初めて訪れた書店
ある週末。
稜秩は行ったことのない書店に行ってみようと思い立ち、自転車に乗って家から6kmほど離れた書店に来ていた。そこには近所の書店では見ない書籍もいくつかあった。
目先の棚にはミステリーや恋愛などの小説がジャンルごとに綺麗に並んでいる。稜秩はそれらをゆっくりと見ていく。
すると、一冊の本に目が止まった。
(あ、これ買おうと思ってたけど売り切れてたやつだ。ラッキー)
以前から探していたホラー小説を手にし、また店内を見て回る。
漫画コーナーにも寄ってみようかと思った時だった。
「いらっしゃいませ」
丁度近くに来た店員の声が聞こえ、何の気なしにそこへ目を向けた。
稜秩は久しぶりに見る顔に少し驚いた。進行方向には、咲季に好意を抱いていた人の隣によくいた人が立っている。
その人──快風も、驚いた顔で此方を見ている。
「……どうも」
「こんにちは……」
稜秩は、前にもこんなことあったなと思いながら会釈をした。挨拶を返してくれた目の前の人の顔は、少しだけ引き攣っているようにも見えた。
とりあえず話しかけてみる。
「ここで働いているんですね」
「はい。高校に通っている時からずっと」
「……」
「……」
しかし会話は続かず、店内のBGMや足音、レジで接客をしている店員の声だけが聞こえる。
それらに混ざるように快風が商品の配列を直したり、台車に乗せた書籍を棚に並べ始めた。
快風から視線を外した稜秩の頭の中には、久しぶりに思い出した存在がいた。好きでも嫌いでもないが警戒する存在。最近は思い出すこともなかった。
「……あの人、元気ですか?」
特に知りたいわけではなかったが、何となくそう聞いてしまった。静かな声はその場に響く。
すると快風が驚いたような表情を見せ、すぐに微笑んだ。
「元気ですよ」
「そうですか」
「……虹色のこと、気にしていたんですか?」
「全然」
稜秩は間髪入れずに無表情で答えた。つい先程まで忘れていたのだから稜秩にとってそれは当然のことだった。
間が一切なかった答えを聞いた快風の顔は苦々しく笑っている。
その顔を見ながら稜秩は続けた。
「このこと、あの人には言わないでくださいね。また動揺されても困るんで」
伝えている途中、文化祭の準備期間中に虹色と男子トイレで偶然会った時のことが脳裏に現れた。虹色はビクビクしてぎこちなく動いていたが、それほど怖かったのだろうかとほんの少しだけ気になった。
快風が「分かりました」と頷いたのを見た稜秩は軽く頭を下げてその場から動いた。
レジで会計をし、店を出て止めていた自転車のもとへ行く。
(いい本屋と思ったけど、今後来るか迷うな……)
ため息混じりに思う稜秩は自転車の鍵を開け、それに乗る。
(……とりあえず、他の本屋にも行ってみるか)
あらかじめ頭に入れておいた複数の書店の場所を思い出し、ここから近い店舗を目指してペダルを漕ぎ始めた。




