ふれあい日和
綺麗に晴れた空。涼やかな気温。頬を撫でる微風。今日はまさに、動物とふれあうには最適の日。
先日の一件があり、今日は五人で動物園へと来ていた。
「まずはウサギとかモルモットとかとふれあえるところに行く?」
入場口でもらったパンフレットを見ながら天夏は皆に問う。
「まあ、最初に小動物系に行けば心の持ちようも違うだろ」
稜秩は瀬輝を見て言った。
瀬輝はみんなの気遣いを有り難く思う。
「いきなり猛獣系に行かないならどこでも」
「じゃあ、まずはふれあい広場ね」
全員の意見が一致したところで、ふれあい広場へと向かう。
ふれあい広場と称された大きいドーム型のケージの中に、ウサギやモルモット、ヒヨコなど多数の小動物がいる。そこは子供連れの家族で賑わっていた。
迷わずウサギのもとへ向かったのは咲季。
「モフモフだー」
言いながら足下にいた白いウサギを抱き上げる。ウサギは暴れることなく咲季の腕の中に収まった。
「このウサギ大人しいわね」
「抱っこされるのが好きなんだね、きっと」
咲季は頰を緩ませてウサギの頭を撫でる。
ウサギは目を細めて、小さく歯ぎしりをした。
「咲季は昔からウサギが好きだな」
「うん!」
ご機嫌な様子を見ながら稜秩は、咲季が幼稚園や小学校でもよくウサギの世話をしていたという過去を思い出していた。
熱中するあまり何時間も小屋から出て来ないので先生によく注意されていた。今でもそうなんだろうか。そうであるならば無理矢理にでも連れ出さなければ。稜秩はそう心に決めた。
その傍らでは連朱が小さなケージ内でちょろちょろと動くモルモットを見ていた。
「モルモットって結構すばしっこいよな」
「そうですね」
すると近くにモルモットが寄って来た。連朱は手を伸ばし、その体を優しく撫でる。
モルモットは気持ち良さそうな顔をした。
「可愛いな」
連朱が言葉を呟くように言った。その様子を見ていた瀬輝は心の中で騒ぐ。
(爽やかな笑顔でそんな一言を……! 羨ましいぞモルモット!! 先輩に撫でられてそんな一言を言ってもらえるなんて……!!)
連朱とモルモットが戯れる様子を見つつ、心をときめかせる瀬輝。彼にはモルモットよりも連朱の存在の方が大きいようだ。
小動物たちと直接ふれあった後は、他のエリアを巡ろうとする。
「咲季、行くぞ」
「うん」
稜秩の声に素直に従った咲季は、皆と一緒に手洗い場へ行く。
「今日はやけに素直だな」
「え?」
「幼稚園とか小学校行ってた頃、ウサギ小屋から中々出て来なかっただろ」
「あー、そうだね。でも今日は瀬輝くんがトラのところに行くのが一番の目的だから長居は出来ないよ」
そう話しながら、咲季は石鹸を泡立てる。稜秩は丁寧に手を洗う咲季に感心の眼差しを向けた。
「成長したな」
「どこが?」
「心が」
稜秩の答えに咲季はくすぐったくなり、恥ずかしそうに小さく笑った。しかし自身の心はどう成長したのか。考えるが、あまりピンと来ない。
ふと空を見上げる。
白い雲が少しずつ形を変えて風に流されていた。
「プレーリードッグ!!」
リス科の動物が展示されているエリアに足を踏み入れた瞬間、天夏は瞳を輝かせた。いそいそとプレーリードッグの放飼場へと近付く。
「天夏はプレーリードッグ好きだもんね」
「好きすぎて一緒に暮らしたいくらい」
隣にいる咲季と話しながら、天夏はプレーリードッグの写真を撮る。プレーリードッグは餌である草を食べたり、黙々と穴を掘ったり、眠っていたりと自由に生活している。
「あの子、天夏好みじゃない?」
咲季が指を差す方には少しふっくらとしたプレーリードッグが草を頬張っていた。
その姿が天夏のハートを射止める。
「ストライクゾーンのど真ん中なんだけど……!!」
天夏は携帯電話を構えて連続してシャッターを切る。不意にプレーリードッグが天夏に背を向けた。
「後ろ姿ーっ……!!」
なるべく声を抑えて叫んだ。天夏はプレーリードッグの中でも、ふっくらとした後ろ姿が一番好きなのだ。
「天夏ってあんなキャラだっけ……?」
「普段は見せない一面って感じかな」
興奮する天夏を後ろで見ていた瀬輝が顔を引き攣らせて言った言葉に、連朱が苦笑い気味にフォローをした。
天夏が満足するまでその場に留まった後は、爬虫類館へ足を運ぶ。
ワニの水槽には数匹展示されている。陸に上がり口を開けてじっとしているグループと、水面から目だけを出して泳いでいるグループに分かれていた。
ガラス一枚を隔てているとは言え、その迫力にはどこか恐怖心を覚える。
「ああやって獲物に近付いて行くんだよな」
「目つき鋭いね」
瀬輝は咲季と言葉を交わしながら興味深そうにワニたちの生活を覗く。一度でいいから食事シーンを生で見てみたい。そんなことを思った。
そこから奥へ進むと、今度はニシキヘビがいた。ニシキヘビは木に絡まって、時折舌を出し入れしている。
「うわぁ、大きい」
「どんな生き物でも丸呑みするんだぜ」
「……」
咲季と稜秩の会話を聞きつつ目の前のヘビを見る瀬輝の体は、少しだけ緊張していた。ヘビは嫌いではないが、こうして実際に見てみると気持ち悪さを感じてしまう。
ふと目を逸らすと、ヘビをじっと見ている連朱が視界に入った。その様子があまりにも美しく、瀬輝は思わず見惚れてしまった。
数秒経ってからハッとし、首を横にぶんぶんと振って連朱に声を掛ける。
「先輩はヘビ好きですか?」
「俺は普通だなー。俺の母さんがヘビ好きだから慣れているだけで」
「お母さん、ヘビ好きなんですね!」
「そう。動物園に来た時は必ずヘビの前で立ち止まっててさ。それ思い出してた」
懐かしそうに微笑む連朱の表情に瀬輝はまた見惚れる。ずっと見ていたいと思うほどだった。
爬虫類館を抜けたすぐ近くのイベントステージでは、ニシキヘビの体に直接触れられるというイベントが開催されていた。
そこに瀬輝たちと同じ年齢くらいの女の子が今まさにヘビの体に触れ、その感触を楽しんでいるようだった。
「チャレンジャーね……」
「だな。きっとヘビ好きなんだって」
顔を青くさせる天夏に瀬輝は同意しつつ、そんな予想を口にした。
少し歩いたところにある放飼場にはカピバラの姿が見えた。大半は陸でぼーっとしていたりゆっくりと歩いているが、池で泳いでいるカピバラもいた。その愛らしい姿がみんなに癒しを与える。
「意外にカピバラも動くのね」
「子供も泳いでるよ!」
活発に水中を泳ぐカピバラの子供たちを目で追う。陸に上がったかと思うと、突然子供同士で追いかけっこを始めた。
「速っ!」
「元気だな」
勢いのある走りを見せるカピバラに、瀬輝たちは目を丸くした。想像していた姿とはまた違う一面を目にし、面白さを感じる。
次に隣にあるオオカミ舎へ移った。
狼は凛々しい顔で岩山の頂上に立っていた。それに釘付けになっているのは稜秩。
「……飼いたい」
そんな本音がつい漏れてしまう。
瀬輝が問う。
「オオカミって飼えるの?」
「犬と違うから飼育は難しいって色んなところで聞いたけど、親父が小さい時に野生のオオカミ飼ってたって言ってた」
「マジで!? ルビンさんすげぇ!」
「ロシアだからあり得たのか……?」
「たぶんな」
瀬輝と連朱は驚きを隠せないまま、オオカミを見つめる。野生のオオカミをどうやって飼っていたんだろうと、ふと疑問に思った。
疑問を残してオオカミ舎を離れると、鳥類の森が広がっていた。タカやワシ、フクロウなどが大きなケージに展示されている。
「……」
すると、瀬輝はトビのケージの前で立ち止まった。恨みの込もった瞳で木に止まっているトビを睨む。
「……こいつ嫌い」
「いや、トビはトビでもこのトビは瀬輝に何もしてないだろ」
「あいつの仲間だから。あいつのせいで俺の弁当が……しかも弁当箱捨てられるし……気に入ってたのに……」
「はいはい、ご愁傷様」
瀬輝の恨み辛みを軽く受け流し、その襟首を掴んでズルズルと引っ張っていく稜秩は根に持ち過ぎじゃないか、と思った。
それでもお構いなしに瀬輝はぶつぶつと文句を言う。
その耳にある鳴き声が届いた。重低音で体に響くような声。それを聞いただけで瀬輝の顔はみるみるうちに青くなった。
すると、口角を意地悪げに上げる稜秩に腕を掴まれた。
「瀬輝、ようやく目的地に着くぜ」
「ちょっ、待っ、稜秩……! 自分のペースで行くから……離せ……!」
「離しても中々行かないだろ。俺が連れて行ってやる。親切だろ?」
「そんなのっ……親切って言わねーっ……!!」
瀬輝は暴れて抵抗するものの、そのまま引き摺られて猛獣の森へと突入する。
「稜秩、乱暴すぎないか?」
「今の瀬輝にはこれくらいがいいんだよ」
腕を掴まれたまま連朱の前に連れてこられた瀬輝は稜秩の手が離れるとすぐさま連朱の後ろに回った。
そして恨みの色を湛えた目で背中越しから稜秩を見上げる。
「何だよ、そのトビを見てたような目。せっかく連れてきてやったのに」
「頼んでねぇし!!」
「謙遜すんなって」
「してねーから!!」
「その威勢の良さ、俺じゃなくてあっちに向けろよ」
稜秩の視線を辿ると、檻に入ったトラやライオンの姿が見えた。皆、檻の中を歩いていたり寝そべっていたりしている。
その様子を檻のすぐ目の前で咲季と天夏が眺めていた。二人とも楽しそうにしている。そこへ稜秩が歩いていく。
先ほどまで腹立たしかった人の背中なのに、今はそんな感情も消えていた。
(……俺も、行かなきゃ……)
瀬輝は息を呑む。
すると、心配そうな表情を浮かべた連朱が振り返った。
「瀬輝、大丈夫?」
「あ、はい……とりあえず行きましょう……」
そう伝えた後、連朱がゆっくりと歩き出した。瀬輝はそれにぴったりとくっつく。
連朱の背中を盾にトラたちの様子を見る。そうしていると、一頭のトラと目が合った。
(ひっ……!!)
咄嗟に瀬輝は連朱の陰に隠れる。
(何隠れてるんだよ……好きになりたいんだろ……!? 好きになるんだろ……!?)
自分に言い聞かせている間に、瀬輝と連朱も檻の前へ来ていた。
「瀬輝くん、トラ可愛いよ」
「そっ、そうみたいだな……!」
と言う瀬輝の視界には連朱の背中しか見えていない。
「瀬輝大丈夫だよ。このトラ、大人しいみたいだから」
トラの檻の前に設置された看板を見て、連朱がそう教える。しかし瀬輝は連朱の背中を凝視するばかり。
「トラにすげーガン見されてるぞ」
「へっ……?」
稜秩の言葉に瀬輝は思わず顔を上げた。先ほど一瞬だけ目が合った、連朱が大人しいと教えてくれたトラが、確かに自分を見ていた。
体中から冷や汗が流れる。ぎこちない動きで視線を連朱の背中に戻す。
「……せっ……先輩のこと、見てるんじゃねぇかな……!? カッコイイ人がいるよ的な感じで……!」
「このトラ、オスだぞ」
「男同士でもカッコイイ人がいればそっち見ちゃうだろ……! そんな心理だ、きっと……!」
目線を下に下げ、自分に言い聞かせるように言う瀬輝。
すると、トラは不意に外方を向いてその場から離れた。それでも瀬輝は連朱の背中の陰に隠れたまま。
「瀬輝ー、いつまでそうしているんだよ」
「さ、さぁ……?」
「まったく……」
「あ、瀬輝。あのトラ、猫みたいにボールで遊んでるわよ」
「ああいうの見ると本当に猫って感じだよね」
「……」
天夏や連朱の言葉に誘われるように、瀬輝は背中越しにちらりと顔を覗かせた。
トラは前足を使って檻の中にあったボールを転がしている。無邪気に遊ぶ姿が、家で飼っている猫たちと重なる。
「……猫だ……」
瀬輝の体は自然と連朱から離れ、檻の前にある柵の手すりのところへ来ていた。
隣に立つ瀬輝を見て、咲季が嬉しそうに笑う。
「可愛いね」
「ああ」
先ほどまでの強張った表情とは打って変って、瀬輝は顔を綻ばせた。
するとトラはボール遊びをやめて地面に仰向けに寝転がった。そうして瀬輝を一瞥する。
「……」
その仕草に瀬輝の胸がキュンとする。
腹を見せているのはリラックスしている証拠。猫を飼っている瀬輝にはすぐに分かる行動であり、愛らしさを感じる行動だ。
そして、今まで恐怖を感じていたトラの目だが、それを感じないという不思議な感覚を覚える。
「……俺、トラを好きになれたかも」
「トラ克服だね!」
「おう!」
「ガウウウウ」
「ひっ!!」
しかし、隣の檻から聞こえたライオンの小さな鳴き声に体をびくつかせ、硬直する。
「瀬輝、顔が引き攣ってるぞ」
「ライオンにも慣れなきゃね」
左右から聞こえる稜秩と天夏の声に耳を傾け、瀬輝は力無く笑った。
ライオンにもいつか慣れる時が来る。きっと。そうやって呪文のように頭の中で繰り返し呟いた。
園内を一通り回った後は咲季の提案で売店へ行くことになった。そこにはぬいぐるみや文房具、キーホルダーや置物などの多数の品が並んでいる。
咲季と天夏は一目散にぬいぐるみのコーナーへと向かった。
「このウサギ、モフモフしてて触り心地がいい」
「プレーリードッグもモフモフしてるわよ」
女子二人がぬいぐるみに癒されている中、男子三人も各々好きな品に目を落としていた。
稜秩が手に取ったのはオオカミのスノードーム。動かせば、凛々しくお座りするオオカミの周りをキラキラとしたパウダーが舞い落ちる。
稜秩はそれを一目で気に入った。
そして、スノードームとはまた別のものが目に映る。
その近くでは連朱と瀬輝が並んで商品を見ている。
「カピバラとモルモット……」
連朱は小さな声でそう言って、二つの貯金箱を手に取る。
「先輩、貯金箱買うんですか?」
「うん。1円玉と5円玉貯金してて、そろそろ一杯になるから新しい貯金箱買わないとなぁって思ってたんだ」
言いながら連朱はカピバラの貯金箱とモルモットの貯金箱を交互に見る。より多く貯金出来そうなのはどちらかと比べる。
「……カピバラにしよう。瀬輝は何か買うの?」
「トラのものでも買おうかなぁと思ってるんですけど、中々ピンと来るものがなくて……」
「これなら丁度いいと思うけど」
そう言う稜秩の声が聞こえたかと思うと、頭に何か付けられた感触があった。
慌てて近くに設置された鏡を覗く。
瀬輝の頭にはトラの耳のカチューシャが付けられていた。
「なんだよこれ!」
「トラ耳。お前にぴったりだ」
「瀬輝、可愛いよ」
「先輩まで……! でも嬉しい……!!」
「連朱にはこれ」
稜秩は連朱の頭にウサ耳のカチューシャを付ける。
「ちょっ、稜秩……!」
「先輩すごく似合ってます! カッコイイです!!」
瀬輝はトラ耳カチューシャを付けたまま、素直な気持ちを言葉にした。それに恥ずかしそうにする連朱の表情もまた瀬輝の胸をときめかせる。
すると、何やら騒いでいる三人のもとへ咲季と天夏がやって来た。
「連朱くんも瀬輝くんも似合うね」
「それ買うの?」
「か、買うわけないよ……!」
「俺もこれはいらねぇ」
連朱と瀬輝はカチューシャを外し、稜秩にそれを突き返す。
「似合ってんのに」
「使う用途ねぇから」
「記念だよ、記念」
「なら別のものにする」
そう言って、瀬輝は品物に視線を移す。
すると、陳列棚のフックに掛けられているトラのぬいぐるみのキーホルダーが目に入った。寝そべり姿でいるトラは、つぶらな瞳で瀬輝を見ている。
(……可愛い……)
瀬輝はそれに心奪われた。ぬいぐるみのキーホルダーを手に取りながら、猛獣もみんなこんな目だったらいいのにと思ってしまう。
帰り道、家が同じ方向にある連朱と瀬輝は一緒に歩いていた。
「今日は楽しかった?」
「はい! ただライオンに慣れるのは、まだまだかと……」
「いきなり慣れるのは難しいよね」
瀬輝と連朱は互いに苦笑を浮かべる。
そうしていると、気付かないうちに瀬輝の周りに三匹の猫が並行して歩いていた。
「すっかり顔馴染みになったね、この猫たち」
「そうですね」
最近この近辺に棲みつき始めた三匹の猫。瀬輝に置いていかれないように、ついて行く。それは連朱と別れても途絶えることなく、瀬輝の家の前まで続いた。
「お前らとはここでお別れだな」
「ニャア」
声に反応した三匹は瀬輝の足に体を擦り寄せた。
「また明日会えるからさ」
瀬輝はその場にしゃがみ、猫たちを撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえる。
撫でる手を離せば、三匹はどこか物悲しそうな表情を見せた。
「そんな顔するなよー。俺だってお前たちと別れたくないし、家の中に入れてやりたいよ。でも母ちゃんに『これ以上野良猫を家に入れるな』って言われてるからさー。あの人、元ヤンだから怒ると怖いんだぜ……あ、そうだ」
瀬輝は思い出したように動物園のお土産袋の中から、クッキーの袋を取り出した。封を開けて、猫たちに一つずつクッキーを与える。
「これ、お前らにもお裾分け。猫用のクッキーだから安心して食え」
話し掛けながら、クッキーの袋をお土産袋の中に仕舞う。すると、一緒に入っていたトラのぬいぐるみのキーホルダーが目に止まった。
それを取り出し、見つめる。そうしていると、目の前で見たトラの姿が思い出された。ボールで遊んだり、寝転んだりした愛らしい姿。
(……今日、動物園行って良かったな。トラの怖くない姿見られたし。これ、学校のカバンに付けよ)
「ニャア」
顔を綻ばせて思っていると、その鳴き声が聞こえた。いつの間にか皆、クッキーを食べ終わっていた。
「美味かったか?」
「ニャア」
「そっか。良かった」
言葉を交わし、三匹の体を撫でる。
「じゃ、また明日な」
瀬輝は立ち上がり、門の扉を開閉して家の敷地内に入り、玄関へ向かう。
「ニャーン」
門の柵に前足を掛けて訴える猫たちを振り返る。
「またな」
笑って手を振る。
もどかしさを感じながらも、ドアノブに手を掛けた。
「ただいまー」
玄関のドアを開けながら言うと、母の「おかえり」と言う声が聞こえた。同時に、廊下の奥からバタバタと騒がしい足音が近づいてくる。
瀬輝の帰宅に気付いた猫たちが走ってきたのだ。
瀬輝が靴を脱ごうとする頃には五匹が揃い、横一列に並んだ。
「ニャーン」
「ただいま。お前たちにお土産あるから、後であげるな」
声を重ねて鳴いた猫たちに瀬輝はそう返した。これはいつもの光景である。
瀬輝が家に上がると、その後を皆ちょこちょことついていく。
「トラはどうだった?」
手を洗ってリビングへ行くと、キッチンで夕飯の支度をしている母が問うてきた。
「たまに猫に見えたけど、猛獣に変わりはない」
「まあ吠えられて放心状態になるくらいなトラウマ持ってるもんな」
「でも可愛かったから少し好きになれたかも」
「そうか。その内、トラとかライオンを手懐けてたりして」
「……手懐ける、ねぇ……」
母と会話をしながらソファーに腰掛けると、猫たちが膝や肩の上に乗って身を擦り寄せてくる。その体を撫でてやると、皆気持ち良さそうな表情をした。
「そうしたら、トラとかライオンの背中に乗ることも出来るぜ。昔から『猫の背中に乗りたい』って言ってただろ?」
ゴロゴロと猫たちの喉の音が聞こえる中、母の言葉が飛んできた。瀬輝は口を尖らせる。
「……猫じゃないじゃん……」
「猫の背中になんか乗れるわけねぇだろ」
「いや、そうだけど……」
「猛獣の背中に乗れるなんて大したもんだぜ。食われたら意味ねぇけどな」
ニカッと笑う母を見て、トラたちに対する恐怖心がぶり返しそうになった瀬輝。それを振り払おうと、テーブルの上に置いた動物園のお土産袋の中からクッキーの袋を取り出す。
「み、みんなにお土産買ってきたぜー……!」
猫たちは興味津々で瀬輝の手元に群がる。
「ソファーの上で食べさせるなよ」
「ヘーイ」
返事をした瀬輝はソファーから立ち上がって、散らかっても掃除がしやすいフローリングに座り直す。あっという間に猫たちに囲まれた中で、瀬輝は一つずつクッキーを猫たちに配った。
良い音を立てながら、猫たちはクッキーを食べることに夢中になっていた。
その様子から、喜んでもらえたと感じる。
嬉しさで頬が緩む瀬輝をひっそりと見つめるのは、袋からはみ出したトラのぬいぐるみのキーホルダー。仰向けに寝転がった姿は、動物園で見たトラそのものだった。




