》
写真付きの一文に、瀬輝は目を見開いた。
「マジか……!!」
大きな瞳は一瞬にして明るさを取り戻した。震える手でメールを打つ。
《いる!!》
即座に返信し、携帯電話を胸に抱いてベッドに寝転がる。
「マジか〜嬉しいぃ〜。天夏様様だ〜」
顔のニヤケが止まらない瀬輝は、天にも昇る心地でゴロゴロと何度も寝返りを打つ。
しかし、ぴたりと動きを止める。
「──そうだ」
パッと起き上がり、カラーボックスの上に置いた黒猫の人形に視線を向けた。それは秋凪が欲しがっていたもの。
三毛猫を貰えるなら、お返しに黒猫をあげようと瀬輝は考えた。
後日。
黒猫のマスコットが一つ減った展示スペースに、三毛猫が加わった。
瀬輝は満面の笑みでじっくりマスコットたちを見つめる。
「全種類、コンプリート」
そっと溢した声は晴れ晴れとしている。
すると、フローズが足に体を擦り付けてきた。
瀬輝はフローズを抱き上げ、またマスコットたちに笑顔を向けた。




