家族と同じくらい大切な存在
快風がアルバイトとして働いている本屋は、国道沿いに建っている。平日の夕方ということもあってか、客のほとんどは学生や仕事帰りの人たちが大半だった。
快風はレジカウンターで会計をしていた。
その業務が一段落した頃、男の子の声が耳に入ってきた。
「パパ、これがいい!」
ふと、その声が聞こえた絵本コーナーへ視線を向ける。男の子が手にしたのはクマが主人公の絵本。それを父親であろう男性に向けて見せていた。
男性は、男の子と同じ目線になるようしゃがんだ。
「よし、じゃあ、お金を払いにいこうか」
「うん!」
返事をした男の子は笑顔でレジカウンターへやって来て、快風へ本を差し出した。
「これください!」
「はい。ありがとうございます」
男の子から本を受け取ると快風はレジを打つ。男性から料金を受け取り、お釣りを返すと、袋に入れた本を手にカウンターを離れ、男の子のもとへ歩み寄る。そして、その袋を差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
目の前で見た男の子の笑顔に快風の心は温かくなった。
バイバイ、と手を振る男の子に向かって快風は手を振り返し、笑顔で会釈してくれる父親に笑顔で会釈を返す。
「ありがとうございましたー!」
微笑ましい光景だなと思うと同時に、少し羨ましさがあった。
快風には今、父親がいない。快風が小さい頃に病気で亡くなったからだ。家には父と写った写真がいくつかあるが、一緒に過ごした記憶は全くない。
父が亡くなった後は、母が女手一つで育ててくれた。不自由な生活をさせないようにと、朝から晩までほぼ休みなく働いていた。そんな母の負担を少しでも減らせるようにと快風は高校入学早々、ここでアルバイトを始めていた。
「ただいまー」
玄関のドアを開けると香ばしい匂いと、母の「おかえりー」という声が迎えてくれた。
リビングへ行くと、夕食の準備をしている母の姿があった。
「ご飯出来てるよ」
「うん、すぐ食べる」
そう答えた快風は手を洗い、リビングに置かれた小さな仏壇の前でお燐を鳴らし、手を合わせた。そこには父の笑顔の写真が飾られている。
「お父さん、ただいま」
穏やかな口調で父に挨拶をした。
自分の部屋で制服から部屋着に着替えて再びリビングへ行くと、すぐにご飯を食べられるように準備されていた。
二人が食卓についたところで、食事を始める。今日の夕食は、快風の好物である豆腐ハンバーグだ。
「快風、明日土曜日だけどバイト休みよね?」
「休みだよ」
「お母さん明日仕事入っちゃったから買い物お願いしていいかな?」
「うん、いいよ」
「ありがとう。助かるわ」
母は微笑んだ。
休日出勤なんて珍しい。それくらい仕事が忙しいのかなと思うと、心配になってしまう。
「お母さん、無理しないでね」
「大丈夫よ。ちゃんと振替休日があるから」
「そっか。それなら良かった」
ホッとした快風はハンバーグを口にする。慣れ親しんだ味は幸せな気持ちにさせてくれた。
翌日。
母に頼まれた買い物を済ませ、快風は両手に買い物袋を携えて家路につこうとしていた。その最中、空腹を感じた。
(お昼、何食べようかなー)
考えながら歩いていると、前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。瞬間、嬉しくなって歩くペースを速める。
「虹色!」
「ん? お、快風じゃん!」
声を掛けると、虹色が驚きつつも笑顔を見せてくれた。虹色は学校のジャージにエナメルバッグを肩から下げている。
「部活帰り?」
「そう。快風は、買い物帰りか」
「うん」
「荷物半分持つよ」
そう言って、虹色は快風が持っていた買い物袋を一つ手にした。
「えっ、でも虹色も部活の荷物あるでしょ……!?」
「筋トレだから気にすんな」
「……そっか。ありがとう」
快風はクスッと笑って虹色と肩を並べて歩く。
「快風は何か昼飯食べた?」
「ううん、帰ってから何か食べようと思ってた」
「じゃ、何か食おう! 俺の奢り!」
「奢りって……!」
「いいの、いいの! そんな気分だから! 何食いたい?」
「そうだなぁ……」
虹色の勢いに押されるように快風は食べたいものを考える。そうしていると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。匂いの元を辿ると、パン屋が目に入った。
「……パンが食べたい」
「パンだな! あそこの店にするか?」
「うん」
そうして二人は足並みを揃えてパン屋へと入っていった。
虹色を連れて帰宅した快風は、父の仏壇の前で手を合わせる虹色をちらりと見ながら、買ってきた物を冷蔵庫に収納する。
「快風の顔ってお父さん似だよな」
「そう? ありがとう、嬉しい」
快風は満面の笑みを浮かべた。よく言われる言葉だが、言われるたびに嬉しくなる。
「何か手伝う?」
「ありがとう。じゃあ、飲み物の準備してもらえるかな?」
そう言って、快風は冷蔵庫からコーヒー牛乳とリンゴジュースのパックを取り出して、虹色に渡した。
「もう何も言わなくても俺がコーヒー牛乳飲むってわかってんだな」
「長い付き合いだからね」
快風は得意げに笑った。
二人は保育所に通っている時からずっと一緒に過ごしてきた。何が好きで何が嫌いか。どういう性格なのか。快風は虹色のことを色々知っている。お小遣いが手に入ったら、人に奢りたくなるところも。
物を収納し終えた快風は虹色が待つ食卓についた。虹色は既に二人のパンをそれぞれ分けていた。
「いただきます」
快風はツイストドーナツ、虹色はチョココロネに齧り付いた。二人共、目を見開く。
「このパン屋のパン初めて食ったけど、美味しいな!」
「うん!」
快風は頷きながらどれかを母にもあげようと考えた。
そんな時、虹色の表情に視線が止まった。パンを無邪気に頬張り、美味しいという気持ちが表情に出ている。 見ているだけで楽しいと思わせてくれる。
「……」
「あ、チョコでも付いてた?」
「ううん、そうじゃなくて、虹色がそばにいてくれて良かったなーって思って」
「な、何だよ、いきなり……!!」
虹色は顔を赤らめた。
それを見て快風がクスッと笑う。
「本当にそう思うんだもん。虹色がいてくれなかったら、僕こんな感じじゃなかったと思う」
「えっ、俺の存在ってそんなにデカイの?」
「デカイよ。家族と同じくらい大切な存在だからさ」
「……」
そう伝えると虹色の顔はさらに顔を赤くなり、黙ってしまった。
それでも快風は続ける。
「虹色と仲良くなる前は保育所に行くのが嫌だったんだ。周りに馴染めなくて心細くてずっとお母さんのそばにいたかったけど、そうするとお母さんが仕事行けなくなるから我慢してたんだ。でも、虹色と仲良くなってからはそんなこと思わなくなったし、毎日が楽しくて保育所に行くのも楽しみになってた。虹色が一緒だと元気貰えるし、安心できるんだよね」
「と、唐突にそんなこと言うなよ……!」
「ごめん。でも、伝えておきたかったからさ」
「そーかい」
虹色は恥ずかしさを紛らわせるようにコーヒー牛乳を飲んだ。
そして少し間を置いて、話し出す。
「俺だって、快風がいてくれて良かったって思うぜ。楽しいし何でも相談できるし、後悔しないように、とりあえずではあるけど〝好き〟って言えたし……まあその後、城神くんに〝近づくな〟って言われちゃったけど……」
「そりゃあそうだよね……何かごめん……」
「いや、いいんだ。ただ、そういうことがあったから鉢合わせした時にすげぇ気まずくてさ。文化祭の準備の時に城神くんとトイレでばったり会ったんだけど……何でいたんだろ、三年の教室がある階なのに」
虹色の疑問に快風は考えた。一年生なのに、三年生の教室がある階に来る理由。
「うーん、もしかしたら被服室使ってたんじゃないかな。服とか作るためにさ」
「あーそうかも。被服室ってちょうど三年の教室と同じ階だしな」
虹色は納得したような様子を見せた。
それを見て、快風は聞いてみたくなった。
「少しは吹っ切れた?」
「まあな」
「また、恋したいって思う?」
「そりゃあもちろん! 今度は彼氏いない子を好きになる!」
「じゃあいっそのこと、僕が彼女になろうか?」
「……」
快風が真剣な顔で言うと、虹色は目を泳がせて顔を痙攣らせた。
「俺ハ、キミノコトヲ親友トシカ思ッテナイデスヨ……」
「冗談だよ、冗談!!」
慌てて否定すると虹色が笑い出した。それにつられて快風も笑う。
笑い声はしばらく家の中で響いていた。
昼食を摂ってから一時間程経った頃、虹色は立ち上がった。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。宿題残ってるし」
「うん。今日はありがとう」
「どういたしまして」
快風はニッと笑う虹色を玄関先まで見送った。虹色が家に戻ったのを見届けると、風呂場に向かい、風呂掃除を始める。
(そういえば虹色と話すようになったのは、靴がきっかけだったんだよね)
同じ保育所に通っていた二人は最初は全く話すことがなかった。しかし、虹色が今の家に引っ越してきた時、快風と虹色が色違いの同じ靴を履いているという共通点を見つけてから保育所でも徐々に話すようになっていた。
(あの時、別々の靴を履いていたらこんなに仲良くなってなかったのかな)
そんなことを考えながら浴槽の泡をシャワーで落としていく。綺麗になった風呂場は、見ていて気持ちがいい。
風呂掃除を終えると、外に干していた洗濯物を取り込もうとリビングの窓を開ける。外では少し冷たい風が吹いていた。それはもうすぐ冬が来ることを知らせていた。
父の写真に目を移す。
「冬は、お父さんが好きな季節だよね」
微笑みながら父の写真に話し掛ける。それに応えるように、冬の匂いを纏った風が髪を靡かせた。




