表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/123

妹のおかげ

 温かい日差し。ゴミ一つ落ちていないキレイな庭。そこに響く鹿威し。優しい風。温かい緑茶。とても和む空間だ。

 縁側に腰掛ける冬也(とうや)は、湯呑みに注がれた緑茶を静かに飲む。


(老後はこんな感じで過ごしたいなぁ)


 そう思いながら、隣に座る稜秩(いち)にちらりと視線を送る。稜秩(いち)は子供用のショルダーバッグの破損箇所を直している。今はローテーブルの上で、ショルダーの付け根部分を革包丁で削っているところだ。

 それを見ながら冬也(とうや)は、数十分前のことを思い返す。






 今日は秋凪(あきな)と一緒にショッピングモールに行っていた。秋凪(あきな)の好きなものを買ったりゲームセンターで一緒に遊んだり、それはもう楽しい時間だった。

 だが、その後だった。次はどこへ行こうかとショッピングモール内を歩いていると、突然秋凪(あきな)のバッグが壊れてしまった。


 ショルダーストラップの付け根が切れてカバンが床に落ちたのを見て、秋凪(あきな)は大泣きした。新しいカバンを買おうと冬也(とうや)が言っても拒否し、さらに泣く始末。その時の周りの人たちの視線が痛かった。


 どうすればいいか困っている時、たまたま近くを通った瀬輝(ぜる)が声を掛けてきた。あまり気乗りしなかったが、とりあえず事情を説明する。

 それならばと、瀬輝(ぜる)稜秩(いち)に連絡をした。

 彼ならカバンを直せるということで、三人は稜秩(いち)の家に向かい、今に至る。







(まさかカバンを直せる人が天夏(あまな)の友達にいるとは。ありがたいな。そして俺の天夏()はすごい!)


 心の中で天夏(あまな)を褒める冬也(とうや)は、少し遠くにいる秋凪(あきな)に視線を移す。


 秋凪(あきな)はこの家に来た時に、すぐに瀬輝(ぜる)と庭の探索をし始めた。広い庭にはしゃぎ、綺麗に咲く花を見たり鹿威しを観察したり。今は池の中を泳ぐ鯉を眺めている。


(かわいいなぁ)


 無邪気な妹に癒される冬也(とうや)だが、妹のすぐ近くにいる人物のせいでそれは少し薄れる。


(近いんだよなぁ、瀬輝(ぜる)くん)


 冬也(とうや)はムッとした表情をする。


秋凪(あきな)のことを見ててくれるのはいいけど、そこまで近づく必要ある? ないよね。もう少し離れてほしいんだけど)


 瀬輝(ぜる)に念を送るように心の中で言い続けた。彼と秋凪(あきな)の距離は30cmは空いているのだが、冬也(とうや)にとってはそれも嫌らしい。


秋凪(あきな)ちゃんの近くに行かなくていいんですか?」


 作業を続ける稜秩(いち)が問うてきた。

 冬也(とうや)は複雑そうな顔をする。


「本当は行きたいけど、今の瀬輝(ぜる)くんが近くにいるとくしゃみが止まらなくてね……」

「あ、猫アレルギーでしたっけ」

「そうそう」

「じゃあ、ここに来るのも大変だったんじゃないですか?」

「すっっっごく大変だったよ……あの子がいるだけで猫が集まって来るし、集まった猫たちがあの子の足元にすり寄ってたから距離をあけて来たんだ」


 思い出しただけで冬也(とうや)の鼻がムズムズし始める。

 それを落ち着かせようと秋凪(あきな)を見る。かわいい妹が視界に入ったのも束の間、城神(とがみ)()の庭に猫がやって来た。


 秋凪(あきな)瀬輝(ぜる)が猫に触ることはなかったが、風に舞って服に着くであろう猫の毛を、冬也(とうや)は気にする。


「……あとで秋凪(あきな)に付いた猫の毛取らないとな……」


 力なく笑い、緑茶を飲む。

 すると、稜秩(いち)が話題を変えて話を振ってきた。


「このカバン、結構使い込んでいますね」


 秋凪(あきな)のショルダーバッグは目立った傷はないが小さな解れがあり、少し色が褪せていた。

 冬也(とうや)はそれを見つめながら微笑む。


「父さんが秋凪(あきな)の二歳の誕生日にプレゼントとして贈ったものなんだ。秋凪(あきな)はそれを気に入ってて、どこかに出掛ける時は必ずそれを持っていくんだ」

「へぇ。お父さん嬉しいでしょうね」

「すごく喜んでるよー。秋凪(あきな)が使ってるところを見るといつもニコニコしてるし」

「微笑ましいですね。それなら、冬也(とうや)さんがプレゼントしたものも大切にしているんじゃないんですか?」


 年下の子から〝冬也(とうや)さん〟と呼ばれることがあまりない冬也(とうや)は、その呼び方にくすぐったさを感じながらも嬉しく思う。


「大切にしてくれてるよ。大半はメロディーレンジャーのグッズなんだけど、いつも満面の笑みで受け取ってくれるんだ」

秋凪(あきな)ちゃん好きですもんね」

「俺に影響されて見始めたからね」

冬也(とうや)さんもよく戦隊モノ観るんですか?」

「うん。元々子供の頃から好きで観てたんだけど『トキレンジャー』のノワングがきっかけでハマったんだ」


『トキレンジャー』は数年前に放送されていた番組。その番組には、ルビンがノワングという悪役として出演していた。


「一見冷たそうだけど本当は仲間思いですごくかっこよくて憧れた。ノワングに会いに行くためにヒーローショーにも行った。だから、最終回でノワングが倒された時はテレビの前で号泣してさ、まあ今でも泣いちゃうんだけど……それくらい大好きなキャラクターなんだ」


 冬也(とうや)そこまで話すと、ヒーローショーに行った時のことを思い出していた。周りの子がヒーローたちを応援している中、自分はノワングの応援をしていて浮いていたなと。とても懐かしく感じる記憶。


 思い出に浸っていた冬也(とうや)だが、ハッと我に返る。


(こいつ大学生のくせに何言ってんだとか思われるかな……!?)


 慌てて稜秩(いち)の方を見る。


「ご、ごめんね、変に語っちゃって……!」

「いえ。そう言ってもらえて嬉しいです。きっと父も喜びます」


 稜秩(いち)の顔は本当に嬉しそうだった。

 その表情を見た冬也(とうや)は、胸の辺りが温かくなったのを感じた。そっとそこに触れる。心地よい温かさに自然と笑みが溢れた。





 それから少しして、ショルダーバッグは無事に元の形に戻った。

 秋凪(あきな)瀬輝(ぜる)に声を掛け、服に着いた猫の毛を落としてもらってから、出来上がったバッグを稜秩(いち)秋凪(あきな)に渡した。


「ありがとう!」


 バッグを大事そうに抱き締める秋凪(あきな)を見て、冬也(とうや)たちが微笑む。

 冬也(とうや)稜秩(いち)に向き直った。


稜秩(いち)くん、本当にありがとう。助かったよ」

「お役に立ててよかったです」

秋凪(あきな)ちゃんよかったね、カバン直って」


 隣でしゃがむ瀬輝(ぜる)に話し掛けられた秋凪(あきな)は、飛び切り明るい笑顔を見せた。


「うん! 瀬輝(ぜる)くんもありがとう!」

「えっ、俺も?」

「うん! だって、瀬輝(ぜる)くんがここに連れてきてくれなかったらカバン直ってないもん。だからありがとう!」


 秋凪(あきな)の言葉に瀬輝(ぜる)は最初驚いたが、すぐにニッと笑った。


「どういたしまして!」


 瀬輝(ぜる)がそう言いながら秋凪(あきな)の頭を撫でる。

 それを目の当たりにした冬也(とうや)のこめかみに青筋が立つ。


(よくもまあ、俺の前で堂々と……)


 冬也(とうや)秋凪(あきな)に触れている瀬輝(ぜる)の手を掴もうとする。


「お兄ちゃんも瀬輝(ぜる)くんに〝ありがとう〟って言わなきゃダメだよ!」


 しかし、小さな妹の言葉で動きが止まった。


(……そうだよな、秋凪(あきな)が言っていることは何も間違っていない)


 冬也(とうや)は納得して心の中で頷く。


瀬輝(ぜる)くん」

「あっ、はい!」


 名前を呼ぶと、しゃがんでいた瀬輝(ぜる)が慌てて立ち上がった。冬也(とうや)は穏やかな表情を見せる。


「あの時声を掛けてくれて、稜秩(いち)くんに連絡してくれてありがとう。俺だけじゃ秋凪(あきな)をこんなに笑顔にできなかった」

「い、いえ……」


 瀬輝(ぜる)が少し怯えながら返事をしたが、冬也(とうや)はそれを気にする素振りはない。

 おどおどする瀬輝(ぜる)の隣にいる秋凪(あきな)は、満足そうに笑っていた。





 八保喜(やほき)が用意してくれたお菓子を食べ、少しの間談笑してから冬也(とうや)秋凪(あきな)城神(とがみ)()を後にした。

 手を繋ぎながらゆっくり歩いていると、秋凪(あきな)が立ち止まった。


「お兄ちゃん、しゃがんで」


 唐突な言葉だったが、冬也(とうや)はその場ですぐにしゃがんだ。


「ちゃんと〝ありがとう〟って言えたね」


 愛らしい笑顔を見せる秋凪(あきな)の小さな手が、優しく頭を撫でてくれている。一瞬にして冬也(とうや)の胸は、嬉しさや幸せで満ち溢れた。

 冬也(とうや)秋凪(あきな)を優しく抱き締める。


「うん、秋凪(あきな)のおかげで言えたよ。ありがとう」


 そっと伝えると、秋凪(あきな)は「えへへっ」と笑って抱き締め返してくれた。


(俺は幸せ者だなぁ)


 小さな妹の温かさを感じながら冬也(とうや)は思った。その幸せを噛み締めるように秋凪(あきな)と手を繋ぎ直し、また歩き出す。

 冬也(とうや)の心はとても穏やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ