甘えさせて
天夏は途中まで読んでいた漫画を閉じ、自分に背を向けてベッドに寄り掛かる哉斗を見た。
彼は携帯ゲームをしている。ゲームに夢中になっている後ろ姿はとても無防備。寝癖のついた後ろ髪が、余計にそれを感じさせる。
天夏がベッドから体を起こすと、スプリングが軋む音がした。それを耳にしながら哉斗に近づき、背後からそっと抱きつく。
哉斗の肩が小さく跳ね上がった。しかし、天夏は気にしない。
(哉斗の匂い、好きだなぁ……)
彼の首筋の匂いを嗅ぐ。安心する、良い匂い。天夏はその匂いを堪能する。そうしていると、哉斗の鼓動が速くなっていることに気が付いた。
「あ、天夏……」
名前を呼ぶ声は少し上擦っていた。天夏は口元を緩める。
「何?」
「ゲーム……しづらいのですが……」
「知らなーい」
応えながら天夏は抱きつく腕の力を強めた。
「何で、抱きついてるの……?」
「こうしたいから」
「そ、そう……」
それを最後に、会話は途切れた。ゲームの音楽だけが響いている。
天夏は哉斗の手元に目を落とす。今哉斗がやっているのは音楽ゲームだ。J-POPやアニメソングが次々と流れてくる。
それに合わせて動いている指先をじっと見つめる。何処と無く動きがぎこちないと思い、哉斗の横顔を覗き見た。
「……緊張してる?」
「しっ、してないよっ!?」
「してるでしょ」
クスクス笑う天夏は一度哉斗から離れてベッドから降りると、胡座をかいている哉斗の足を枕代わりにして横になった。
「膝枕っていいわね」
「そうなの……?」
「ええ。交代する?」
「えっ、遠慮しとく……!」
少し顔を赤らめてゲーム画面を見つめる哉斗を見上げた後、天夏は正面を向いて目を閉じた。
(すごく心地いい。ずっとこうしていたいな。頭を撫でてもらえたら、もっといいわね)
そんなことを考えていると、天夏の好きな音楽が哉斗の携帯電話から聞こえてきた。爽やかな恋愛ソング。天夏はそれに耳を傾ける。
そうしていると、徐々に眠気が襲ってきた。意識が遠のき始める。
(寝ちゃダメ……だけど……)
瞼が閉じるのを我慢している時、哉斗の声が聞こえた。
「天夏」
「……ん……?」
「トイレ、行きたいんだけど……」
「あぁ……ごめん……」
天夏はゆっくりと体を起こした。立ち上がって部屋を出る哉斗を寝ぼけ眼で見送る。
部屋のドアが閉まると、一人きりの空間になった。天夏はベッドに突っ伏し、何となく枕元に視線を送る。そこにはプレーリードッグのぬいぐるみが置いてある。哉斗がゲームセンターで一生懸命獲っていたそれを抱き寄せた。
天夏も色違いで持っているぬいぐるみは、ふわふわしていて抱き心地がいい。それがまた眠気を誘う。
(ちょっとだけ寝ようかな……いや、でもなぁ……)
一人で思い巡らせていると、哉斗が戻ってきた。
哉斗はベッドに腰掛ける。
「今度はぬいぐるみに抱きついてるの?」
「これ、抱き心地いいから……」
「それは言えてる」
「でしょ?」
伸びをする天夏はぬいぐるみから離れ、自分のカバンから櫛を取り出してベッドに上がった。哉斗の後ろに座り、手にした櫛で哉斗の髪を梳かしていく。短い髪は櫛を素直に受け入れてくれる。しかし、寝癖は形を留めたまま。
「寝癖直らないわね」
「今日の寝癖は手強いから」
しばらく寝癖と格闘したが全く変わらないので諦めた天夏は、櫛を元に戻して哉斗の隣に座った。彼に寄り掛かって腕を絡ませる。
「哉斗。好きだよ」
「僕も……好き、だよ」
顔を上げると、彼と目が合った。
それも束の間。天夏は身を乗り出して、哉斗の唇に自分の唇を重ねた。
ほんの数秒。ゆっくりと離れると、驚いて赤面している彼の顔が見えた。
「初めてじゃないでしょ」
「そうだけどっ、突然だったから……!!」
「それもそうね」
天夏は照れ笑いを浮かべながらまた哉斗に寄り掛かり、その左手を両手で包む。
「今日の私、ベタベタ甘えて変だね」
「変じゃないよ。珍しいとは思うけど」
「そっか」
「それに、もっと甘えてきていいんだよ……!」
「じゃあ、思う存分甘えさせてもらお」
天夏は微笑んで哉斗の体に抱きついた。




