たまには
快晴と言うのに相応しいほど、青空が広がる週末の午後。蛍が経営するカフェに来た天夏はカウンター席に座って蛍と話していた。
「文化祭懐かしいなー」
蛍はグラスを磨きながら呟くように言った。
「蛍さんは高校生の時、文化祭の出し物ってどんなのやったんですか?」
「一年の時がフリーマーケットで二年が甘味処、三年がおばけ屋敷だったよ」
「どれも楽しそうですね!」
「すごく楽しかったよ。でも、天夏ちゃんのところの出し物もおもしろそうだよね。みんなで動物のコスプレをしてカフェをやるって」
「はい。特に女子が張り切ってて」
「アイドル的な存在の男子がケモ耳付けたの見ると、そうなるよね」
文化祭の割り振りの話を天夏から聞かされていた蛍は、うんうんと頷いて言った。
「それなら稜秩くんも女の子に人気ありそうな感じだけど、どうなの?」
「実際人気ありますよ。この前お店に来た時、何かあったんですか?」
先日、咲季と稜秩が一緒にこの店へ足を運んだことは当人たちから聞いていたが、まだ聞いてない話もあるのだろうか。天夏は少し前のめりになる。
「何かあったというか、他のお客さんたちが彼に注目してたからさ」
「あー、稜秩は存在感ありますからね」
「コスプレするともっと目立ちそう」
磨き終わったグラスを棚に仕舞うと、蛍は真剣そうな表情を見せた。
「それより……章弛が天夏ちゃんのところの文化祭行くって言っててさ」
「あ、やっぱり文化祭来るつもりなんですね」
「うん。行くのはいいんだけど、大勢の女の子と一緒にいて変に目立ってそうで頭が痛い……」
「安易に想像できます……」
蛍は頭を抱え、天夏は苦笑いを浮かべた。姉がこんなに頭を悩ませるくらいなら、彼らの両親はどう思っているのか。天夏は一度聞いてみたいくらいだった。
「章弛も、哉斗くんみたいに誠実だったらなー」
「章弛くんは昔からあんな感じなんですか?」
「そうだよ。小さい時から全く変わらない」
「……」
すると、天夏は章弛とその周りを囲む女の子たちのことを思い浮かべた。みんな、いつも楽しそうに笑っている。
「……章弛くんの周りにいる子って、みんな楽しそうですよね」
「確かにそうだな。章弛は基本的にどの女の子にも優しいし、無下には扱わないし。章弛のこと、少し好きになれたかい?」
「いえ、まだ……」
「そう」
「でも、今の気持ちのままはイヤだなって思って……」
「それはありがたいね。あんな弟だけど、友達思いで良い奴だよ」
「……うーん……」
友達思いで良い奴。それは天夏も理解しているつもりだ。哉斗を見ていれば分かる。章弛の話をする時はいつも笑ってるから。
(でも。でもなぁ……)
考え込んでいくうちに、天夏の眉間にシワが寄り始める。
その考えを止めるように蛍が言葉を発した。
「いくらでも時間はあるんだから難しい顔しないの」
「……」
蛍の発言に天夏の思考は止まった。
「気楽にしていればいいのよ。いつか好きになってるかもしれないし」
「……そうですね」
表情を緩ませた天夏は、静かに紅茶を口にした。紅茶の温度は少し冷めていたが美味しい味に変わりはない。
蛍と気の済むまで雑談した天夏は店を出て街中を歩く。週末の昼間ということもあり、街は多くの人で溢れている。次の行き先を探し、周りを見回した。そして、偶然視界に入った靴屋のショーウィンドウに飾られたショートブーツに目が止まる。
(かわいい……!!)
屈んでショーウィンドウ越しにそれを見つめる天夏の瞳はキラキラと輝いている。
赤と黒のツートーンカラーのショートブーツは、一瞬にして天夏の心を虜にした。自然と値札に目が行く。八千八百円。
「……」
値段を目にした天夏はスッと姿勢を戻し、止めていた足を動かして店内へ入った。
(もっと安くてかわいいのあるわ、きっと……!!)
出入り口付近に設置された棚に並べられた靴から順に見ていく。真新しい靴たちのデザインや機能性は良いなと思えるものが多いが、一番最初に見つけたショートブーツ以上に欲しいと思う靴が無い。
(あのブーツ、もっと安かったらなぁ……)
ため息混じりに思う天夏は、少し落胆した表情で靴屋を出た。
(ま、いいわ。いつかもっと良いの見つけるから)
そのうち出会うであろう靴に期待し、歩き出す。
特に目的もなく歩く天夏は、立ち並ぶ店の中で入ってみようと思う店には片っ端から入って行った。服屋や雑貨店、CDショップ、リサイクルショップと色々回っていると、新しくオープンしたたい焼き屋を見つけた。
外に飾られたメニューに何気なく目を通すと、うぐいす餡に興味を惹かれた。一度も食べたことがないうぐいす餡のたい焼きをここで食べてみようと、購入する。それを持って近くに置かれたベンチに腰掛ける。
(うぐいす餡も美味しいわね)
天夏は初めて口にする味を楽しむ。その頰を風が優しく撫でた。秋を感じさせる涼しい風。顔を上げると、街路樹の葉も静かに揺れている。それは心地よい音だった。
(たまには一人で過ごすのも、悪くないわね)
秋の訪れを感じながら天夏は微笑んだ。仕事で留守になりがちな両親に代わって妹の世話をしたり、兄に何かと構われたり、咲季たちと出掛けることも多い天夏にとって、この一人きりの時間は特別な時間に思えた。
「さて、と。次はどうしようかしら」
たい焼きを完食し、ゴミとなった包み紙をゴミ箱に捨てて呟いた。そうして視線を周囲へ向けた時、少し離れた場所に見知った顔が見えた。
連朱だ。連朱は三人の女性に囲まれ、狼狽えている。
(……逆ナン……?)
天夏は少しの間、立ち止まったままその様子を見つめた。
女性たちの積極的なアプローチにやんわり断る連朱。しかし女性たちは引き下がらない。しまいには連朱にボディータッチをする始末。連朱は顔を赤くしつつも、困っている様子。
(ハッキリ断ればいいのに)
そう思う天夏は連朱と女性たちに近付く。
「こんなところで何してるの?」
凛とした声に連朱も三人の女性も此方を見た。
「天夏……」
「一人でどっか行かないでよね。ほら、行こう」
「えっ、行こうって……!?」
戸惑う背中を天夏が両手でグイグイと押し、その場を離れる。連朱は混乱しつつもその行動に従った。
一方、連朱に言い寄っていた女性たちは突然の出来事に呆気に取られていた。
そんな女性たちに目もくれず、天夏は曲がり角を曲がったところで連朱の背から手を離した。
連朱が此方を振り返る。
「天夏、ありがとう……」
「いいわよ。連朱も大変ね」
「まあ……」
「ああいうの、ハッキリ断ればいいじゃない」
「強く言うと言い過ぎたかなとか傷付けたかなって思って、中々……」
困ったような表情を見て、天夏は小さくため息をつく。
「連朱は優し過ぎよ」
「そうかな……そう言う天夏はハッキリしているよね」
「曖昧な態度取ると主導権握られて向こうの思う壺よ。彼女作れば、こういうことにならないんじゃない?」
「そうかもしれないけど、今はそんな気ないし」
「ふーん」
そう返事をしながら、だから連朱から恋愛の話は聞かないのねと天夏は納得した。その視線は、彼が肩に掛けているトートバッグに止まる。連朱は普段、そういうバッグを持たない気がした。
「ところで、これからどこか行く予定なの?」
その問い掛けに連朱はハッとする。
「買い物、頼まれてたんだった……! もう行くね! ありがとう!」
「うん」
走り去る背中を見送り、天夏はどこへ行こうか考えつつ徐に歩き始める。
「あの、すみません」
突然通りすがりに声を掛けられ、思わず振り返った。声を掛けてきたのは自分と同じくらいの年齢であろう、真面目そうな青年。天夏が反応を示すと、携帯電話を片手に彼が近付いてきた。
「最近この辺りに出来たネコカフェって、どこにあるかわかりますか?」
「あ、それなら──」
「この道まっすぐ進んで最初の信号を渡って左に曲がれば見えてきますよ」
青年の質問に応えようとした矢先、突如現れた兄の冬也にそれを阻まれた。冬也は天夏と青年の間に割って入るように道案内をした。
青年は戸惑いながらも笑顔を見せる。
「あ、ありがとうございます」
「お気を付けて〜」
目的地へと向かう青年に笑顔で手を振りながら見送った冬也は、真面目な表情で天夏に向き直る。
「天夏、気を付けないとダメだろう!」
「何に?」
「男に!」
「ただ道聞かれただけよ」
「いや、わからないぞ。あの人も天夏のかわいさに目が眩んで変なことしてくるかもしれない……!」
「考えすぎでしょ」
呆れた顔を見せる天夏は歩き出した。それに冬也も続く。
「お兄ちゃんはバイトの帰り?」
「そう! 天夏はどっか行くのか?」
「特に行き先はないけど、とりあえず歩こうかなって」
「じゃあプリクラでも撮りに行こう!」
「え、何でそうなるの?」
「たまにはいいだろ」
「まあ、いいけど」
「そうと決まればゲーセンへレッツゴー!」
冬也は明るく言うと天夏の手を取った。
「ちょっ……!?」
兄の突然の行動に天夏は目を見開いた。咄嗟に顔を上げる。そこには、楽しそうに笑う兄の顔がある。
「……」
天夏は抵抗しようとした力を少し緩めた。冬也に手を引かれるまま歩く。
「……恥ずかしくないの?」
「何が?」
「兄妹で手を繋ぐの」
「全然」
「あっそ……」
恥ずかしかったら手を繋がないか、と今更ながらに思う。
「昔はこうやってよく手を繋いでただろ。『お兄ちゃん、手つなごー』っておねだりしてきて」
「小さい頃の話でしょ!? 今は私高校生よ!?」
「何歳になっても天夏が妹なのは変わらないよ」
「それは、そうだけど……」
最もな言葉に天夏は口籠る。兄の顔は、これでもかと言うほどに緩み切っている。そして鼻歌を歌い始めた。
(……たまにはいいか)
繋がれている手に視線を落とし、満更でもない表情をする天夏は兄の手をそっと握り返した。




