朱李からの報告
目を開けると、快晴の空が広がっていた。
広大な草原に立つ大木の根本に凭れる瀬輝は、伸びをしながら深呼吸をする。
「気持ちいいですね」
隣に座る連朱に話しかけると、連朱が「そうだな」と返事をしてくれた。絵に描いたような綺麗な横顔。風に靡く金色の髪。連朱の全てが瀬輝の心を捕らえる。
「……」
見つめていると、視線に気付いた連朱と目が合う。
「どうした?」
「えっ、あ、いや……! 先輩、すごく綺麗だなぁって思いまして……!」
「じゃあ、もっと近くで見る?」
「え?」
その言葉の意味がどういうことなのか理解する前に、連朱の顔が目の前に現れた。瀬輝は思わず仰け反る。
「ちょっ、先輩!?」
「何で逃げるの? 俺の顔見たいんじゃないの?」
「み、見たいですけど、近いです! それに心の準備が!!」
「大丈夫。何もしないから」
「それでも!!」
連朱がじりじりと迫ってくる中、瀬輝は緊張から身動きが取れなくなっていた。咄嗟に目を強く瞑る。
「待って……!」
「待ってください先輩!!」
言いながら、瀬輝は目を見開いた。目の前には枕元から覗く猫のユーの顔がある。
「おわぁっ!?」
声を上げながら瀬輝は飛び起きた。それに驚いたユー以外の猫たちは、慌ててベッドの下に隠れたり部屋から出て行ってしまった。
「ユー……驚かせるなよ……!」
乱れた呼吸を整えつつ、瀬輝はユーに言った。
一方、ユーは微動だにせずに瀬輝を見て意地悪な笑みを見せた。そうした後、ベッドから降りてキャットドアを潜り、部屋を出て行った。
その姿を目で追った瀬輝はため息をつく。
「あー、朝からあれは心臓に悪いって……皆もごめんなー。びっくりしたよな……」
優しい声音で声を掛けると、ベッドの下やキャットドアから猫たちが顔を出した。
「まあ、良い夢見られたからいいけど」
呟いた瀬輝は恍惚の表情を浮かべる。その時、あることを思い出した。
「そういや、今日朱李が来るんだっけ」
「ニャー」
「あ、ごめんごめん。今ご飯用意するから」
鳴く猫たちに声を掛けると、瀬輝は部屋を出てリビングへ向かう。
実は昨夜、朱李から電話が掛かってきたのだ。「直接話したいことがあるので近いうちに瀬輝さんの家に行っていいですか?」と。朱李の声は聞いただけでも嬉しいことがあったのだと分かるほど明るく、興奮しているようだった。
(話したいことって何だろ。とりあえず明るい話題みたいだけど)
用意したご飯を食べる愛猫たちを見つめながら考えていると、母に「朝ご飯出来たぞ」と声を掛けられ、瀬輝は食卓に着いた。
十時過ぎ、朱李が晴れやかな笑顔で訪ねてきた。
瀬輝は朱李を部屋に通してお茶を出し、本題に入る。
「何か良いことあったのか?」
「はい! 実は彼女が出来まして」
「マジで!?」
予想もしていなかった話に瀬輝は目を丸くした。それと同時に何だか嬉しくなる。
「おめでとう!! 相手は誰なんだ!?」
「うちの近所のコンビニでバイトしてる夜桜さんっていう人です」
「夜桜……あ、あの人か」
朱李の家の近くにあるコンビニエンスストアの店員を思い浮かべる。瀬輝も以前そこの店舗を利用した際、珍しい名字だなと覚えていたのだ。
「全然そんな話聞いてなかったからびっくりだわ。で、どんな流れで付き合うようになったんだ?」
前のめりになって問う瀬輝に、朱李が順を追って話す。花火大会で偶然会い、連絡先を交換したこと。二人で遊びに出掛けたこと。告白をして返事を待っていたこと。
「それで昨日、夜桜さんと映画観に行って何だかんだ一緒に過ごした後、返事をもらいまして──」
それは、お店を出て二人で歩いていた時。街路樹の桜が舞っていて、今思えばすごく良いシチュエーションだった。
「この前の、返事のことなんですけど……」
「は、はい……!」
ちすずの言葉に咄嗟に背筋を伸ばした朱李の心臓は、告白をした日と同じくらい激しく脈打っていた。
「今日まで色々考えまして……」
「はい」
「湊琉くんと一緒にいると楽しいし〝良いな〟って思うし、お断りする理由も見つからないし……だから、その……よろしくお願いします……!」
顔を赤らめるちすずは深々と頭を下げた。
「〝よろしくお願いします〟って言われた時、俺もう嬉しくて叫びたいくらいでした」
頬を緩める朱李は目の前にあるお茶を飲んだ。
「すげー幸せそうだな」
「はい、幸せです」
ふわふわとした雰囲気を醸し出している朱李を見て、瀬輝も笑みを見せる。その時、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「でも何でこのことを今日伝えに来たんだ?」
問い掛けると、朱李が少し表情を引き締めた。
「瀬輝さんに直接言いたくて。前に失恋した時に話聞いてもらったし」
「そっか。朱李のそういう話聞けて俺も嬉しいよ」
「じゃあ、もうちょっと惚気話聞いてもらっていいですか!?」
「おう、じゃんじゃん来い」
「やった!」
嬉しそうに笑う朱李は時間が経つのも忘れて話すことに没頭した。
瀬輝はそれを微笑ましく思いながら聴いていた。
思う存分語り、自宅へ帰る朱李を玄関で見送る。
「朱李に彼女かぁ」
朱李の姿が見えなくなった玄関先を見ながら、瀬輝は独り言を呟いた。
「瀬輝には秋凪ちゃんがいるだろ」
その声に振り返ると、背後に母がいた。瀬輝はほんの少しだけ口を尖らせる。
「秋凪ちゃんはそういう対象じゃねぇし」
「将来はどうなるか分からねぇだろ?」
「はいはいそうですね」
母の言葉を聞き流すように、瀬輝は足早に自分の部屋に戻った。
「ったく、何でもかんでも秋凪ちゃんを出してきやがって……」
ぶつぶつと言いながらベッドに横たわると、愛猫たちが集まってきた。腹の上に乗るミカヅキを撫でる。
そうしていると、失恋した時の朱李の表情が浮かんだ。あの時泣き噦っていた顔が、今じゃあんなに幸せそうに笑っている。だからこそ、朱李の恋が実って良かったと思える。
「おめでとう、朱李」
微笑む瀬輝は改めてその言葉を呟いた。
それに反応してミカヅキが「ニャー」と鳴いた。




