出会いは劇場で
春休みが残り数日となったある日、連朱は稜秩と瀬輝と共に劇場にいた。ルビンが出演している舞台を観劇するためだ。
そして今は上演中。作中の人物たちが次々と登場し、物語が進んでいく。ルビンは主役ではないが、この物語の鍵を握る人物のため登場回数は多い。
舞台が暗転し、場面が変わったところでまた新しい人物たちが出てきた。主人公と共に登場したのは、主人公の友達数人。
その中の一人に、連朱は目を奪われた。
背丈が180cmくらいの細身で優しそうな顔立ちをしている彼は、柔らかい声音で主人公と話をしている。聴いていて心地のよい声が劇場内に広がる。
連朱は体中が脈打つ中、息をするのも忘れていた。危うく前のめりになりそうな体を必死に止めて彼を見つめる。
(俺、この人好きだ)
理由もなくそう思った。何がどう好きかは分からない。分かるのは、ちょっとした仕草や声、表情など彼の全てが「好き」という感情と胸のときめきを大きくさせているということだけ。
連朱の瞳は自然と彼を追いかけていた。
それは彼が舞台上にいる限り続いた。
「いいなぁ、稜秩だけ楽屋挨拶……」
観劇を終えてロビーの隅で待つ瀬輝の不満そうな声に連朱はハッとした。そこで初めて、舞台が終わったことに気付く。
舞台の内容よりも目に焼き付いたあの人のことが色濃く残っていることを感じながら、瀬輝を宥める。
「しょうがないよ。あまり広くない楽屋だから挨拶は一人だけでってルビンさん言ってたし」
「それはそうなんですけど……あー、杏ちゃんに会いたかったー……」
そう言う瀬輝は事前に買っていたパンフレットを開く。偶然開いたページには、瀬輝が会いたかったと言った横宮杏の写真やプロフィールなどが記載されている。彼女は元アイドルで、現在は女優として活躍している。
それをチラッと見た連朱は呟いた。
「その気持ち、分かるな」
「えっ!? 本当ですか!?」
「おっ、おぅ、うん……!」
急に顔を上げた瀬輝に驚き、変な声を出してしまったと恥ずかしくなる連朱。しかし、それは瀬輝によって掻き消された。
「先輩も杏ちゃんに会いたかったんですか!?」
「あ、いや、俺は……池永春役の人に会いたかったなって……」
「ああ、あのスラッとした人! えっと……神昌悠陽さんっていう俳優さんですね!」
「神昌悠陽さん……」
連朱は瀬輝が見せてくれているパンフレットに目を落とす。優しく笑う姿を見て、彼のことをもっと知りたくなった。
帰宅した連朱は自分の部屋に入ると、観劇した舞台のパンフレットをカバンから取り出した。そして真っ先に神昌のページを開く。プロフィールには九月十四日生まれ、二十一歳と書かれたほか、出演した舞台やミュージカル作品の題名がいくつか並んでいる。
次に別のページに記載されたインタビューにも目を通す。舞台出演が決まった時の気持ちや稽古中の出来事が書かれている。
全て読み終えたが、まだまだ彼のことを知りたい。その思いのままに携帯電話を手に取り、インターネットで彼について調べる。今知った情報のほかにデビューのきっかけ、特技など様々なことが書かれている。
「特技がパルクールってすごい……あ、SNSやってるんだ」
彼のアカウントを見つけるや否や、連朱はすぐに彼をフォローした。考えるよりも先に体が動いていたという言葉そのままだ。
彼をフォローした後はそのSNSの過去の投稿を遡る。舞台に対しての意気込み、演じることの楽しさ、好きなもの、買ったもの。彼が発信したもの全てが連朱を夢中にさせる。
(こんなに俳優さんについて深く知りたいと思ったのは初めてだな。ルビンさんや律弥さんを含めて好きな芸能人は沢山いるけど、この人だけは何か違う。一目見た時から。どうしてなのかは分からないけど)
初めての感情を受け入れながら、連朱は時間を忘れて神昌のSNSを見ていた。
夕食も風呂も済ませて部屋で寛いでいると、神昌がSNSを更新した通知が連朱の携帯電話に届いた。連朱はすぐさまその投稿を見る。
《『かりそめの僕』本日2公演ありがとうございました!
充実してるなーと思う今日この頃。
今日はルビンさんとツーショット!》
書かれた言葉に添えられた写真には、神昌とルビンがピースをして写っていた。舞台上で観たのとはまた違う穏やかな笑顔に、連朱は心惹かれる。
「観に行って良かった」
自然と漏れた声が耳に入ると、ある感情が芽生えた。また観に行きたいと。
連朱は急いで舞台の公式サイトを確認する。当日券があると知った瞬間「明日行こう」と迷わず決めた。また会える。そう思うと心が踊った。
(ああでも、ちゃんと舞台全体も観ないとな。ストーリーは所々しか思い出せないし……)
神昌のことで頭がいっぱいだったのを反省しながら目覚まし時計のアラームをセットし、部屋を暗くして布団に潜る。
目を瞑ると、舞台に立つ神昌の姿が浮かんだ。大きな役ではないけれど、キラキラと輝いていて楽しそうに演じている。その姿だけで胸が高鳴り、改めて好きだと心の底から思った。
こんな状態で眠れるかなと連朱は寝返りを打つ。それを繰り返しているうちに今日の疲れもあってか、徐々に睡魔がやってきた。
そして、翌朝にはすっきり起きられそうなほどにぐっすりと眠った。




