猫との縁
咲季は写生画コンクールに応募する作品作りのために稜秩と一緒に瀬輝の家に訪れていた。描写の対象は瀬輝の飼い猫たち。ソファーに座ってそれぞれの猫を描いていく。
今はシロクロのミカヅキを写生中。ミカヅキは自身のチャームポイントである右太ももの黒の三日月模様を見せながら咲季と稜秩の間で寝転んでいる。
「ミカヅキちゃんの寝方かわいいね」
「かわいいのはあたり前だろ〜」
誇らしげな笑顔で瀬輝がミカヅキに携帯電話のカメラを向けて何度もシャッターを切る。ミカヅキはお構いなし。
しかしそれに反応したのが三毛のアメ。アメは瀬輝の腕にじゃれつく。
「アメも撮ってほしいのか?」
「ニャー」
アメは甘えた声で返事をした。瀬輝はアメにもカメラを向ける。シャッターを切る度にアメはかわいくアピールしている。
それを見て稜秩が一言。
「アメって甘えん坊なんだな」
「この中で一番の甘えん坊だな。そこがかわいいんだけど」
写真を撮り終えた瀬輝は一人掛けのソファーに座った。その膝の上にアメが乗る。それに続いてグレー白のフローズが肘掛けに、黒猫のラックが背凭れの上に飛び乗った。完全に猫に囲まれている。
「瀬輝、幸せそうだな」
「すげー幸せ。猫は俺の癒しだから」
「だろうな」
稜秩は満面の笑みを浮かべる瀬輝を見て微笑む。その時ふと視線を感じた。何気なく後ろを振り返る。
稜秩が腰掛けているソファーの背凭れの上に、紫に近い毛色をしたユーが座っていた。その彼の顔が今目の前にある。
「……」
稜秩は驚くことなく目が合ったユーに向かってゆっくりと瞬きをした。するとユーも稜秩に同様のことをし、その場に寝そべった。
「ユーは稜秩のことが気に入ったみたいだな」
「そうなのか?」
「うん。ユーは俺にしか懐いてないからそうやって俺以外の誰かの近くに寝そべるってことないんだよね」
「へぇ」
稜秩がユーに静かに手を差し出すと、ユーは稜秩の手に顔を擦り寄せた。それがかわいくてユーの顎を優しく撫でると、喉からゴロゴロと音が聞こえる。
そのユーの様子を、咲季がスケッチし始めた。うっとりとした表情。完全に稜秩に心を許している証拠だ。
「ユーくんはいっちーのことが好きなんだね」
「ユーのこんな顔、見たことない……」
瀬輝が少し不満そうな表情をしていると、稜秩が意地悪そうに笑った。
「え、何? ヤキモチ焼いてんの?」
「別にそんなんじゃねぇし! 俺とユーはもっと深い信頼関係だし!」
「やっぱ妬いてるんじゃん」
「……」
ニヤニヤと笑う稜秩の言葉に口を尖らせる瀬輝は、顔を逸らした。
そんな瀬輝に咲季がスケッチを続けながら声を掛ける。
「ユーくんたちとはこっちに引っ越してくる前から一緒だったの?」
その問いかけに瀬輝は咲季を見た。
「いや、ユーだけはここで出会ったんだ。あとは皆、前の家に住んでた時から」
「あ、そうなんだ」
「一番最初にうちに来たのがラックなんだ」
瀬輝は背凭れの上で器用に香箱座りをするラックに触れる。頭を優しく撫でられているラックは気持ち良さそうな顔をしている。
「ラックは近所の人が産まれた子猫の里親探してたからその縁で。フローズとミカヅキは空き地に置かれた段ボールに入れられてたところを保護。アメは学校帰りにずっとついてきて、親猫らしき猫がいなかったからそのまま保護」
「ほとんど保護した子なんだ」
「じゃあユーも保護したのか?」
「うーん……保護って言うのかな……」
瀬輝は視線を左上に向け、当時のことを思い出す。
瀬輝が中学一年生の時の夏休み。この街に引っ越してきて数日が経った頃、家族や飼い猫以外に誰かがこの家にいる。そんな違和感を瀬輝は感じていた。それは両親も同じだった。
「でも、ラックたちはいつも通りなんだよなぁ」
瀬輝はラックに触れながら腑に落ちない顔をする。知らない人がいたら一匹くらい警戒するはずなのだから、そういう表情になるのも頷ける。
「もしかして幽霊がいるのかも」
「新築なのにそんなのがいてたまるかよ」
陽智の幽霊発言を軽くあしらう涼華はキッチンに行き、食器を洗い始めた。食器同士が当たる音が柔らかく響く。
一方リビングでは、瀬輝と陽智がその違和感について話していた。
「俺も幽霊は嫌だなぁ……」
「もしくは誰かが屋根裏に潜んでて、隙を見つけてこの辺を歩いているとか」
「そんなの実際にあったら最悪じゃん。父ちゃん怖いこと言わないでよ」
「あり得るかもしれないからね。一応、屋根裏をチェックして──」
「うぉわっ!?」
「何っ!?」
陽智が腰を上げた瞬間、食器を洗っていた涼華が大きな声を出した。驚いた瀬輝と陽智は急いでキッチンに向かう。
キッチンでは、涼華が泡のついたスポンジを握り締めて風呂場へ続く廊下を見つめている。
「母ちゃんどうしたの?」
「ね、猫……知らない猫がいた……」
「え?」
瀬輝も陽智も、涼華が見つめていた場所に目を向ける。しかし、そこには誰もいない。
「どんな猫?」
「紫っぽい色の細身の猫」
「野良猫かな。どこかの窓から入ってきちゃったのかも」
「じゃあまだどっかにいるのかな」
瀬輝は家の中を見て回る。風呂場、トイレ、リビング、猫たちの部屋。どこを探しても見つからない。二階も同様だった。
もう外に逃げたのかもしれない。諦めてリビングに戻ろうとする。
玄関の近くに置いてある小さな棚が視界の端に映った。そこに猫が座っている。
「……ん?」
猫のシルエットがここに住んでいる猫とは違う。それに気付いた瀬輝が静かに振り返る。
〝紫っぽい色の細身の猫〟
涼華が言ったままの猫が大人しくこちらを見ている。大きさからして成猫。
「……」
目が合ったかと思えば、その猫はニヤリと笑った。
「え……?」
呆気にとられる瀬輝は笑う猫を見つめる。
しかし、猫は笑みを仕舞うと棚から降りて階段を上がっていった。
瀬輝はそれを目で追う。
「……って、そうじゃない!」
慌てつつも静かに猫の後をついて行く。キャットドアから自分の部屋に入った猫の姿を確認し、部屋の前に来た瀬輝はドアノブに手をかけようとした。
その時、階段を駆け上がってきた四匹の猫が次々とキャットドアを潜って部屋の中に入っていった。
「え、ちょっと……!」
瀬輝は驚き、勢いよくドアを開けてしまった。
目に飛び込んできたのは、ベッドの上に四匹の猫と紫っぽい毛色の猫が一緒に寛いでいる光景だった。
「……どういうこと……?」
状況に頭が追いつかない瀬輝は部屋の出入り口のところで立ち尽くす。
そこへ両親もやってきた。陽智も涼華も、瀬輝と同じように目の前のことに驚いた。
家族全員がその猫の姿を見た時を境に、彼は家族の一員となった。
「多分なんだけど、ここは元々ユーの縄張りだったんだと思うんだよな。この家を建てる前なのか建てている最中なのか分からないけど」
「じゃあユーの縄張りに住んでいるって感じか」
「そういうこと」
「でもよくミカヅキちゃんたちはユーくんを受け入れたね」
「そこが不思議なんだよなー。誰も〝シャー〟とか言わなかったし」
瀬輝はユーをちらりと見る。ユーはいつの間にか稜秩の膝の上で寛いでいた。それを見た瞬間、心がモヤモヤした。無意識に眉間に皺が寄る。
「……いや、そんな顔で見るなよ」
稜秩は困惑した顔をする。
一瞬だけ稜秩を見た瀬輝は頬を膨らませ、そこから顔を背ける。
「ユーの浮気者……」
「瀬輝くんって意外と嫉妬深いんだね」
「うるせ……!」
咲季の言葉に瀬輝は顔を赤くした。
それを見ていた稜秩が肩を震わせて笑っている。
「つか、全員分描いたのかよ……!」
「描いたよー」
そう言って咲季は、画用紙を瀬輝の方に向けて絵を見せた。
アメ、ラック、フローズ、ミカヅキ、ユー。それぞれの特徴を捉え、精密に描かれたそれは今にも動き出しそうだった。
瀬輝も稜秩も息を呑んだ。
「すげぇ……」
「さすが咲季だな……」
「ありがとう」
咲季は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。その咲季のもとに猫たちが集まり、絵を興味深そうに見つめている。
「みんなもありがとうね」
「ニャー」
返事をするように猫たちは声を合わせて鳴いた。
その光景を瀬輝は微笑ましく見ていた。こうやって大切な家族を丁寧に描いてもらえるのは嬉しく、誇らしいこと。
「チビッ子、ありがとうな」
「こちらこそだよ。おかげで入選しそうな気がする!」
柔らかい笑顔を見せる咲季は自信に満ち溢れていた。
瀬輝はその表情を見ながら、絶対入選すると心の底から思った。




