楽しみがいっぱい
二学期が始まり、生徒たちはそれぞれの教室で授業を受けていた。
しかし、咲季たちのクラスは数学の時間だと言うのに教室内は少し賑わっている。というのも、授業の後半を使って文化祭のクラスの出し物であるカフェの役割分担などを決めているところだからだ。
(飾り付け、どういうのにしよう……)
教室の飾り付け担当になった咲季は、意見を出し合う際にすぐに提案できるように考える。
(色んな形の風船とかあったらかわいいよねぇ。星型とか三日月型とか)
「でもさ、ただのカフェってつまらないよねー」
考えている最中に、近くの女子生徒からそんな声が上がった。
クラス中に賛同の声が広がる。
「確かになー」
「何か目玉になるものが欲しいよね」
「激辛メニューを作るとか?」
「男子がメイド服着て、女子が執事服着るなんていいんじゃない?」
「うわっ、それ却下!」
クラスメイトたちが案を出す中、天夏に声を掛けようと咲季は後ろを振り返る。しかし、天夏を視界に入れる前に稜秩の行動に目が止まった。
稜秩は机の横のフックに掛けてあるスクールバッグを開けて、中に入れていたトラの耳のカチューシャを取り出した。
どうしてカチューシャを持ってるのかと疑問に思いつつ、それをどうするのか見つめる。
稜秩はトラ耳カチューシャを、瀬輝と話をしている連朱の頭に付けようとしている。
「こういう感じなら、人が来るかもな」
言いながら、稜秩は連朱の頭にカチューシャを付けた。
クラス中の視線が連朱に集中した途端、女子生徒たちから喚声が上がった。連朱の隣に座る瀬輝も、顔を赤く染めて興奮気味に連朱を見る。
「先輩、似合ってますよ!!」
「城神くんナイス!!」
「それで行こうよ!!」
「えっ、何、何付けたの!?」
連朱は慌てて自分の頭に付いている物を外した。それがトラ耳カチューシャだと知った瞬間、顔が真っ赤になった。慌てて稜秩の方を向く。
「何でこんなの持ってるの!?」
「今日、持ってった方がいいって直感で思ったから」
「そんな直感働かせなくていいから……! というか、これ、どこかで見た覚えが……」
「動物園行った時のカチューシャだ」
「買ってたの!?」
「何かに使えると思ってさ。実際そうだろ」
「だからって……!」
「ウサ耳もあるぜ」
そうしてウサ耳カチューシャが連朱の頭に付けられると、女子生徒たちがまた騒ぎ出し「そっちも良いじゃん!」や「こっち向いてー!」と言った声が飛び交う。
(連朱くん、やっぱり似合うなぁ)
周囲が騒がしい中、咲季は数学のノートの端にウサ耳カチューシャを付けた連朱の姿をスケッチし始める。
(この感じなら執事服が似合いそうだなぁ。トレイに紅茶を乗せて運んでたり……)
「こらこら、他のクラスは授業中だから静かになー」
騒ぐ生徒たちに注意をする担任の雪村の声はよく通り、教室内は大体静かになった。雪村は連朱に声を掛ける。
「湊琉、嫌なら嫌って言っていいんだぞ。他に案出せばいいんだし」
「いや、そういうわけでは……」
「そうか。じゃあ賛成派が多いみたいだから動物のコスプレしたカフェにするってことでいいか?」
「はーい!」
雪村が出した結論に生徒たちは賛成した。
「っていうか、先生何気に張り切ってない?」
何となくそう感じた男子生徒が雪村に言葉を投げ掛けた。
雪村は堂々とした表情で答える。
「俺も参加するからな。そりゃあ張り切るさ」
「先生たちで何かやるんですか?」
「バンド組んで演奏するんだ」
「マジ!?」
「先生は何の楽器の演奏するんですか?」
「ギターだよ。学生の頃、ちょっとやってたから」
「じゃあプロ並みに上手いんじゃね?」
「いや、ハードル上げるなよ……」
雪村が苦笑いを浮かべて言うと、笑いが少し起こった。
(バンドで演奏かぁ……)
咲季はスケッチする手を止め、聞こえてきた言葉に顔を上げた。
(多分、講堂でやるんだろうなぁ。楽しみ)
微笑みながら思った後、スケッチを再開する。
昼休みになると、咲季たちは中庭にある藤棚の下に設置されたテーブルに弁当を広げていた。そこでは文化祭について話し合われている。
「やっぱり、パフェは絶対よね」
「うん! あ、あとパンケーキもいいかも」
「そっちも捨てがたいわ……」
咲季の意見に天夏は悩む表情を見せた。
すると、稜秩も自分の考えを言葉にする。
「甘さ控えめのメニューもあった方がいいと思うけど」
「稜秩みたいに甘い物が苦手って人もいるもんなー」
「それもそうね」
食事を摂りつつ皆で話してる中、連朱だけが浮かない顔をしていた。箸もあまり進んでいない。
気になった瀬輝が連朱に問い掛ける。
「先輩どうしたんですか? 元気ないですよ」
瀬輝の声に反応した咲季たちは連朱に視線を送った。
連朱はどぎまぎとしながら話す。
「いや……その……文化祭で動物の耳をつけると思うと、今から変に緊張しちゃって……」
「先輩、ケモ耳付けるの嫌ですか……?」
「嫌ってわけじゃないよ……! ただ、恥ずかしい……だけ……」
次第に語尾が小さくなる連朱。
落ち着きなくソワソワする彼にときめく瀬輝は、その緊張を解すように笑顔を見せる。
「大丈夫ですよ! みんな同じような格好するから恥ずかしくないですよ!」
「そうだぜ。瀬輝なんて全身タイツのサルの格好するって言ってたし」
「言ってねーよ!!」
唐突な話をする稜秩に瀬輝は噛み付くように反論した。
「全身タイツのサル……」
連朱はその姿の瀬輝を想像した。大きな耳と長い尻尾に赤い尻。全身茶色のタイツに身を包んでサルに扮した彼は、飲み物をトレイに乗せて運んでいる。
「……かわいい」
「……!!」
呟くようにクスッと笑って言った連朱の言葉に瀬輝は顔を赤くし、静かにお茶を飲む。
「サルに、しようかな……」
「流されてどうするのよ……」
天夏が呆れた表情を浮かべ、続けざまに言った。
「まあ、秋凪は喜ぶと思うけど」
それを耳にした瀬輝は咳き込んだ。
慌てて隣に座る連朱がその背中をさする。
咳が治ると、さらに顔を赤くした瀬輝が天夏を睨むように見た。
「秋凪ちゃんは関係ないだろ!?」
「それが関係あるのよねー。文化祭は一般公開してるから『文化祭行く』って秋凪言ってたし」
瀬輝の目つきに物怖じせず、天夏は楽しそうに話した。
そんな二人の会話を聞き、連朱が不思議そうな顔をする。
「天夏の妹がどうかしたの?」
「実は、秋凪が瀬輝に片思い中なのよ」
天夏の発言に連朱と稜秩は驚きの声を上げた。
「そうだったんだ……!」
「モテモテだな」
「うるせ……!」
稜秩にからかわれ、瀬輝は拗ねたように外方を向く。
「秋凪が自分のこと好きって気付いてからこんな感じなのよね」
「天夏の妹のこと、意識してんのか?」
「してねぇよっ!!……あ、いや……えーっと……」
一度否定したものの、天夏に気遣って他の言葉を探す。嘘じゃない言葉。
「初めて俺のこと、本気で好きになってくれた子だから……その……何つーか……うーん……」
上手く言葉に出来ず、瀬輝は頭を抱えて少し黙った。そしてハッとしたように顔を上げる。
「ロリコンってわけじゃねぇからな……!!」
「そんなこと、みんな分かってるわよ……」
そこだけは否定する瀬輝に天夏はため息混じりに言った。
すると、弁当を食べつつ皆の話を聞いていた咲季が考えていたことを話し出す。
「秋凪ちゃんに見せるなら、コスプレはかわいい動物がいいと思うな」
「あ、それならネコだよね」
「瀬輝=ネコって感じだしな」
話が少し前に戻ってしまったが、咲季の提案に連朱も稜秩も納得した表情を見せた。
すると、天夏がニヤリと笑った。
「じゃあ瀬輝がかわいいネコの格好するから楽しみにしててって、秋凪に伝えておくわ」
「と、ところで、チビッ子は何のコスプレするんだ……!?」
何とかこの場を切り抜けようと瀬輝が発した言葉に、咲季以外の三人は「話を逸らした」と心の中で反応した。
しかし、問われた咲季は気にせず答える。
「あたしはウサギにしようかなって考えてるよ。丁度、お父さんが昔漫才で使ってた小道具にウサギの被り物あるから借りようと思って」
「他の、動物の被り物あるのか!?」
「ネコとブタと、あとクマがあるよ。お父さんに許可貰えたら、瀬輝くんにネコ貸すね」
「お、おう、ありがとう……」
「プレーリードッグは……ないわよね?」
咲季と瀬輝の会話に天夏が少し食い気味に入ってきた。咲季は申し訳なさそうな表情をする。
「ないねぇ」
「そうよね……それなら自分で作ろう。演劇でも衣装作ってるし」
「そういえば、文化祭の演劇に出るんだもんね!」
「ええ」
咲季の明るい笑顔につられるように、天夏も笑顔を見せて頷いた。
今回の文化祭の演劇では、天夏はヒロインに仕えるメイド役として舞台に上がることになっている。高校生になって初めての舞台ということで、天夏はいつも以上に張り切っていた。天夏のメイド姿、キレイだろうなと咲季は期待に胸を膨らませる。
「早く観たいなぁ」
咲季の心はわくわくしていた。文化祭が待ち遠しい。そう思っていると、目の前の瀬輝が眉間にシワを寄せていることに気付いた。
声を掛ける前に瀬輝が口を開く。
「……なあ、天夏」
「何?」
「お兄さんも、文化祭来るのか?」
瀬輝は少し前のめりになって問うた。
すると、天夏が微笑む。
「当たり前じゃない。お兄ちゃんにはその選択肢しかないのよ」
「だよなー!」
「あはははは!!……ハァ……」
天夏と瀬輝は互いに笑った後、同時にため息をついた。その息が合った行動に咲季たちは目を丸くする。
「わあ、息ピッタリ」
「シスコンって厄介だな」
「二人共、大変だね……」
三人がそう言った後、天夏と瀬輝はまたため息をついた。先程よりも深く重いため息。
そんな二人の気を紛らわせようと、連朱が話題を変えて夏休み中の出来事を話し出した。
その話を聞きながら、咲季は「お花紙で色んな花を作るのも良いなぁ」と文化祭の飾り付けのことを考えていた。




