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【完結済】ひごろこと  作者: 冬月 聖


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珍しいこと

「明日の日直決めるぞ〜」


 午後のホームルームの時間になると、担任の雪村(ゆきむら)がそう言い出した。教卓の上には箱が二箱。それぞれ「男子」「女子」と書かれている。

 このクラスでは日直をくじ引きで決めている。雪村(ゆきむら)曰く、毎回違う人同士で日直をやる方が新鮮味があっていいと思うから。


 そんなわけで、毎日午後のホームルームの時間に翌日の日直をこのように決めている。もちろん、今日まで日直を務めてきた生徒の名前はくじ引きの箱の中から外してある。

 雪村(ゆきむら)はまず「男子」と書かれた箱の中に手を入れる。


「男子は……雫月麗(なつり)

「ついに日直回ってきた〜……」


 瀬輝(ぜる)はため息混じりに言った。


「女子は……采之宮(さいのみや)だ」

「はーい」


 瀬輝(ぜる)とは違い、咲季(さき)は笑顔で返事をした。


「じゃあ、雫月麗(なつり)采之宮(さいのみや)、明日の日直よろしくな」

「はーい」


 二人の返事を聞いたところで、ホームルームは別の話題へと移った。






 翌日。

 少し早めに登校した咲季(さき)瀬輝(ぜる)は職員室へ行き、雪村(ゆきむら)から日誌を受け取って教室へ戻る。


「そういや、チビッ子と日直やるの初めてだな」

「そうだね。今日はよろしくね」

「おう」


 日直は主に日誌の記入と黒板消しと授業で使ったノートを回収し、教科担任の元へ届けるのが仕事だ。





 二時間目の数学の授業で使ったノートを集め、咲季(さき)瀬輝(ぜる)は休み時間にそれを教科担任のところへ持っていった。

 そこから教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、同学年の三人の女子グループが前方から歩いてくるのが見えた。


「ブス」

「……」


 すれ違いざまに聞こえた小さな声に瀬輝(ぜる)は振り返った。それは自分に向けられたものではない。隣で立ち止まって、後ろを振り返っている咲季(さき)に向けられたものだ。


 言葉を放った女子生徒三人は、咲季(さき)を見てクスクスと笑っていた。


 極たまに、稜秩(いち)に好意を寄せている一部の人が、咲季(さき)にそんな言葉をぶつけている。大体は稜秩(いち)がそばにいない時の出来事。彼女たちのような言動は、瀬輝(ぜる)にとっても腹立たしいものだった。


「おい」


 瀬輝(ぜる)は暴言を吐いた女子生徒たちを見据え、静かに声を出した。


「ブスって言った方がブスなんだぞ」

「何ですって!?」


 女子生徒三人が瀬輝(ぜる)を睨む。しかし瀬輝(ぜる)は物怖じしない。寧ろ、睨み返している。


「あんたには何も言ってないでしょう!?」

「俺には言ってなくても、咲季(さき)に言っただろ」


 その一言に咲季(さき)が目を見開いた。そのまま瀬輝(ぜる)を見つめる。

 瀬輝(ぜる)は女子生徒たちに近づいた。


「こそこそと陰湿なことをやって何が楽しいんだよ」

「あんたには関係ない!」

「友達のことなんだから関係あるに決まってるだろ! つーか、そんなんじゃ稜秩(いち)に嫌われるぞ」


 瀬輝(ぜる)の言葉に女子生徒たちは何も言い返さず、顔を赤くしながら走っていった。


「あー腹立つ!! お前らのそういうところ本当嫌いだ!! 一回稜秩(いち)にボロクソ言われろ!!!」


 声は抑え気味だが、爆発した怒りを口にした瀬輝(ぜる)は呼吸を整える。

 すると、咲季(さき)が話しかけてきた。


瀬輝(ぜる)くん、ありがとう」

「別に。俺が言い返したかっただけだから」


 瀬輝(ぜる)は呼吸を整え、真剣な表情で咲季(さき)と向かい合った。


「あんなの言われたら誰だってイヤな気持ちになるんだから、たまには言い返せよ」

「んー、前に言い返したことあったけど、余計にイヤな思いしたからそれからは無視するようにしてるの」

「ああ、そうなのか。悪い……」

「ううん。それに、ああいうことを言われるだけだからそこまで気にしてないし」


 そう言う咲季(さき)は落ち着きのある顔をしている。本当に気にしていない表情だと、瀬輝(ぜる)は感じた。


「そうか。でも助けがほしい時は言えよな。必ず力になるから」

「うん。ありがと!」


 いつも通りに笑う彼女を見て、つられるように笑った。

 二人は歩き出し、教室を目指す。


「言い返した時の瀬輝(ぜる)くんカッコ良かったよ」

「そ、そうか?」

「うん。前に天夏(あまな)がああいう風に言い返してた時があったんだけど、その時と同じくらいカッコ良かった!」

「さすが気の強い天夏(あまな)……」


 瀬輝(ぜる)は苦笑いを浮かべながら、天夏(あまな)と同じくらいカッコ良かったとはどういう基準なのかと疑問を抱いた。


(せめて稜秩(いち)とか先輩とかと同じくらいってなら分かるけど。いや、先輩と同じくらいっておこがましいな……)

「それに、瀬輝(ぜる)くんが私のことを名前で呼ぶなんて珍しいね」

「それは……たまたまだ」


 普段、瀬輝(ぜる)咲季(さき)がいないところではあだ名ではなく名前で呼んでいる。しかし、あの状況下であだ名呼びだと相手が「それは誰だ」と混乱するはず。故に咲季(さき)の名前を口にしたが、とりあえずたまたまということにしておく。


「雨降るかもね」

「……どういうことだよ」


 瀬輝(ぜる)はあからさまに不機嫌な顔を咲季(さき)に向けた。

 しかし、咲季(さき)はそれを気に留めない。


「珍しいことすると雨が降るって言うでしょ?」

「そんなの迷信だろ。今日は一日中晴れるって天気予報で言ってたしな」


 瀬輝(ぜる)は窓の外を見る。雲はポツリポツリとあるが、青空が広がっている。雨雲なんてどこにもない。ただの迷信。

 そう思っていると、咲季(さき)が思い出したように言った。


「そういえば瀬輝(ぜる)くんが〝チビッ子〟って呼ぶようになったのって、瀬輝(ぜる)くんが転校してきてからすぐだよね」

「ああ、そうだな。近所にいた小学生と変わらない見た目してたから、ついな」


 瀬輝(ぜる)咲季(さき)と出会った頃を思い出す。咲季(さき)は、一人だけ飛び級してきたのではないかと思うくらいに幼かった。身長も小さくて瀬輝(ぜる)でさえ見下ろしていた。だから咄嗟に〝チビッ子〟という言葉が出てきたのだ。

 今では咲季(さき)のことを少しだけ見下ろすくらいの身長差になったが。


「あの時から比べたら随分身長伸びたよなー。何したらそうなった?」

「うーん……夜早く寝たくらい」

(俺も同じことしてんのになんであまり身長が伸びねぇんだ……!?)


 瀬輝(ぜる)は少しショックを受けた。なぜ咲季(さき)の身長が伸びて自分の身長はあまり伸びないのか。二人の何が違うのか。色々な問いを頭に浮かべるが答えは見つからない。


 そんなことをしていると、咲季(さき)に一つ聞いてみたくなった。立ち止まって彼女を見、静かに問い掛ける。


「……今更だけど、その〝チビッ子〟って呼び方、イヤか?」


 突然のことにきょとんとする咲季(さき)も立ち止まった。

 瀬輝(ぜる)に笑顔が向けられる。


「全然。その呼び方好きだよ。気に入ってるし」

「気に入ってんのかよ……」


 思ってもみなかった言葉に瀬輝(ぜる)は拍子抜けする。


「うん! 名前以外で初めてつけてもらったニックネームだから嬉しくて。それに、瀬輝(ぜる)くんだからこそしっくりくる呼び方なんだよね。うまく説明できないけど」

「じゃあ、稜秩(いち)とか先輩とかが〝チビッ子〟って呼んだらイヤなのか?」

「イヤだねぇ。別の呼び方にしてってなる」

「へぇ」


 瀬輝(ぜる)は驚きつつ、嬉しさを感じた。


(俺だからこそしっくりくる呼び方か。そう言われると嬉しいな。ちょっと恥ずかしいけど)

「でも、いきなり名前言われるとドキッてするね」

「だよな。滅多に言わねぇし」


 笑う瀬輝(ぜる)は不意に思いついた。


「それなら今度、稜秩(いち)のことを名前で呼んでみたらどうだ?」

「あ、それいいかも!」


 出した案に賛成する咲季(さき)は楽しそうだった。それは歩く姿を見るだけでも分かる。


(名前を呼ばれた稜秩(いち)はどんな顔するかな。まあ、俺たちには絶対見せない顔をするんだろうけど)


 咲季(さき)の後ろ姿を見ながら、あれこれと考える。そうしているうちに教室へ戻ってきた。ふと見た黒板は数式が書かれたまま。瀬輝(ぜる)咲季(さき)とともに、急いで黒板の文字を綺麗に消す。


 それから間も無くして次の授業が始まった。その最中、窓の外が徐々に暗くなってきたかと思うと、雷とともに雨が音を立てて降り始めた。


「本当に雨降ってきた」

「うそぉ……」

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