初詣
綺麗に晴れ渡った空が印象的な年明けの朝。咲季は母と共に、父が出演しているバラエティ番組の生放送をリビングで観ていた。今は若手芸人たちが漫才をしているところ。咲季も母も同じタイミングで笑う。
その時、咲季の携帯電話にメールが届いた。
「いっちーからだ!」
咲季はすぐに稜秩からのメールを開く。
《返信遅れてごめん。明けましておめでとう。今年もよろしくな。》
短い文面だったが、咲季はそれだけで嬉しかった。というのも、今稜秩はルビンの故郷であるロシアにいるからだ。八保喜を含めた城神家は毎年、ロシアで年末年始を過ごしている。
中々会えない距離ではあるが、稜秩と定期的に連絡を取り合っているため、咲季は少し淋しさを感じる程度だった。
嬉しさに浸っていると、天夏から電話が掛かってきた。電話に出て年明けの挨拶を交わすと、天夏が用件を伝えてきた。
「ねぇ咲季、今から一緒に初詣行かない? お兄ちゃんと秋凪も一緒なんだけど」
「うん、行く!」
咲季は明るく答えた。
待ち合わせ場所を決め、電話を切る。
神社で待ち合わせということで、身支度を整えた咲季は指定された神社へ向かった。その最中、同じ方向へ歩いていく人たちを見ながら「みんなも初詣に行くのかな」と思っていた。
そうこうしている間に目的地が見えてきた。すると、大きな鳥居の前で話をしている天夏、秋凪、冬也の三人を発見した。
駆け出すと、最初に秋凪が気付いてくれた。
「咲季ちゃん、明けましておめでとう!」
「おめでとう! 秋凪ちゃん、お兄さん、今年もよろしくお願いします」
「よろしくね」
咲季も合流したところで鳥居を潜る。焼きそばやフランクフルトなど、多数の屋台が道に沿って並んでいた。
「たこ焼き食べたい!」
そう言う秋凪に冬也が「お参りしてからな」と優しく言った。それを聞いて咲季は、あとで何を食べようかと屋台を見ながら歩いた。
元日ということもあり、神殿前には沢山の人が並んでいた。咲季は自分たちの番が来ると、賽銭箱にお金をそっと入れ、冬也が鳴らした鈴の音を聞いて二礼二拍手をする。
(みんながずっと笑顔でいられますように)
そう願った咲季は顔を上げた後、神殿に笑顔を向けて一礼した。
お参りを終えると、たこ焼きや焼きとうもろこしといった、各々が食べたいものを屋台で購入し、休憩場に設置された椅子に座って食べることにした。テーブルの上に買ってきたものを広げる。
そうしていると、秋凪が天夏の服の袖を軽く引っ張った。
「お姉ちゃん、トイレ行きたい」
「トイレね」
天夏は周りを見回しながら立ち上がった。すると、冬也も立ち上がる。
「二人が心配だから俺も行く!」
「お兄ちゃんも一緒に行ったら咲季が一人になっちゃうじゃない」
「ああ、そうか……それなら、これを持っていきなさい」
冬也は防犯ブザーを天夏に渡す。
「はいはい」
天夏は素直に従い、秋凪と手を繋いでトイレへ向かう。
その姿を見送った咲季は座り直す冬也に問う。
「お兄さん、いつも防犯ブザー持っているんですか?」
「うん。天夏と秋凪に持たせるためにね。何が起こるかわからないし」
「そうですね」
そう相槌を打った後、咲季は焼きとうもろこしにかぶりついた。
(美味しいなぁ)
ゆっくり味わっていると、冬也の静かな声が聞こえた。
「……ねぇ、咲季ちゃん」
「はい」
「好きな人に〝大嫌い〟なんて言われたらツライよね?」
「ツライです。天夏か秋凪ちゃんに言われたんですか?」
「うん、秋凪にね」
力なく笑う冬也は先日の話をする。その表情からは徐々に元気が無くなっていくのが目に見えて分かった。
「そう言われてショックで……」
「色々口出ししすぎたんじゃないですか?」
「かわいい妹に何かあったらイヤじゃないか」
「瀬輝くんは良い人ですよ。明るくて一緒にいたら楽しいし、友達思いで優しいし」
「だとしても、他の男が妹に触れるのは許せない……!!」
(天夏と秋凪ちゃんがそれぞれ結婚するってなったらもっと面倒なことになりそう)
咲季は心の底から思った。そしてふと気付く。冬也には彼女がいないことを。
「お兄さんは彼女作らないんですか?」
「俺には妹二人が恋人みたいな存在だから!」
冬也はニッと笑った。
すると咲季は、思ったことを素直にぶつけた。
「恋人みたいな存在が二人もいていいんですか?」
その言葉に冬也がハッとする。
「そう……だよね……そういう存在は一人だけだよね……えっ、じゃあどっちか一人を選ばなきゃいけないのか!? そんなのできない!! 二人とも大切なんだ!!」
隣で自問自答する冬也を見ながら、咲季は「何か変なこと言ったかな?」と思った。
トイレを済ませた秋凪と天夏は、人混みを避けながら咲季と冬也の元へ向かっていた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何?」
「私、お姉ちゃんとの約束破っちゃった」
「約束?」
天夏は思わず立ち止まり、しゃがんで秋凪と目線を合わせた。
「瀬輝くんを好きなこと、お兄ちゃんに内緒っていう約束」
天夏は、以前に瀬輝から聞かされた秋凪とのやりとりのことを思い出した。いつか瀬輝の彼女になるという宣言をした日のこと。それを秋凪はずっと気にしていたようだ。
天夏は優しく笑う。
「いいのよ、気にしなくて。いつかはどこかのタイミングで気付かれてたかもしれないし。それに、約束を作ったお姉ちゃんも悪かったわ」
「どうして?」
「約束を守るためにお兄ちゃんにウソつくこともあったからよ。大変だったでしょ?」
「ちょっとだけ……」
「そうよね……これからは正直に行こうか。何か言われたらお姉ちゃんが助けるから!」
「うん!」
二人は手を繋ぎ、歩き出す。
少し歩くと、咲季と冬也の姿を見つけた。
「ごめん、おまたせ──って、お兄ちゃんどうしたの?」
「〝恋人みたいな存在が二人もいていいんですか?〟って聞いたらこうなっちゃった」
頭を抱えてブツブツ呟く兄に何があったのか問うたが、咲季の言葉で謎は深まった。
「まあ、いいわ」
いつものことだと考え、天夏は秋凪と一緒に椅子に座った。
「これ食べ終わったらおみくじ引きに行こう!」
「いいわね」
「行こう!」
咲季の提案に天夏と秋凪が乗った。冬也は変わらずブツブツ何か言っている。
「お兄ちゃんも食べなさいよ」
「……はーい……」
天夏の言葉に反応した冬也は、ゆっくりと焼き鳥を食べ始めた。
社務所前は意外と空いていて、すぐにおみくじを引くことが出来た。
末吉を引いた冬也は眉を顰める。
「《執着心を捨てなさい》って、別に執着してるものないけど」
「私たち妹に執着してるでしょ」
「それは執着じゃなくて愛だよ」
「何それ」
呆れ顔の天夏がおみくじを開くと「凶」と書かれていた。しかも、恋愛の欄には《邪魔者が入る》の文字が並んでいる。
「うわ最悪……」
天夏は一通り目を通したおみくじを、おみくじ掛けに結んだ。
「ねぇ、これなんて書いてるの?」
漢字が読めない秋凪は冬也におみくじを見せた。
「秋凪は中吉だな」
そう教えた冬也の目は、恋愛運を見ている。
《恋愛/上手くいく》
「……」
「あら、恋愛上手く行くだって! 秋凪良かったわね!」
「本当!?」
おみくじの結果を聞き、秋凪は嬉しそうな表情をした。
「当たるも八卦当たらぬも八卦……」
小さな妹のおみくじの内容に納得できない冬也がぼそっと呟いた。
その声を、咲季の耳が拾う。
(当たると思うけどな、その占い)
思いながら、咲季は自分のおみくじに目を通す。運勢は末吉。気になる恋愛運は《穏やかな恋になる》と書かれていた。咲季は嬉しくなり、笑顔になる。
(早くいっちーに、このこと話したいな)




