あなたと見る花火
「もー、何で兄ちゃん電話に出ないんだよー……」
人混みを避けて、朱李は連朱の携帯電話に電話を掛けていた。辺りを見回すが、兄の姿は見つからない。その代わりに、ジャンパーやコートを着た人たちが出店の商品を買っていたり食べ歩きをしている姿が見える。
今日はこの河川敷で冬の花火大会が開催される。それを見に連朱と一緒に来たのだが、いつの間にかはぐれてしまったのだ。
「これじゃあ探しようもないじゃん……迷子センターってあるかな」
一人で冗談めいたことを言う朱李は携帯電話をしまい、どうしようかと考える。その時、人混みの中から抜け出してきた人を見て胸が高鳴った。
目の前にちすずがいるのだ。気付けば、朱李はちすずに近付いていた。
「あの……夜桜さん……!」
声を掛けると、ちすずは目を見開いて此方を見た。
「こんばんは」
「こんばんは。夜桜さん、一人ですか?」
「いえ、友達と来たんですけど、はぐれちゃって……」
(あの時の友達かな?)
朱李は、以前公園でちすずと待ち合わせをしていた女の子の姿を思い浮かべた。彼女と同年代くらいの人。
「あなたは?」
「俺は、兄ちゃんとはぐれちゃって……」
苦笑いを浮かべた朱李は頰を掻いた。そして、同じ場所で同じ状況にいることに、少し嬉しさを感じる。
「ところで、お友達とは連絡取れたんですか?」
「はい。友達はうどんの出店の近くにいるって言ってたんですけど、場所が分からなくて一度人混みから抜けてきたんです」
「俺、その場所なら分かるんで一緒に行きましょう!」
「でも、お兄さんを探さなくていいんですか?」
「また歩きながら探します。携帯に連絡しても繋がらないし」
笑顔を見せる朱李はちすずと一緒にうどんの出店を目指す。ちすずの歩調に合わせて、ゆっくりと隣を歩く。
すると、ちすずが此方を見上げてきた。
「あの……名前、教えてもらえますか?」
その問いで、朱李は自分の名前を伝えていないことに気付いた。
「すみません、まだ言ってなかったですよね……! 俺、湊琉朱李って言います!」
「〝あい〟……?」
名前を呟くちすずの顔は驚いているようだった。
「はい。朱色の朱に李って書いて〝朱李〟です」
「かわいい名前……」
「えっ!?」
朱李は思わず立ち止まった。
その驚きにつられ、ちすずがあたふたする。
「あっ、ごめんなさい! 変なこと言って……!」
「い、いえ……! 俺、自分の名前好きなんで、そう言われて、嬉しいです……」
朱李は視線を彷徨わせながら言葉を口にした。元々寒さで赤くなっていた顔は、余計に赤みを増していた。ちらりとちすずに目を向けると、顔を赤らめてそわそわとしている様子が見えた。
とりあえず、何か話そうと声を掛けようとした時。
「ちすずー!」
彼女を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げた。視線の先には此方に手を振る女の子と、以前公園で見かけた女の子がいた。今日は三人で来ていた様子。
再びちすずを見ると、ちすずは笑顔で彼女たちに手を振り返していた。
「あの……湊琉さん、ありがとうございました……!」
「いえ、お力になれてよかったです……!」
互いにお辞儀をし、朱李は友達のもとへ行くちすずの背中を見つめた。
(兄ちゃんありがとう、はぐれてくれて……!)
どこかにいる兄に心の中で両手を合わせて感謝をする。
(兄ちゃんのおかげで幸せなひと時を過ごせたよ。兄ちゃん様様だよ! でも、もう少し一緒にいたかったなぁ……)
そう思っていると、不意に腕を掴まれた。
「朱李……!」
「あ、兄ちゃん!」
感謝した相手が突然目の前に現れ、朱李は驚いた。それと同時にモヤモヤしていたものが顔を出した。
「何で電話に出ないんだよ!」
「携帯、家に忘れちゃってて……」
「携帯の意味ないじゃん」
「ごめん、ごめん──って、そもそも大はしゃぎしていなくなったのは誰だよ」
「よし、花火見に行こう!」
「話逸らすな」
「えへへ、ごめん……」
朱李は力なく笑った。その後「はしゃいでいなくなったのは自分だから、自分に感謝するべきなのかな」と思った。
あまり反省していない様子だ。
花火会場へ着いた朱李と連朱は花火が見やすい場所を見つけた。
「この辺でいいかな」
観覧場所を決めた時、朱李はふと隣の人を見た。その人と目が合う。
「あっ……!」
目が合った二人は同時に声を発した。顔を見合わせる朱李も、ちすずも、驚き顔。
(こんな偶然ある!? たしかにもう少し一緒にいたかったって思ったけど……! というかストーカーに思われてないかな!? 本当にただの偶然なのに……!!)
朱李は思い掛けないことに動揺する。
そんな弟の心中など知らない連朱が小声で話し掛けてくる。
「朱李、あの人って家の近くのコンビニの店員さんだよね?」
「そ、そうだよ」
「仲良いの?」
「まあ、ちょっとだけ……」
そう返事をした時、これから花火を打ち上げるというアナウンスが聞こえてきた。
それから間も無くして、色とりどりの花火が上がった。
何発かの花火を見た後、朱李はちすずに目を向けた。空を見上げて花火を楽しんでいる笑顔。その表情が、朱李の心を捉える。
(かわいい……)
朱李は瞬きをするのも忘れ、彼女の横顔を覗き込むように見た。こんなにも惹かれる表情は初めてだった。もっと近くで見たい。その思いの通りに少しちすずに近付くと、彼女と視線がぶつかった。
「あっ……」
小さく声を発した朱李が咄嗟に会釈をすると、ぎこちない会釈が返ってきた。
(見過ぎた……)
反省をする朱李は姿勢を正し、上を向いた。打ち上がる度に衝撃を体に伝えてくる花火は、今までに見たことがないものだった。キラキラした沢山の宝石が空に散らばっている。そんな感覚。
(…………何でだろう。何で、今日の花火はこんなに綺麗に見えるんだろう)
疑問に思いながら、遠慮がちにちすずを見る。
(夜桜さんと見る花火だから、かな)
確信めいたことを思う朱李は、目に焼き付けるように花火をじっと見つめた。
全ての花火が終了すると、観客たちは次々と帰り始める。
「俺らも帰るか」
「うん……」
連朱に促された朱李はふと、ちすずを見た。ちすずは友達と話しながら帰ろうとしていた。その光景に淋しさを感じる。
(俺は所詮、ただの客だもんな……)
そう思ったが、少しでも可能性があるのならと行動することに決めた。
「あの、夜桜さん……!」
「はい」
呼び止めると、ちすずが振り返ってくれた。拳を握る朱李は僅かに離れたちすずの元へ行く。
「れ、連絡先、交換しませんかっ……!?」
「へっ!?」
勇気を出して言った言葉にちすずは驚いていた。その場にいた連朱もちすずの友達も目を見開いているようだったが、今の朱李には周囲の反応を気にする余裕がなかった。
「俺、夜桜さんともっと仲良くなりたいんです! ダメですか……?」
朱李はちすずの言葉を待つ。正面で目線を彷徨わせているその様子を見て、断られたら彼女のことは諦めようと心に決めた。
「……いいですよ」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
「はい」
「ありがとうございます!!」
深々と頭を下げ、屈託のない笑顔を浮かべる朱李は早速ちすずと連絡先を交換する。
もう一度お礼を言い、ちすずとその友達を見送った。
すると、連朱が驚いた顔のまま訊いてきた。
「朱李、もしかしてあの人のことを……?」
「うん!」
笑みを見せた朱李は手の中にある携帯電話を見つめ、湧き上がる嬉しさを噛みしめた。
帰宅すると、朱李はちすずにメールをしようと文面を考えていた。
(何て送ろう……《無事に家に戻れましたか?》は、彼氏でもないのにそんなの聞いたら気持ち悪いって思われるかな……《今日の花火綺麗でしたね!》……うーん……)
ベッドでゴロゴロと何度も寝返りを打っていると、何となく文章が出来てきた。
《湊琉朱李です。連絡先交換してくれてありがとうございました!》
「……よし、これにしよう」
頷いて送信ボタンを押そうとする。しかし、緊張が邪魔をして中々押せない。次第に心拍数が上がる中、打ち間違いがないか携帯電話に穴が空くほど確認した。
そして、震える指先でメールを送信する。
「お、送っちゃったぁっ……!!」
朱李は思わず携帯電話をベッドの上に放り投げた。
(変に思われないかな……!? 大丈夫かな……!?)
落ち着きなく部屋の中を彷徨く。
そうしていると、メールの受信音が部屋に響いた。朱李の心臓が飛び跳ねる。
急いで携帯電話を手にした。
「夜桜さんからだ……!!」
早い返信に驚きつつ、メールを開く。
《夜桜ちすずです。どういたしまして!》
「……〝ちすず〟って、ひらがななんだ」
呟いた朱李は携帯電話を胸に抱き寄せ、静かに嬉しさに浸る。
今日はそのやりとりだけだったが、返信が来て胸が一杯な朱李は満足していた。




