チョコレートの季節
この時期は毎日のようにチョコレートを見かける。お店の特設コーナーを始め、テレビの特集もCMもネットも、チョコレートで溢れている。それは仕方のないこと。もうすぐバレンタインだからだ。
連朱にとってバレンタインは、苦手なイベントである。
「ハァ〜〜……」
「だからって、俺の部屋で深いため息つくのやめろよ」
「ごめん……」
稜秩に謝る連朱は膝を抱えた。
「何でバレンタインはチョコが主流なんだろ……他のものじゃダメだったのかな。イチゴ大福とかスイートポテトとか……」
「チョコの方が色々アレンジしやすいからじゃないか?」
「だからってチョコだらけにしなくていいじゃん……バレンタインなんてなくていいのに……」
ため息混じりに言葉を吐いた連朱の表情は暗い。毎年、この時期になるとよく目にする表情だ。
「バレンタイン自体嫌いなのか?」
「そういうわけじゃないけど、バレンタイン=チョコって感じがして苦手なんだ」
「まあ、たしかにチョコを使ったお菓子って多いよな。連朱って、いつからチョコが嫌いなんだ?」
「物心つく前から嫌いみたいで、少しでもチョコの匂いがしたら嫌がって泣いてたらしいよ」
「根っからのチョコ嫌いなんだな」
「うん」
連朱は力なく笑いながら頷いた。家族からは「アレルギーなんじゃないか」と心配されるくらい拒否反応を示していたらしい。そのため連朱は、チョコレートを一度も食べたことがない。さらに言えば、美味しそうに見えたこともない。
「けど、文化祭ので少しは免疫ついたんじゃないか?」
「全っ然……むしろ悪化した。チョコの写真を見るだけで気分が悪くなるし……今話してるだけで……ちょっと……」
顔色を悪くした連朱は口元を手で覆った。話しているだけでこうなるのはかなり重症。そんなことを考えていると、甘い香りが漂ってきた。思わず顔を顰める。
「……チョコの匂いがする……」
「え? するか?」
「うん……近づいてくる……」
嫌いな匂いが濃くなっていくのを感じた連朱は鼻をつまむ。
その時、襖の向こうから咲季の声が聞こえた。
「いっちー、入っていいー?」
「いいぞ」
稜秩がすぐに答えると、襖が開いた。
明るい表情をした咲季がひょっこり顔を見せたが、連朱と目が合うと咄嗟に襖を閉めた。
連朱が咲季の行動を不思議に思うのと同時に、稜秩の鋭い眼光が連朱に向けられる。
「……咲季に何かした?」
「し、してないよ……!」
「じゃあ何で連朱の顔を見て襖閉めたんだよ」
「俺が知るわけないだろ……!」
咲季に何かをしたという心当たりがない連朱は否定するしかなかった。実際、何もしていない。
(ああでも、俺が何もしてないって思ってても、咲季からしたら何か嫌なことをしちゃったのかな……)
不安になって今日までのことをあれこれと考えていると、咲季が部屋に入ってきた。
咲季は申し訳なさそうな表情で稜秩の隣に座った。
「ごめんね。連朱くんがいるって知らなくて、危なくチョコレートケーキを持って部屋に入るところだった」
「ああ、そういうことか」
「ケーキは冷蔵庫に入れてもらったから」
「ありがとう」
咲季と稜秩の会話を聞いていた連朱は胸を撫で下ろした。その直後、あの気分の悪さが戻ってきた。思わず口元を押さえる。
「……だから、チョコの匂いしたんだ……」
「えっ、そうなの?」
「俺はわからなかったけど、連朱はすぐに気付いたぜ」
「すごい! 犬並みの嗅覚だね!」
「褒められてるのかな……」
連朱は苦笑いを浮かべながら呟いた。犬並みの嗅覚を発揮するのなら、好きなものの時に発揮してほしいと心の底から思う。
「でもそれだけ嗅覚が鋭いと、毎年バレンタインはツライよね」
「その話ついさっきしてた」
「あ、そうなんだ」
「で、チョコの話ばっかしてたから連朱が吐き気を催した」
「それはごめん……!」
「ううん、気にしないで」
「チョ──甘くて茶色いものが嫌いなの、悪化してるね」
「咲季、そこまで気を遣わなくていいよ……」
「今年のバレ──甘くて茶色いものが貰える日は一層憂鬱じゃないか?」
「稜秩まで……」
連朱は二人の気遣いに申し訳なく思いつつ、NGワードゲームのような言葉選びに面白さを感じていた。
「でもみんな、連朱くんが嫌いなものを使わないお菓子くれるよね」
「そういえばそうだな。毎年抱え切れないくらいの量で」
「好きなもので作ってくれたお菓子は嬉しいし有難いけど、中々食べ終わらないんだよね……」
「……連朱、さらりとモテ自慢したな」
「べっ、別にそんなつもりないし……! そういう稜秩だって、女の子から沢山お菓子もらうんじゃないの!?」
「俺は咲季からしか受け取らない主義だから全部断ってる」
「ああ、そうだったね……」
稜秩はこういうカッコいいことをさらっと言うよなと、連朱は思った。咲季に視線を向けると少し恥ずかしがっている様子だった。
「連朱くんにとっても、二月十四日のイベントは楽しいって思えるものだといいのにね」
話を逸らした咲季の話に連朱が乗る。
「来年からあんこが主流になってほしいな。あんこなら何でも好きなんだけど」
「あんこかぁ。和な感じでいいね」
「あんこが主流とか考えたくねぇ」
「うーん……世の中うまくいかないね」
「そんなもんだ」
「俺が嫌いなものを克服するしかないけど、今は無理だ……」
果たしてそんな日は来るのだろうか。連朱は自分が口にした言葉に疑問を持った。今嫌いなものをさらに嫌いになっている状態なのに、それを克服している未来なんて想像ができないからだ。
第一、克服する方法がわからない。
「連朱、すごいな」
「何が?」
突然掛けられた言葉に反応した連朱はとりあえず疑問を頭の片隅に置き、稜秩を見た。
稜秩は微笑んでいる。
「嫌いなものを克服しようって思うところ」
「えっ、そうかな……」
「そうだよ。俺は嫌いなものに対して克服しようなんて微塵も思わねぇもん」
稜秩にそう言われ、連朱はくすぐったくなった。どう反応していいか分からなくなる。
「……」
「……何で顔赤くなるんだよ」
「さ、さあ……?」
「いっちーに褒められて嬉しいんだよね」
「へっ!? いや、あの……どう、なのかな……」
「嬉しいなら素直に言えよ」
「反応に困っただけだ……!」
「素直じゃねぇなー」
「素直な答えだ……!」
「まあまあ。この話もこれくらいにして、みんなでゲームしない?」
軽く言い合いを始める二人の間に割って入った咲季がそう提案した。連朱と稜秩はそれに賛同する。
何のゲームをするか相談する傍で連朱は、今年の二月十四日は少しだけ楽しく迎えられるかもしれない。何となくそう思った。




