浮気しちゃダメ
週末のショッピングモールは混雑していた。店内の通路は広いとはいえ、すれ違いざまに人とぶつかってしまいそうになるくらいだった。
瀬輝はふと、目の前を歩く母と手を繋いでいる小さな従妹──ひなたを見た。
ひなたは涼華の妹の子供。今日はひなたの両親が仕事で不在のため、彼女を預かることになったのだ。
母の妹の子供ということで、瀬輝はひなたと赤ん坊の時から何度も会っている。元々子供好きということもあり、懐かれるのに時間は掛からなかった。
そんなひなたはもう五歳。成長の速さには驚かされる。
お気に入りのフクロウのリュックサックを背負って歩く小さな姿を、瀬輝は兄のような親のような気持ちで見つめた。
すると、母から明るい声が聞こえた。
「ひなた、アイス食べるか?」
「うん! 食べる!」
涼華の言葉にひなたは嬉しそうな笑顔を見せた。
それをかわいいなと思いつつ、瀬輝は少し呆れた表情をする。
「母ちゃんってひなたちゃんに激甘だよな」
「あたり前だろ。可愛いし小さいし華佳の子供だし」
華佳とは涼華の六歳下の妹だ。たった一人の妹とその家族を大切に思うからこその発言だと瀬輝は知っているが、自分がひなたと同じ歳の頃、母はこんなに甘くなかったと少し不満げに思う。
「ひたなばっかりに甘いから嫉妬してんのか?」
「し、してねぇよ! そんな歳じゃねぇし!」
「ちゃんと瀬輝の分も買うから怒んなって」
「……」
これ以上何を言っても無駄だと悟った瀬輝は言い返すのをやめる。そして、心の中を読まれたような気がして恥ずかしかった。
三人はアイスクリーム店でアイスを購入し、近くに設置されたカフェテーブルについた。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」
「へーい」
瀬輝は席を立つ涼華を一瞥した後、目の前に座っているひなたを見た。
ひなたはカップに入ったアイスをゆっくりと食べている。
その仕草が瀬輝の胸をキュンとさせる。
(やっぱ子供はいいなぁ。可愛い)
顔を緩ませてひなたの様子を見ながら瀬輝もアイスを食べていると、服を誰かに引っ張られた。驚いて振り返る。
「秋凪ちゃん……!?」
思わず声が上擦ってしまう。膨れっ面の秋凪がこちらをじっと見上げていた。何かを訴えている様子。
その時、離れた場所から天夏が追いかけてきた。
「秋凪、勝手にどっか行ったらダメじゃない!……ああ、瀬輝がいたのね」
「いや、納得するなよ」
天夏に突っ込んだ瀬輝は再び秋凪に視線を向ける。不機嫌そうな顔がずっとそこにある。
「瀬輝くん、その子誰?」
「へっ……!?」
いつもより少し低い声を発した秋凪に戸惑う瀬輝。不機嫌の理由はそこかと瞬時に判断した。
慌てて説明する。
「この子は俺の従妹のひなたちゃん……! 秋凪ちゃんより一歳下の子だよ……! 今日はひなたちゃんのお父さんとお母さんが仕事でいないから一緒にいるんだ……! あ、今トイレに行っていないけど、俺の母ちゃんも一緒だよ……!」
「ふーん」
瀬輝の狼狽ぶりは、偶然パートナーに浮気現場を見られてしまった人のよう。
そこに何も嘘はないのだが、秋凪の不機嫌さは変わらない。
そして、この状況を見てクスクスと笑っている天夏の姿が瀬輝の視界の端に映った。
(面白がるなら何とかしてくれよ……!!)
瀬輝は心の中で天夏に訴えるが、当然届きはしない。
すると、秋凪が前のめりになって顔を近づけてきた。
「瀬輝くん浮気しちゃダメだからね!!」
「えっ──」
「ね!!!!」
「う、うんっ……!」
秋凪の気迫に押されるまま、瀬輝は頷いた。
それに満足したのか、秋凪は離れていった。
秋凪と手を繋ぐ天夏と視線がぶつかる。その顔は完全に面白がっていた。
「頑張って」
その一言を残し、天夏と秋凪は近くで待っていた家族のもとへ向かった。
瀬輝はそれをぐったりした様子で見送る。
「〝頑張って〟ってなんだよ……ひなたちゃん、ごめんね」
「ううん、気にしてない。瀬輝の彼女?」
「かのっ……!? いや、秋凪ちゃんは俺のことを好きでいてくれているだけでそういうのじゃないよ……!?」
「瀬輝も大変だね」
「え、あーうん……そうだね……」
小さな子に同情され、瀬輝は悲しくなった。それと同時に、面倒なことになりそうなので、トイレから戻って来た母にはこのことは秘密にしようと思った。
(今度秋凪ちゃんに会った時はどうなることやら……)
その時になってみなければ分からないが、ある程度大変なことになるだろうと予想が出来た。僅かな頭痛が瀬輝を襲う。
程なくして涼華が戻って来た。
「瀬輝はトイレ行かなくて大丈夫か?」
「あー、一応行っとく」
そう言って瀬輝は席を立った。
ひなたが先ほどの出来事を涼華に話し、危惧した展開になることも知らずに。




