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【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


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トトくんの恩返し

 セミの大合唱が響き渡る昼前。

 一学期の終業式を終わらせた咲季(さき)稜秩(いち)は、一緒に下校しているところだった。

 二人は今、学校を出た時から開始しているしりとりをやっていた。


「配役」

「草花!」

「内職」

「くー……(くるぶし)!」

「シーカヤック」

「えっ、よくその言葉出てきたね……! く、くー……クラッカー!」

「改築」

「わ、また〝く〟だ! うーんと……」


 咲季(さき)稜秩(いち)のちょっとした意地悪に頭を悩ませる。

 視線を彷徨わせて考えていると、歩道沿いに設置された掲示板に目が止まった。そこには町内の催し物の知らせや、不審者の目撃情報などの掲示物が張られている。その中の一枚に咲季(さき)は注目した。


 飼っているうさぎが家から脱走してしまい、探しているという張り紙だ。

 真新しい紙に記載された情報によると、うさぎは〝トト〟という名前で四歳のオス。毛色は白と黒のダッチブラック。今朝逃げ出したとの事。


 それを見た咲季(さき)はスクールバッグの中から携帯電話を取り出し、張り紙の写真を撮る。


咲季(さき)、何してんだ?」

「この子を見かけたらすぐに飼い主さんに連絡が出来るように撮ってるの」

「ああ、なるほど」


 撮った写真を保存し、携帯電話をバッグの中へしまって歩き出す。


 稜秩(いち)の家を通り過ぎ、咲季(さき)の家の前に差し掛かった。

 家を囲っている塀から頭が抜けている稜秩(いち)の視界に、玄関前で座っている生き物が見えた。


「……咲季(さき)

「んー?」

「家の玄関の前にうさぎがいるぞ」

「えっ!?」


 驚いた咲季(さき)は急ぎつつも静かに家の門柱まで駆けた。柱の陰から遠慮がちに顔を覗かせる。

 玄関のドアの前には、ダッチブラックのうさぎがちょこんと座っている。


「あれ、掲示板で見たうさぎだよな」

「そうだと思う。良かった〜」


 安堵の表情を浮かべる咲季(さき)稜秩(いち)に荷物を預けてそっとうさぎに近づき、手を差し出す。


「トトくん、飼い主さんのところに戻ろう」


 優しく声を掛けるとうさぎは咲季(さき)の手元に近づき、匂いを嗅ぐしぐさを見せた。かと思えば、手の下に頭をグイッと入れてきた。これは頭を撫でて欲しい時に見られる行動。


 咲季(さき)がその頭をそっと撫でると、うさぎは心地よさそうな表情をした。

 その姿に癒やされながら咲季(さき)は怪我などしていないか確認する。特に目立った外傷はなかった。


 しばらく撫でた後、うさぎを抱き抱えて稜秩(いち)の近くへ行く。


「いっちー、あたしのカバンから携帯取って、飼い主さんのところに電話して」

「分かった」


 稜秩(いち)咲季(さき)が撮った写真をもとに、うさぎの飼い主へ連絡を入れた。


「良かったね、これでお家に帰れるよ」


 咲季(さき)は穏やかな口調で言った。

 それを聞いているようなうさぎは、どこかうれしそうだった。


 幸い飼い主の家はここからそう遠くないところにあり、すぐにうさぎを連れていくことが出来た。






 その夜のこと。

 ベッドで眠っていた咲季(さき)は、肩をトントンと叩かれる感触で目が覚めた。


「お母さん、まだ夜中だよ……」

「オレはお嬢さんを産んだ覚えはないぞ。そもそも男だし」

「……え?」


 聞き慣れない声に驚いて目を見開く。枕元には、昼間に玄関の前にいたうさぎが風呂敷を背負って座っていた。


「こんばんは」

「……こんばんは」


 うさぎに挨拶をされ、咄嗟に返す。

 状況を飲み込めていない咲季(さき)だが「これは夢だ」と判断し、慌てることはなかった。

 ゆっくりと起き上がってうさぎと向き合い、正座をする。


「えっと、トトくん、だよね?」

「うん」

「どうしてここにいるの?」

「お礼を言いに来たんだ」

「お礼?」

「そう。お嬢さんたちのおかげで家に帰ることが出来たからね。ありがとう」

「どういたしまして」


 咲季(さき)は笑顔を見せると、抱いた疑問を素直に口にした。


「ところで、何で家を抜け出したの?」

「ちょっとした好奇心だよ。家の庭でしか散歩したことがなかったから、外を歩いてみたかったんだ」

「そうなんだ」


 トトの話を聴く咲季(さき)は「家の庭だと安心感はあるよね」と飼い主に同意した。


「オレはいつも寝る時以外は家の中では放し飼いなんだけど、今朝、窓がちょっと開いてるのを見つけて、そこから飛び出して家の外に出てたんだ」

「えっ、大丈夫だったの?」

「最初は。でも、建物に沿って歩いてたらカラスに狙われて、あちこち逃げ回ってた。で、最終的に行き着いたのがお嬢さんの家なんだ」

「随分冒険したね。怪我してない?」

「うん、してない」


 明るく応える彼を見て、咲季(さき)は胸を撫で下ろす。


「あ、そうだ。お嬢さんに渡したいものがあるんだ」


 そう言うとトトは背負っていた風呂敷を下ろし、広げた。中には二つの真っ赤なリンゴがある。

 咲季(さき)がそれを「綺麗な色だな」と見つめていると、一つの赤い果実が差し出された。


「これ、お礼のリンゴだ」

「いいの?」

「ああ。お嬢さんたちが見つけてくれたからオレは無事に家に帰れたんだ。これくらいさせてほしい」

「ありがとう」


 受け取ると、小さな重みが伝わってきた。


「美味しそうなリンゴだね」

「すごく美味しいよ! ご主人の兄弟がリンゴ農家でよくくれるんだ」

「そうなんだ」


 咲季(さき)が興味深そうにそれを見つめていると、トトが風呂敷を包み直しているのが見えた。


「もう行っちゃうの?」

「うん。長い時間お邪魔するのも悪いからね」

「そっか……」


 少し落胆する咲季(さき)は枕元にリンゴを置いた。


「あ、そうだ。昼間にお嬢さんと一緒にいた背の高い男の子の家はどこか分かるかい?」

「うん。いっちーの家はね」


 咲季(さき)はベッドから離れ、部屋の窓を開けた。家の前の道路を指差す。


「あの道を向こう側へまっすぐ進めば大きな日本家屋があるから、そこがいっちーの家だよ」

「そうか。ありがとう! 世話になった!」

「こちらこそ」


 言葉を交わすと、トトが窓から飛び出した。

 咲季(さき)は目の前の光景に驚き、身を乗り出してトトの行方を追う。

 トトは(くう)を蹴って教えた道に沿って駆けていた。


「……空飛んでるみたい」


 稜秩(いち)の家へ向かう後ろ姿を見送る咲季(さき)は微笑み、静かに窓を閉めた。

 ベッドに潜り込み、今あったことを振り返る。


(迷子だったトトくんが家にやってきてお喋りしてって、面白い夢。夢の中だけど、トトくんと話せて楽しかったなぁ)


 そんなことを考えていると、咲季(さき)はうとうととし始め、やがて眠りについた。






 目を覚ますと、朝を迎えていた。時計はもうすぐ六時になるところ。

 咲季(さき)は伸びをしながら起き上がり、すっきりとした顔で窓を開ける。


「楽しい夏休みになりそうだなぁ」


 心地よい風を受けてそんなことを呟いていると、携帯電話に着信が入った。液晶画面に表示された〝いっちー〟という文字に心が躍る。


「いっちー、おはよう!」

「おはよう」


 元気に電話に出ると、起き抜けの声が返ってきた。それだけでも咲季(さき)の心は満たされる。


「朝早く電話くれるの珍しいね。どうしたの?」

「いや、その、不思議な夢みたいなことがあってさ」

「夢?」

「昨日保護したうさぎがお礼を言いに来たんだ」


 それを聞いた咲季(さき)は目を見張った。思わず、稜秩(いち)の家の方向を見つめる。


「それ、あたしも同じ夢見たよ!」

「本当か!?」

「うん。あたしもお礼言われたよ。〝ありがとう〟って」

「そうか……あれは夢でいいのか……?」

「夢だよ。現実でうさぎが喋るはずないし」

「でもさ、うさぎに貰ったリンゴが枕元にあるんだぜ」

「え?」


 咲季(さき)はベッドを振り返る。確かに、枕元には貰ったリンゴがあった。咲季(さき)はリンゴを手に取る。


「うーん……どっちでもいいかな。楽しかったし」


 そう言うと、電話越しからクスクスと笑い声が聞こえた。


咲季(さき)らしいな」

「そうかな」

「うん」


 稜秩(いち)の声を聴きながら、咲季(さき)はベッドに腰掛ける。

 手の中の果実は、夜に見た時と変わらず真っ赤に染まっている。それは、ずっと眺めていたいと思うほど綺麗だった。


「トトくんの恩返しだね」

「だな。咲季(さき)なら絵日記に書きそう」

「いいね、絵日記! 今年は毎日何か書こうかな」

「出来上がったら見せて」

「うん! じゃあ、日記帳買いたいから今日一緒に出掛けない?」

「いいよ」


 稜秩(いち)の二つ返事に咲季(さき)は満面の笑みを浮かべた。

 今日の大まかな予定を決める二人は終始楽しそうに話していた。

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