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【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


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思いがけない場所で

 扇風機の風に髪を靡かせながら、連朱(めあ)は真剣な面持ちでテレビ画面を見つめ、コントローラーを操作していた。キャラクターを自由に動かし、技を繰り出して対戦相手に攻撃する。

 しかし、それは(かわ)された。


連朱(めあ)、惜しかったな」


 意地悪げな声が隣から飛んできた。この部屋の(あるじ)でもある声の(ぬし)をちらりと見ると、余裕の表情を浮かべた稜秩(いち)の横顔が見えた。


「先輩ばっか狙うんじゃねぇよ!」


 その反対側から、瀬輝(ぜる)の少し強めの言葉が放たれた。

 このようなやり取りが、対戦アクションゲームを始めてから続いている。


「だったらちゃんと連朱(めあ)を守ってやれよ。仲間なんだし」


 そう言った稜秩(いち)から大技が出され、連朱(めあ)のキャラクターは倒された。


「あ、やられた!」

「先輩ごめんなさい!」

「大丈夫。気にしないで」

「ほら、かかってこいよ」

「挑発するじゃん!」


 瀬輝(ぜる)稜秩(いち)は一対一で対戦する。

 先に脱落した連朱(めあ)は、それをじっと観ていた。二人とも、上手い具合に攻防戦を繰り広げている。


 ゲームの音声が聞こえる中、部屋の外から微かな音を連朱(めあ)の耳が捕らえる。大人(おとな)数人の足音と笑い声。稜秩(いち)の家族以外の声も混ざっている。


「……今日はお客さん来てるのか?」

「あー、親父と共演経験がある芸能人が何人かな」

「え! 誰来てんの!?」

北條(ほうじょう)雪虎(ゆきとら)さんとかハマヤギさんとか」


 テレビ画面を見つめる稜秩(いち)の口から、大御所俳優やものまねタレントの名前が出てきた。

 それを隣で聞いている瀬輝(ぜる)の目は、大きく見開かれている。しかし、目線はテレビ画面に向けられたまま。


「俺ら、そんな人たちがいる家でゲームしてんのか……!」

「たまにこういうことがあるからな」


 稜秩(いち)は落ち着いた口調だった。小さい頃から周りに芸能人がいるから慣れてしまったのだろうと思いながら、連朱(めあ)は徐に立ち上がる。


「俺、ちょっとトイレ行ってくる」

「おー」

「いってらっしゃい!」


 二人の声を背に受けながら部屋を出る。数歩歩いたところで、瀬輝(ぜる)の「負けたーっ!!」という悔しそうな声が聞こえた。


稜秩(いち)、強いなぁ)


 連朱(めあ)は感心の声を心の中で漏らした。


 歩みを止めず少し長い廊下を進む。

 あと五歩くらいで目的の場所に着く時だった。トイレの鍵が閉まっていることに気付く。


(あ、誰か入ってる──)


 それも束の間。鍵と引き戸が開いた。

 戸の向こう側から現れた神昌(かみさか)と目が合う。


「えっ」


 互いの驚いた声が重なり、時が止まる。

 突然の出来事に連朱(めあ)は状況を把握出来ずにいた。


「……え……えぇ……!?」


 情けない声を発しながら後退りし、来た道をドタバタと忙しなく走る。途中で転びそうになりながらも何とか稜秩(いち)の部屋に辿り着き、閉じられた襖を勢いよく開ける。


 稜秩(いち)瀬輝(ぜる)の驚いた顔に反応する間もなく、部屋に転がり込んだ。


「先輩、どうしたんですか!?」

「かかかかっ、か……かっ……!」

「落ち着け。何があったんだ?」

「かみ、かみ……!」

「〝かみ〟って何の〝かみ〟だよ。トイレットペーパーか?」


 稜秩(いち)の問いに連朱(めあ)はブンブンと首を横に振る。

 すると、察した様子の瀬輝(ぜる)に問われた。


「先輩、もしかして神昌(かみさか)さんですか?」


 連朱(めあ)は激しく何度も頷く。

 すると、稜秩(いち)が「ああ」と声を漏らした。


神昌(かみさか)さんか。確かに来てるな。よく分かったな」

「先輩のこの様子でピンと来たんだ」

「へぇ。連朱(めあ)、ファンなのか?」

「へっ……!?」


 連朱(めあ)は我に返った。神昌(かみさか)のファンであることは、瀬輝(ぜる)にしか話していないからだ。


「え、え〜っと……」


 手をモジモジとさせながら視線を彷徨わせる。じっと見つめてくる稜秩(いち)の視線が痛い。


「……うん……」

「そうか。早く言ってくれれば今日来た時に取り持ったのに」

「いや、そんな……!」


 連朱(めあ)は顔の前で両手をブンブンと振る。そんなことがあったら心臓が持たないのは確実だった。


稜秩(いち)神昌(かみさか)さんと話したことあんの?」


 瀬輝(ぜる)が興味津々な表情で尋ねると、稜秩(いち)は頷いた。


「先月家に来たからその時に」

「マジかよ!」


 瀬輝(ぜる)はどこか羨ましそうな顔をする。

 それをぼんやりと見ていた連朱(めあ)は、はたと気付く。


「俺、神昌(かみさか)さんに失礼な態度取っちゃった……!!」

「え!?」

「何したんだよ」

「いやその……トイレの前まで行ったらトイレから出てきた神昌(かみさか)さんと鉢合わせしたんだけど、びっくりして逃げてきた」

「それ、嫌な奴って思われたんじゃね?」

「だよね……!? あー何で逃げてきたんだろ!?」


 連朱(めあ)は頭を抱えた。その目には(うっす)らと涙が浮かんでいる。

 すると、瀬輝(ぜる)がそっと声を掛けてきた。


「それなら謝りに行きましょうよ。一緒について行きますから」

「そうだな。三人で行けば安心だろ」

「うん……でも怖い……」

「俺たちがついてるから大丈夫ですよ」

「ここで謝りに行かなかったら連朱(めあ)に対して嫌な印象しか残らなくなるぞ」

「そっ、それは嫌だ……!!」

「あのー……」


 突然掛けられた声に、三人は開け放たれた襖の方へ向いた。室内の様子を窺っているような神昌(かみさか)と目が合う。

 瞬間、連朱(めあ)は石像のように固まってしまった。


神昌(かみさか)さん、どうしたんですか?」

「あ、いや、まさかここでファンの子に会えると思ってなくて、つい追いかけて来ちゃって……」


 稜秩(いち)に問われた神昌(かみさか)は、心なしか嬉しそうな顔をしていた。

 その瞳が連朱(めあ)瀬輝(ぜる)に向けられる。


「キミたち、この前のイベントに来てくれたよね?」

「はい、そうです!」


 優しい声音の神昌(かみさか)に満面の笑みを見せて、瀬輝(ぜる)が頷いた。

 その隣にいる連朱(めあ)はあらぬ方向を向き、微動だにしない。


「ちょっと、お邪魔していいかな?」

「どうぞ」


 稜秩(いち)から了承を得た神昌(かみさか)が部屋に足を一歩踏み入れた。

 視界の端にいる彼が徐々に近づいてくるごとに、連朱(めあ)の心臓が激しく暴れ回る。


 近くまでやって来た神昌(かみさか)が、その場で正座をした。


「イベントに来てくれてありがとう」

「いえいえ! 覚えててくれたんですね!」

「僕、顔を覚えるのが得意なんだ。同性ファンは少ないから特にね」


 二人の話を、連朱(めあ)は黙って聞いていた。

 ちらりと神昌(かみさか)を見ると、視線がぶつかった。心臓が飛び跳ねる。


「こんにちは」

「こんっ、に、ちはっ……!」


 写真集の発売イベントの時のように、神昌(かみさか)が率先して声を掛けてくれた。

 二人の間を挟むものがない状態に連朱(めあ)の声は上擦る。


 しかし緊張ばかりはしていられず、先ほどのことを思い出して神昌(かみさか)の方を向く。ぎゅっと目を瞑って頭を下げた。


「あ、あの! さっきは失礼な態度をとってしまってすみませんでした!!」

「気にしないで。逃げたくなる気持ちも分かるよ」


 優しく笑ってくれる神昌(かみさか)に、連朱(めあ)は少しほっとした。しかし、例え驚いても、もうあんな失礼な態度は取らないと心に誓う。


「お名前、聞いてもいいかな?」

「え、えっと……湊琉(みなるい)連朱(めあ)……です……」

「ありがとう。キミのお名前も聞いていいかな?」

「俺は雫月麗(なつり)瀬輝(ぜる)って言います!」

「ありがとう。連朱(めあ)くんと瀬輝(ぜる)くんだね。よし、覚えた」


 力強く頷いた神昌(かみさか)は「じゃあ、またね」と言い、立ち上がって踵を返す。廊下に出ると振り返り、ひらひらと手を振った。


 連朱(めあ)たちは神昌(かみさか)に会釈をする。


「……」


 遠退いていく足音だけが響いていた。

 それを耳にしながら、連朱(めあ)瀬輝(ぜる)に寄り掛かる。


「せっ、先輩!?」

「ごめん、急に力が抜けた……少しこのままでいさせて」

「もちろんです……!」


 瀬輝(ぜる)は顔を赤くして応えた。

 その肩に体を預ける連朱(めあ)は、開いたままの襖をぼんやりと見つめていた。





 徐々に落ち着いてきた連朱(めあ)の心に、喜びと羞恥が同時にやってきた。


神昌(かみさか)さんに会えたのは嬉しかったけど、俺の一連の行動を思い返したらすごく恥ずかしい……穴があったら入りたい……)


 複雑な気持ちを抱えた連朱(めあ)瀬輝(ぜる)から離れ、座り直す。


「先輩、もう大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

「どうってことないです!」


 明るい笑顔の瀬輝(ぜる)につられ、連朱(めあ)は微笑む。

 ふと、自分を見ている稜秩(いち)に視線を向ける。その表情はどこか楽しげ。


「何?」

連朱(めあ)の意外な一面が見られたなーって思って。ああやって緊張してるところ見たことないし」

「忘れてくれ……!」

「無理だろ。大丈夫だ。誰にも言わねぇから」

「そうですよ! 俺たちだけの秘密です」

「う、うん……ありがとう」


 顔をほんのりと赤く染める連朱(めあ)は口元を手で覆う。それとは裏腹に、心は軽い。二人が秘密を他言しないことを知っているからだ。


 連朱(めあ)が小さく息を吐いた時、忘れていたものがやってきた。


「ごめん、トイレ行ってくる……!」

「まだ行ってなかったのか」

「びっくりしてそれどころじゃなかったから」


 苦笑いを浮かべ、連朱(めあ)は部屋を出る。

 長い廊下の先にある目的地に向かい、ドキドキしながら歩き出した。

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