プロポーズ
咲季は温かい湯に癒されていた。
「気持ちいいねぇ」
「そうねぇ」
その隣で似たような表情をした母の歩乃がそう返した。
今日、咲季は両親とともに銭湯へ来ている。
「家のお風呂もいいけど、たまにはこうやってお風呂屋さんに来るのもいいわね」
「うん」
母と話している時、近くで別の女性たちの話が聞こえてきた。自然と意識がそちらの方に向いてしまう。
「結婚式もうすぐだね」
「うん」
「そういえば、プロポーズってどんな感じでされたの?」
「『これからもずっと隣にいてください』って言われたよ」
「いいな〜。私も言われたーい」
(……プロポーズかぁ)
ぼんやり思った後、咲季の胸に興味が湧いた。咲季は隣の母に視線を送る。
「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「プロポーズってどっちがしたの?」
「お父さんよ」
「どんな感じでプロポーズされたの?」
咲季の問いに、歩乃は当時を思い出しながら話す。
「こことは違う銭湯に二人で行ったんだけど──」
その日、歩乃にはどうしても食べたいアイスがあった。それが売られているのは銭湯の近くにあるアイス屋。
歩乃は銭湯へ行った帰りに律弥を連れてそこに立ち寄り、アイスを二つ購入した。二人でそれぞれのアイスを食べながら歩く。
「美味しいね!」
「うん」
無邪気に笑っていると、律弥が微笑み返してくれた。
その後は特に会話もなくゆっくりと歩みを進める。
すると、律弥がそっと手を握って来た。歩乃もその手を握る。
「ねぇ、歩乃」
「ん?」
立ち止まる彼を歩乃は不思議そうに見上げる。どこか緊張している面持ち。不意に目が合う。
「結婚、しよう!」
突然の言葉に歩乃は目を見開いた。しかし、すぐに笑顔になる。
「はい。結婚しましょう」
「──っていう流れだったよ」
「すごいタイミング……」
「そうでしょう。でも嬉しかった」
歩乃は晴れやかな笑顔を見せた。それだけで、どれくらい嬉しかったのかが伝わってくる。
「咲季もプロポーズされてるもんね」
「うん。あれ? 何でお母さん知ってるの?」
「珠紀さんと一緒に目の前で見ていたからよ。覚えてない?」
咲季は小さい頃を思い返す。稜秩と二人でおままごとをしている最中に稜秩にプロポーズされた。それは明確に思い出せる。
「あたしの家でおままごとしてる時にいっちーに『大人になったら結婚しよう』って言われたのは覚えてるけど、お母さんたちがいたのは覚えてない」
「まあ、小さい頃の話だもんね」
「うん」
プロポーズのことを鮮明に覚えているのはすごく印象深かったからなんだろうなと、咲季はしみじみ思う。その言葉の後に「大人になったら、またプロポーズするから」と稜秩は言っていた。どんな感じでプロポーズをしてくるのだろうか。
(いっちーのことだから、シンプルにストレートにって感じかなぁ)
咲季はいつか来るであろう未来を想像する。それだけで胸がいっぱいになった。
風呂から上がった咲季と歩乃は律弥を探す。
律弥はロビーにいた。そこで小学生くらいの男の子と握手をしている。
見慣れた光景だが、二人は遠慮がちに律弥に歩み寄る。その途中で男の子は家族のもとへ戻っていった。
男の子を視線で見送った律弥に、歩乃が声を掛ける。
「待たせちゃった?」
「あ、ううん、ちょっと前に上がったから。そうだ、アイスでも食べる?」
「うん、食べる!」
咲季は満面の笑みを浮かべて食堂へ向かう。
食堂で三人分のアイスを買い、テーブルに着いた。
すると、律弥が思いに耽るように言い出した。
「なんか風呂上がりにアイスっていうと、昔のこと思い出すな」
「プロポーズのこと?」
「咲季、何で知ってるんだ……!?」
驚いた律弥は慌てて咲季を見た。
咲季は笑って話す。
「お風呂入ってる時にお母さんから聞いたの」
「『プロポーズはどんな感じだった?』って聞かれたからね」
「そういうことか」
納得して頷く父に咲季は、今疑問に思ったことを聞きたくなった。
「お父さんは何であの時プロポーズしようって思ったの?」
「アイスを食べている歩乃の幸せそうな笑顔を見てたら『この笑顔を近くでずっと見ていたい、守りたい』って思ったからだよ」
律弥の話は咲季の心を温かくさせた。自然と頬が緩む。
「そうなんだぁ」
相槌を打ちながら母を見る。母は恥ずかしげに顔を赤らめ、静かにアイスを食べていた。続いて父に視線を戻すと、同じく顔を赤くしてアイスを頬張っている。
「……」
父も母も言葉を発しない。周りの人の声や音だけが聞こえる。
(なごむなぁ)
両親からも癒しをもらった咲季は、アイスにそっと口をつけた。




