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【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


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一つ一つが嬉しい

 朱李(あい)は近所のコンビニエンスストアに来ていた。棚に置かれた商品を眺めつつ、レジカウンターで接客をしている女の子をチラリと見た。

 長い髪を後ろで一つに纏めた、少しふくよかな体型の女の子。その子の笑顔を見た途端、朱李(あい)の胸が高鳴り、思わず彼女から目を逸らした。


 朱李(あい)が彼女を初めて見たのは、三週間くらい前。週末の部活帰りにここに偶然立ち寄った時だった。ぎこちないながらも一生懸命働いてるところを見て「新しい人が入ったんだな」としか最初は思ってなかった。


 しかし、彼女が笑ったところを見た瞬間、朱李の胸がときめいた。何故そうなったのか、その時は分からなかった。


 家に帰ってもドキドキは収まらず、彼女のことばかり考えていた。そこで初めて気が付いた。彼女に恋をしたんだと。

 そしてその日以降、よくここに通うようになった。彼女に会いたいが為に。


 朱李(あい)は目の前の焼きプリンを手に取り、レジに向かった。今日こそは話し掛けようと意気込む。


「いらっしゃいませ」


 自分に向けられた笑顔に朱李(あい)の動きがぎこちなくなる。咄嗟に彼女の名札を目にし、これだと思った。


「あの……素敵な名字ですね……! 夜桜(よざくら)さん……!」


 声を上擦らせる朱李(あい)は勢いに任せて言った。

 すると、目の前の彼女は少しきょとんとした顔で朱李(あい)を見上げた。


「えっ? あ、ありがとうございます。でも、これ〝よざくら〟じゃなくて〝やざくら〟って読むんです」

「そうなんですか!? すみません……!」

「いえ、こう書いてたら〝よざくら〟って読んじゃいますよね」

「すみません……!! でも、変わらず素敵な名前です!」

「ありがとうございます」


 そう言った彼女の笑顔を目にした朱李(あい)は顔を赤らめた。会計を済ませ、焼きプリンが入った袋を手にして彼女に会釈をした。


「ありがとうございましたー!」


 その言葉を背中に受けながら店を出て、深呼吸をする。


「話せた……」


 呟くと、徐々に嬉しさが込み上げてきた。笑みを浮かべずにはいられない。

 朱李(あい)は足取り軽く家に向かった。





 帰宅すると、朱李(あい)は自分の部屋のベッドに横になった。そして、考えるのは彼女のこと。


夜桜(やざくら)さんって、何歳なんだろう。兄ちゃんと同じくらいかな? というか、高校生なんだろうか)


 疑問を抱く朱李(あい)は数日前の事を思い出す。その日は午前授業のみで十二時過ぎに下校した。帰宅途中、コンビニエンスストアの前を通ると、夜桜(やざくら)が接客をしている姿を見掛けた。平日の昼間も働いているのかと、驚いたのを覚えている。


(大学生……かな……? とりあえず俺より年上なのは確実だよな)


 あれこれと考える朱李(あい)はバタバタと寝返りを打つ。かと思えば起き上がり、部屋を出て一階のキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けて、買ってきた焼きプリンを手にする。


 リビングのソファーに座り、焼きプリンの蓋を開ける。その音がリビングに響いた後、甘い香りが鼻をかすめた。


 一口食べると、プリンの甘さが口の中に広がった。それを味わうようにゆっくりと食べる。そうしながら、先程彼女と言葉を交わせたこと、目の前で笑顔を見られたことを思い出す。自然と顔がにやけてしまう。


「幸せ」


 ふと出た言葉が自分の耳に入ると、無性に楽しくなってきた。鼻歌を歌い、焼きプリンを口に入れる。






 翌週末。

 買い物へ向かう朱李(あい)は落ち葉が敷き詰められた公園を歩いていた。木々がトンネルを作る道。その脇にあるベンチに、夜桜(やざくら)が座っているのを見つけた。


 朱李(あい)は咄嗟に木の陰に隠れ、少し遠くにいる夜桜(やざくら)に気付かれないように視線を送る。ボーイッシュなファッションに身を包んだ彼女は、携帯電話の画面に夢中になっていた。


夜桜(やざくら)さん、ここで何してるんだろう。誰かと待ち合わせかな? もしかして彼氏……!?)


 朱李(あい)は自分の考えに動揺する。


(ここで彼氏来たら俺、平常心でいられるかな!? もうあのコンビニに行けなくなる……!!)

「ちすず、おまたせ!」


 心の中で騒いでいると、そんな声が聞こえた。

 彼女を〝ちすず〟と呼んだのは、彼女と同年代くらいの女の子だった。

 朱李(あい)はほっとしながら、友達と思しき女の子と並んで歩く彼女の後ろ姿を見つめる。


(〝夜桜(やざくら)ちすず〟さん、か。また夜桜(やざくら)さんのこと知れた)


 そう思うと嬉しさが込み上げてきた。微笑む朱李(あい)は軽快な足取りで歩き出す。

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