手紙で会話
三時間目の授業が急遽自習時間となったため、二年三組の教室内は静まり返っていた。騒がなければ自由に過ごしても良いことになっているので、勉強をしている人もいれば携帯電話を弄っている人もいる。
そんな中咲季は、今年の修学旅行の行き先の一つである福岡県のガイドブックを読んでいた。それは今朝、担任の雪村からクラスの全員に配られたものだ。
咲季はガイドブックに目を通しながら、修学旅行二日目に実施予定の自由行動で巡る場所の候補を決めているところだった。
(やっぱり綺麗だなぁ)
咲季が見ているページには、天神地下街が掲載されている。そこは福岡市中央区天神にある地下街で、十九世紀のヨーロッパの街並みをイメージして作られた場所。
コンセプトは「劇場」で、舞台とする店舗はライトアップされ、客席とする通路の照明は薄暗い。そして、唐草模様の天井や石畳と煉瓦で彩られた道も併さり、非日常的な空間となっている。
その写真や紹介文を読んでいると、机の上に紙の切れ端が置かれたのが視界の隅に映った。
隣の席の連朱からの手紙だ。咲季はそれを受け取る。
《行きたいところ見つけたの?》
書かれた文字を読むと、咲季は連朱の方を見て笑顔で頷いた。
その文の下に返事を書く。
《うん! 天神地下街っていうところだよ。この前テレビで紹介されてて、行きたいなって思ってたの!》
手紙を渡した後、連朱にガイドブックの該当ページを見せる。
すると、その顔が少し驚いた表情をした。
その理由を綴った手紙を、咲季が受け取る。
《偶然だね。俺もそこに行きたいって考えてた。》
《本当!? 何か嬉しい!》
《俺、そこのからくり時計を見に行きたいんだ。》
《からくり時計いいね! 連朱くんはそういうのに興味があるんだね。》
「……」
咲季の言葉を見た連朱は少しペンを彷徨わせ、返事を書く。
《うん。この前、偶然SNSで見て惹かれた。》
《そうなんだ! 修学旅行が待ち遠しいね。》
咲季の言葉に連朱は少し安堵した。からくり時計に惹かれたのは本当なのだが、数日前に憧れの神昌がその場所に訪れていたのが、大きな理由だった。
神昌がSNSに載せた写真のように、自分も同じ場所へ行って同じ写真を撮りたい。そんな想いを連朱は抱いていた。
《うん。咲季は地下街で見たいものとか行きたいお店とかあるの?》
《私は「Relier」っていうモニュメントを見たいんだ。》
咲季が言うそれは、8番街石畳みの広場に設置されているアイアンアートのこと。鉄の棒でパリの街並みを表現し、休憩スペースも兼ね備えたモニュメントは時間とともに光の色合いが変わり、一時間ごとにイルミネーションのショーも見られる。
《咲季ならその場でそれを絵にしそうだね。》
《出来ることならそうしたいけど、みんなを待たせちゃうからゆっくり見たり写真撮ったりするだけかも。》
《全部描くの大変だもんね。》
《うん。でも実際に見られたら、それだけでも充分嬉しい!》
咲季はそう書いた後、今のこの状況について素直に文字にした。
《手紙で会話するのも楽しいね。》
それを読んだ連朱と視線が合うと、同時に微笑んだ。
《うん。楽しい!》
文字からも伝わる感情に咲季の胸は喜びで満ち溢れ、表情はさらに明るくなる。
二人の手紙のやり取りは、自習時間が終わるまで続いた。




