公園のベンチで語らう
朱李は悩んでいた。
(……どうしよ……)
コンビニエンスストアの陳列棚に置かれたプリンを前に、葛藤する。この前、ここで濃厚ショコラ味を買ってすごく美味しかったのでそれを買いに来たのだが、その隣にフルーツ牛乳味がある。しかもそれは期間限定商品だ。
このプリンは一つ税込五百円なので、同時に買ってしまったら合計千円。朱李には今月欲しいものがいくつかあるので、プリンに千円も出せない。かと言って貯金には手を出したくない。ここは期間限定商品を買うべきか。それともお気に入りを買うべきか。
(めちゃめちゃ悩む〜!!!)
「朱李、何やってんだよ」
「えっ?」
プリンから視線を外すと、隣に稜秩が立っていた。不思議そうな顔でこちらを見ている。
朱李はプリンを指差す。
「どっちのプリンを買うか、迷ってて……」
「プリン?」
「そう。お気に入りの濃厚ショコラ味にするか、期間限定のフルーツ牛乳味にするか」
「両方買えば?」
「俺にはそんな余裕がないんだ」
少し真剣な顔で言った朱李はまたプリンたちと睨めっこをする。眉間にしわを寄せ、また悩む。
「……」
延々とどうすべきか考えていると、稜秩の手が視界に入ってきた。伸びて来た手は濃厚ショコラ味とフルーツ牛乳味のプリンを掴んだ。
稜秩がそれらをレジへと運んでいく。
朱李は呆然としつつ、その行動を目で追った。
(あれ? 稜秩って甘い物食べないよな……?)
そんな疑問を抱いていると、レジ袋に入ったプリンたちが目の前に差し出された。
「ほらよ」
「えっ……? 俺に……?」
「朱李以外に誰がいるんだよ」
「……ありがとう……」
戸惑いながら袋を受け取る朱李。そこでハッとした。
「あ、お金……!」
「俺も買いたい物があって一緒に払っただけだから気にすんな」
そう言って、稜秩は出入り口に向かって歩き出す。
朱李はそんな稜秩に見惚れた。
(……何、あのさりげない優しさ。咲季ちゃんが稜秩に惚れるのもわかるよ……!!)
咲季に共感したところで、朱李も店を出る。
二人はコンビニエンスストアの隣にある公園のベンチに腰掛けた。背後にある木が陰を作り、涼しい。
「飲め」
その言葉とともに塩レモンのサイダーが差し出された。どうやらプリンと一緒に買っていたらしい。
「えっ、いいよ。俺、喉渇いてないし……」
「喉渇いてなくても飲め。熱中症になるぞ」
稜秩に言われるがまま、朱李はペットボトルを受け取った。ひんやりと冷たい感覚が手に伝わる。
「……」
それと稜秩を交互に見つめる。
朱李の視線に稜秩が不思議そうな表情をした。
「何だよ」
「稜秩の元に嫁いでいいですか?」
「咲季に勝るところがあるなら考えてやる」
「それなら一生無理だ」
そう笑って朱李はサイダーを口にする。レモンの爽やかな味とシュワシュワした炭酸が程よく喉を刺激する。それを何口か飲んだ後、買ってもらった濃厚ショコラ味のプリンを取り出した。
「ここで食うのかよ」
「家に兄ちゃんがいるから」
話しながら朱李がプリンの蓋を開けると、周囲に甘いチョコレートの匂いが漂う。
「……これはダメだな」
「でしょ? これ、上にチョコレートソースがかかってるんだ。だから、チョコの匂いに敏感な兄ちゃんが家にいる時は外で食べるようにしてんの」
「連朱のチョコ嫌いは尋常じゃねぇもんな」
「うん」
朱李は頷いてプリンを口へ運ぶ。その口内が甘いチョコレートの味で一杯になる。
「ああ、幸せ……」
たった一口だけプリンを口にしたのに、朱李は恍惚の表情を見せた。
もう一口食べ、正面を見る。公園の真ん中に設置された噴水で遊ぶ子供たちがいた。子供たちは水を掛け合って顔や服を濡らしてはしゃいでいる。小学生の頃、同じことをしていたなと懐かしい気持ちになる。
ふと稜秩を見た。稜秩もあの子供たちのことを見ている様子。
「……俺らも行かない?」
「行かねーよ」
「二人で行けば怖くない!」
「意味わかんねーよ」
「小学生の頃はああやって遊んでたじゃん!」
「一人で行ってこい」
「……瀬輝さんなら一緒に行ってくれると思うのに……」
「あいつと一緒にするな」
「ちぇー……」
口を尖らせた朱李はまた噴水の方へ視線を移した。その近くを、お腹の大きな女性と荷物を持つ男性が通り掛かる。
「……」
朱李は夫婦であろう二人を目で追った。男性は常に女性を気に掛け、歩調を合わせている。
「……稜秩はいいよな、結婚相手がいて」
つい、そんな言葉が出てきた。
「朱李は結婚願望あるのか?」
「もちろん! 早く結婚して笑顔の絶えない幸せな家庭を築きたいんだ! その為に貯金もしてる!」
「相手は?」
「それが、まだ……」
朱李は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「まあ、まだ中学生なんだから焦ることねぇよ」
「うん。稜秩は、どういう家庭を築きたい?」
「俺は……今と変わらない家庭、かな。今、充分幸せだし」
稜秩の発言に朱李は心打たれた。抵抗なく素直にそう言えるところがすごいと思える。
「咲季ちゃんのこと、愛してるんだね」
「当たり前だろ」
「俺もそんなこと言える人に早く出会いたいなぁ」
朱李は期待に胸を膨らませる。そうしたのも束の間、少しだけ気に病む表情をした。
「でも俺より、兄ちゃんが心配なんだよな。あの年齢で初恋まだみたいだし」
「あの年齢って、朱李も連朱もそんなに歳変わらないだろ」
「それでもだよ。あんなにカッコよくてモテてるのにもったいない」
「今は恋愛より他のことが最優先なんだよ、きっと」
「ふーん」
納得したような顔で朱李は静かにプリンを口に運んだ。
会話が途切れた空間に周りの音が響く。風に揺れる葉の音。蝉や鳥の鳴き声。車の音。子供たちの楽しげに遊ぶ声。近くを通る人の足音。噴水の音。様々な音が、鮮明に耳に届く。
それらを耳にしている間に朱李はプリンを食べ終えた。空になった容器を手にしたまま、ゴミ箱のある場所へ足を運ぶ。
容器をゴミ箱へ捨てた後、ベンチには戻らず噴水に近付いた。いつの間にか子供たちは別の場所で遊んでいた。
ベンチの方を見ると稜秩と目が合った。朱李は手招きをして稜秩を呼ぶ。
ベンチから立ち上がってこちらに歩いてくる存在を確認しながら、静かに死角から噴水の水に触れた。
「隙あり!!」
朱李は稜秩が間近に来たタイミングを見計らって、水を掛けた。
……つもりだったが、避けられてしまった。
「何で……!」
「何となく予想してたからな」
「むー……」
悔しそうにする朱李はふとベンチを見た。先程まで稜秩と一緒に座っていたベンチにはカラスが一羽いる。そのカラスはベンチに置いたままの、プリンが入ったビニール袋を両足で掴んだ。
「あっ!」
朱李が声を上げて近付こうとした瞬間、カラスは袋を持って飛び立った。
「……」
朱李と稜秩はカラスが飛んで行く様を目で追い掛ける。
「……俺の……プリン……」
朱李は力なくその場にへたり込む。
「……」
そんな朱李を見下ろし、稜秩は静かにその場を離れた。
それに朱李は気付かない。
「楽しみにしてたフルーツ牛乳味……稜秩が買ってくれたのに……何でベンチに置いたままにしたんだ、俺……」
朱李は項垂れながらブツブツと呟く。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「後悔しても遅いけどさ、ひどいよ……何でプリンを持ってっちゃうわけ……? 他のエサなかったの……?」
「朱李」
「……?」
聞こえてきた声に顔を上げると、目の前にビニール袋があった。中にはフルーツ牛乳味のプリンが入っている。
「今度は取られないようにな」
朱李は差し出された袋を受け取り稜秩を見上げた。
「……買って来てくれたの……?」
「公園のど真ん中でいつまでも凹まれてても困るからな」
稜秩の言葉を聞いた朱李の目から大量の涙が溢れ出た。何て優しい人なのだろうと胸が温かくなる。そして、込み上げる思いを口にする。
「稜秩、来世では俺と結婚してください!」
「断る」
突然のプロポーズにも関わらず、即答した稜秩の顔は無だった。
朱李は膨れる。
「そこはYESって答えてよー!!」
「NO」
朱李の思いも虚しく、また無表情と拒否の言葉が返ってきた。
その後も何度かこのやり取りをしたが、結局最後まで稜秩の答えが覆ることはなかった。




