妹のおかげ
温かい日差し。ゴミ一つ落ちていないキレイな庭。そこに響く鹿威し。優しい風。温かい緑茶。とても和む空間だ。
縁側に腰掛ける冬也は、湯呑みに注がれた緑茶を静かに飲む。
(老後はこんな感じで過ごしたいなぁ)
そう思いながら、隣に座る稜秩にちらりと視線を送る。稜秩は子供用のショルダーバッグの破損箇所を直している。今はローテーブルの上で、ショルダーの付け根部分を革包丁で削っているところだ。
それを見ながら冬也は、数十分前のことを思い返す。
今日は秋凪と一緒にショッピングモールに行っていた。秋凪の好きなものを買ったりゲームセンターで一緒に遊んだり、それはもう楽しい時間だった。
だが、その後だった。次はどこへ行こうかとショッピングモール内を歩いていると、突然秋凪のバッグが壊れてしまった。
ショルダーストラップの付け根が切れてカバンが床に落ちたのを見て、秋凪は大泣きした。新しいカバンを買おうと冬也が言っても拒否し、さらに泣く始末。その時の周りの人たちの視線が痛かった。
どうすればいいか困っている時、たまたま近くを通った瀬輝が声を掛けてきた。あまり気乗りしなかったが、とりあえず事情を説明する。
それならばと、瀬輝は稜秩に連絡をした。
彼ならカバンを直せるということで、三人は稜秩の家に向かい、今に至る。
(まさかカバンを直せる人が天夏の友達にいるとは。ありがたいな。そして俺の天夏はすごい!)
心の中で天夏を褒める冬也は、少し遠くにいる秋凪に視線を移す。
秋凪はこの家に来た時に、すぐに瀬輝と庭の探索をし始めた。広い庭にはしゃぎ、綺麗に咲く花を見たり鹿威しを観察したり。今は池の中を泳ぐ鯉を眺めている。
(かわいいなぁ)
無邪気な妹に癒される冬也だが、妹のすぐ近くにいる人物のせいでそれは少し薄れる。
(近いんだよなぁ、瀬輝くん)
冬也はムッとした表情をする。
(秋凪のことを見ててくれるのはいいけど、そこまで近づく必要ある? ないよね。もう少し離れてほしいんだけど)
瀬輝に念を送るように心の中で言い続けた。彼と秋凪の距離は30cmは空いているのだが、冬也にとってはそれも嫌らしい。
「秋凪ちゃんの近くに行かなくていいんですか?」
作業を続ける稜秩が問うてきた。
冬也は複雑そうな顔をする。
「本当は行きたいけど、今の瀬輝くんが近くにいるとくしゃみが止まらなくてね……」
「あ、猫アレルギーでしたっけ」
「そうそう」
「じゃあ、ここに来るのも大変だったんじゃないですか?」
「すっっっごく大変だったよ……あの子がいるだけで猫が集まって来るし、集まった猫たちがあの子の足元にすり寄ってたから距離をあけて来たんだ」
思い出しただけで冬也の鼻がムズムズし始める。
それを落ち着かせようと秋凪を見る。かわいい妹が視界に入ったのも束の間、城神家の庭に猫がやって来た。
秋凪と瀬輝が猫に触ることはなかったが、風に舞って服に着くであろう猫の毛を、冬也は気にする。
「……あとで秋凪に付いた猫の毛取らないとな……」
力なく笑い、緑茶を飲む。
すると、稜秩が話題を変えて話を振ってきた。
「このカバン、結構使い込んでいますね」
秋凪のショルダーバッグは目立った傷はないが小さな解れがあり、少し色が褪せていた。
冬也はそれを見つめながら微笑む。
「父さんが秋凪の二歳の誕生日にプレゼントとして贈ったものなんだ。秋凪はそれを気に入ってて、どこかに出掛ける時は必ずそれを持っていくんだ」
「へぇ。お父さん嬉しいでしょうね」
「すごく喜んでるよー。秋凪が使ってるところを見るといつもニコニコしてるし」
「微笑ましいですね。それなら、冬也さんがプレゼントしたものも大切にしているんじゃないんですか?」
年下の子から〝冬也さん〟と呼ばれることがあまりない冬也は、その呼び方にくすぐったさを感じながらも嬉しく思う。
「大切にしてくれてるよ。大半はメロディーレンジャーのグッズなんだけど、いつも満面の笑みで受け取ってくれるんだ」
「秋凪ちゃん好きですもんね」
「俺に影響されて見始めたからね」
「冬也さんもよく戦隊モノ観るんですか?」
「うん。元々子供の頃から好きで観てたんだけど『トキレンジャー』のノワングがきっかけでハマったんだ」
『トキレンジャー』は数年前に放送されていた番組。その番組には、ルビンがノワングという悪役として出演していた。
「一見冷たそうだけど本当は仲間思いですごくかっこよくて憧れた。ノワングに会いに行くためにヒーローショーにも行った。だから、最終回でノワングが倒された時はテレビの前で号泣してさ、まあ今でも泣いちゃうんだけど……それくらい大好きなキャラクターなんだ」
冬也そこまで話すと、ヒーローショーに行った時のことを思い出していた。周りの子がヒーローたちを応援している中、自分はノワングの応援をしていて浮いていたなと。とても懐かしく感じる記憶。
思い出に浸っていた冬也だが、ハッと我に返る。
(こいつ大学生のくせに何言ってんだとか思われるかな……!?)
慌てて稜秩の方を見る。
「ご、ごめんね、変に語っちゃって……!」
「いえ。そう言ってもらえて嬉しいです。きっと父も喜びます」
稜秩の顔は本当に嬉しそうだった。
その表情を見た冬也は、胸の辺りが温かくなったのを感じた。そっとそこに触れる。心地よい温かさに自然と笑みが溢れた。
それから少しして、ショルダーバッグは無事に元の形に戻った。
秋凪と瀬輝に声を掛け、服に着いた猫の毛を落としてもらってから、出来上がったバッグを稜秩が秋凪に渡した。
「ありがとう!」
バッグを大事そうに抱き締める秋凪を見て、冬也たちが微笑む。
冬也は稜秩に向き直った。
「稜秩くん、本当にありがとう。助かったよ」
「お役に立ててよかったです」
「秋凪ちゃんよかったね、カバン直って」
隣でしゃがむ瀬輝に話し掛けられた秋凪は、飛び切り明るい笑顔を見せた。
「うん! 瀬輝くんもありがとう!」
「えっ、俺も?」
「うん! だって、瀬輝くんがここに連れてきてくれなかったらカバン直ってないもん。だからありがとう!」
秋凪の言葉に瀬輝は最初驚いたが、すぐにニッと笑った。
「どういたしまして!」
瀬輝がそう言いながら秋凪の頭を撫でる。
それを目の当たりにした冬也のこめかみに青筋が立つ。
(よくもまあ、俺の前で堂々と……)
冬也は秋凪に触れている瀬輝の手を掴もうとする。
「お兄ちゃんも瀬輝くんに〝ありがとう〟って言わなきゃダメだよ!」
しかし、小さな妹の言葉で動きが止まった。
(……そうだよな、秋凪が言っていることは何も間違っていない)
冬也は納得して心の中で頷く。
「瀬輝くん」
「あっ、はい!」
名前を呼ぶと、しゃがんでいた瀬輝が慌てて立ち上がった。冬也は穏やかな表情を見せる。
「あの時声を掛けてくれて、稜秩くんに連絡してくれてありがとう。俺だけじゃ秋凪をこんなに笑顔にできなかった」
「い、いえ……」
瀬輝が少し怯えながら返事をしたが、冬也はそれを気にする素振りはない。
おどおどする瀬輝の隣にいる秋凪は、満足そうに笑っていた。
八保喜が用意してくれたお菓子を食べ、少しの間談笑してから冬也と秋凪は城神家を後にした。
手を繋ぎながらゆっくり歩いていると、秋凪が立ち止まった。
「お兄ちゃん、しゃがんで」
唐突な言葉だったが、冬也はその場ですぐにしゃがんだ。
「ちゃんと〝ありがとう〟って言えたね」
愛らしい笑顔を見せる秋凪の小さな手が、優しく頭を撫でてくれている。一瞬にして冬也の胸は、嬉しさや幸せで満ち溢れた。
冬也は秋凪を優しく抱き締める。
「うん、秋凪のおかげで言えたよ。ありがとう」
そっと伝えると、秋凪は「えへへっ」と笑って抱き締め返してくれた。
(俺は幸せ者だなぁ)
小さな妹の温かさを感じながら冬也は思った。その幸せを噛み締めるように秋凪と手を繋ぎ直し、また歩き出す。
冬也の心はとても穏やかだった。




