見たい表情
校内がいつも以上に騒がしい中、哉斗は登校した。
「哉斗、おっはよーっ!!」
「うわっ!?」
教室に入った瞬間、ドアの陰に隠れていた友人の桃方章弛に背後から抱き付かれた。反動でメガネがずれ落ちる。
それに章弛が気付く。
「あれ? 今日メガネじゃん! 珍しー!!」
普段、哉斗はコンタクトレンズを付けているのだが、今日はメガネを掛けている。その変化に興味を示す章弛が瞳を輝かせてまじまじと見つめてくる。照れ臭くて思わず笑ってしまう。
「歩いてる時にコンタクト落としちゃったから、持ってたメガネを掛けたんだ……」
登校中の出来事を説明しながら、哉斗はメガネを元の位置に戻した。
「本当ドジっ子だな」
「僕はドジっ子じゃない」
「そうやって否定するのが本当のドジっ子なんだよ」
(こういうやり取り、中学生の時もしたなぁ……)
否定することを半ば諦め、ため息をつく哉斗は自分の席に着いた。
その正面に章弛が横向きに座る。
「章弛は今日もテンション高いね」
「明日から夏休みだからな! テンションも上がるって!」
「夏休みはどこか行く予定とかあるの?」
「みんなと遊ぶ!」
章弛の言葉を聞き、哉斗は思ったことを口にする。
「みんなって……大半女の子だよね……?」
「もちろん!」
そう胸を張って答えた章弛の整った顔に無邪気な笑みが浮かぶ。こういう人懐っこいところがあるから、章弛は女の子にモテるんだろうなと思う。連朱といい勝負かもしれない。
「章弛って、よく女の子と遊んでるよね」
「女子と一緒にいるの楽しいもん♪」
「彼女作らないの?」
「彼女がいたら、いろんな子と遊べないじゃん」
「……いろんな女の子と遊ぶ為に彼女作らないの……?」
「その通り! 彼女がいればみんな離れていっちゃうからな。それに彼女以外の女の子と遊んで『何で他の子と遊ぶの?』とか口出しされたりってのが嫌なんだよ。天夏ちゃんもそう言ったりしないか?」
そう問われたが、哉斗は首を傾げる。
「……さあ……? 僕、天夏以外の女の子と積極的に遊ばないし……」
「あー、哉斗ってそういう男だったよな……」
苦笑いを浮かべる章弛を見て哉斗も同じ表情になる。
元々女の子と仲良くなるのが得意ではない哉斗は、そう言われても仕方のないことだと感じている。そんな自分が天夏と付き合っているなんて奇跡とさえ思える。
「そういえばこの前、天夏ちゃんと初めてあったけどやっぱり綺麗だよな」
「うん、すごく綺麗だよ」
街中で天夏とデートをしている時に偶然章弛と会った日のことを思い出す。章弛はいつものように女の子に囲まれていた。それを天夏が嫌悪感を抱いた目で睨んでいたのは忘れもしない。
「天夏ちゃんって猫っぽいよな」
先日のことを思い出していると、唐突にその言葉が耳に入った。哉斗は章弛の顔を覗き込むように見る。
「猫?」
「うん、何かそんな感じがする」
「言われてみれば、そうかも……」
たしかに天夏は猫っぽい。見た目もそうだが、あまり親しくない人には警戒心が強くてそっけなく、親しい人には甘える。俗に言うツンデレ。そのため、自分しか知らない一面もあると思うと哉斗は考えた。
「そんな猫みたいな天夏ちゃんは、哉斗が女の子と遊ぶって聞いたらどういう表情するだろうな?」
「……どういう意味……?」
「そのまんまの意味」
「何で僕がそんなこと……!?」
「ヤキモチ焼いてる顔、見たくないか?」
「え……? 顔……?」
「そうそう。不機嫌そうに少し口を尖らせてツンデレな感じで何か言ってる姿、かわいいと思うぜ」
「かわいい……」
哉斗は章弛の言葉を復唱し、その姿を想像してみた。少し顔を赤くさせて上目遣いで文句を言う姿。不機嫌そうだけどかわいさがある怒り方。
哉斗は「かわいい」と心の中で頷いた。
しかし。
「ケンカしたら、どうしよう……」
「そんなの気にするなって! 普段、哉斗の方がやきもきしてないか? 天夏ちゃんモテるから」
「そうだけど……」
「それならこれくらいの冗談、どうってことないって。少しは駆け引きっぽいことしないと!」
「う、うん……」
思わず首を縦に振った哉斗だが、一抹の不安を感じていた。ケンカだけはしたくない。
「哉斗?」
「え……?」
哉斗は我に返り、目の前にいる天夏と目を合わせた。天夏が不思議そうな顔をしている。
「ぼーっとして、何かあった?」
「ううん、何でも……!」
焦りながら昼食である味噌ラーメンを食べる。
終業式を終わらせた哉斗天夏と合流し、ショッピングモール内のフードコートで食事をしていた。
天夏に話を振る。
「明日から夏休みだね」
「そうね」
「天夏は夏休みに家族で熱海行くんだっけ?」
「ええ。でも、旅行気分じゃなくなると思うわ」
「どうして?」
「お兄ちゃんがいるから」
「ああ……」
天夏の言葉で意味を理解した哉斗。天夏の兄である冬也は妹たちのそばから片時も離れないほど、重度のシスコンだ。
「去年の沖縄旅行もその前の京都旅行も、ずぅーっと私と秋凪に付きっ切り。あっち行っちゃダメ、そっち行っちゃダメばっかりで疲れるわ」
「それは疲れるよね……でもそのおかげで旅行先では男の人に声掛けられないんでしょ?」
「そうね……そこは、感謝しないとね……」
複雑そうな表情を見せた天夏は残った蕎麦を平らげた。
「哉斗は旅行の予定とかあるの?」
「そういう予定はないよ」
問い掛けに答えた時、哉斗の脳裏に不意に章弛の言葉がよぎった。
『哉斗が女の子と遊ぶって聞いたらどういう表情するだろうな?』
言うなら今がチャンスだろうか。哉斗は決心する。
「……」
目線を落として何度か瞬きを繰り返した後、天夏を見た。
「章弛と遊ぶ約束したんだ……クラスの、女の子何人か誘って……」
「へぇ、珍しいわね」
天夏は少し驚いた表情をした後、席を立って空になった食器を返しに行く。
「……」
思っていた反応と違い、拍子抜けした哉斗は天夏を目で追い掛けた。
彼女の背中が遠くなっていく。
(……どーしよ……)
物理的に離れていく距離が、哉斗の心に罪悪感を芽生えさせる。
哉斗は天夏を視界から外し、目の前のラーメンに視線を落とす。
(天夏に、変なウソ言っちゃった……何でこんなこと言っちゃったんだろ……後悔しても遅いのにどうしよう……!?)
思い悩んでいると、天夏が席に戻って来た。早く謝らなくては。哉斗はおずおずと話し出す。
「……あ、天夏……」
「何?」
ただの返事なのに、反射的に体がビクついてしまう。
哉斗はゆっくりと言葉を吐き出す。
「……ごめん、さっきの、ウソ……」
「ええ、知ってるわ」
「そ、そうだよね、知ってるよね──えっ!?」
耳を疑った哉斗は天夏を二度見した。
目を丸くする哉斗を見て、天夏が笑う。
「いい加減自覚しなさいよ。ウソをつくのが下手だって」
「……バレてた……?」
「バレバレ。哉斗がウソをつく時は目線が下に下がって瞬きの回数が増えるのよ」
「そう、なんだ……」
哉斗はよく観察してるな、と感心すると同時に胸を撫で下ろした。
「章弛っていう友達に何か言われたんでしょ」
「ま、まあ……」
察しの良い天夏には頭が上がらないなと感じた。
対して天夏は、章弛のことを思い返していた。デートの最中に出会った、哉斗の友達。
「……あの人、この前街で会った時に何人もの女の子に囲まれていたけど、そういう感じの人?」
「まあそうだね……でも、すごく良い人だよ」
「わかってるわよ。哉斗が仲良くしてる人だもん、当たり前でしょ」
その言葉に哉斗は嬉しく思う。天夏が嫌う系統の人ではあるが、章弛には章弛の良いところがある。それを天夏に理解してもらうのは、時間が掛かることなのかもしれない。
「で、何でいきなりあんなこと言い出したの?」
突然、眼光を鋭くした天夏が問うてきた。
哉斗は少したじろぎながら答える。
「天夏の、ヤキモチ焼いた顔が……見たくて……」
「ヤキモチ焼いた顔?」
「うん……天夏がヤキモチ焼いてるところ、あんまり見ないから……」
「……それでケンカしたらどうするのよ」
「ごっ、ごもっともです……!」
哉斗は素早く頭を下げた。そして章弛に対して思う。僕には駆け引きなんて出来ないよと。
「だけど、少し妬いた」
「えっ……?」
恐る恐る頭を上げると、天夏と目が合った。
「ウソだってわかってたけど、イヤだなって思った」
そう話す天夏は恥ずかしげにほんのり頬を赤く染め、視線を逸らした。
想像とは少し違う反応。それがかわいくて思わず抱き締めたくなった哉斗だが、公共の場ということで我慢した。
「でも、もうその手のウソつかないでよ」
「はい。気を付けます」
微笑みながら言う哉斗は僅かに残ったラーメンを食べる。
「天夏だ!」
「?」
聞き慣れた声を耳にした二人は同時に声の方を向いた。そこに咲季と稜秩の姿がある。
咲季が笑顔で近寄って来た。
「ここでご飯食べてたんだね」
「ええ」
「哉斗くん、久しぶり!」
「久しぶりだね」
「哉斗、メガネに変えたのか?」
中学生の頃からコンタクトレンズを使用していることを知っている稜秩が、不思議そうに尋ねてきた。
「ううん、朝登校している途中でコンタクト落としちゃったんだ」
「ドジなところも変わらないな」
「僕はドジじゃないよ……!」
「そう否定する人が本当にドジな人なんだよなぁ」
(デジャブ……)
朝の章弛とのやり取りと同じ展開に、哉斗は苦笑いを浮かべる。
「咲季たちもここでご飯食べるの?」
「ううん、ご飯は別のところで食べてきた」
「咲季がパフェ食いたいって言ったからここに来たんだ」
「あ、この前食べたチェリーパフェ?」
「うん! 美味しかったからまた食べたくて。これから注文しに行くけど、天夏も行く?」
「ええ、行くわ」
天夏は立ち上がり、咲季と一緒に店へ行く。
「稜秩、座りなよ」
哉斗は二人を見送りつつ、近くで立っている稜秩にそう声を掛ける。
稜秩は少し驚いたような顔をした。
「いいのか? お前らデート中じゃないのか?」
「いいの、いいの。たまにはダブルデートで。きっと天夏も〝いい〟って言うと思うし」
隣にある椅子を引き、稜秩に座るように促す。
そこへ稜秩が「ありがとう」と言って腰掛けた。
「そっちの学校はどうだ?」
「楽しいよ。部活も順調だし」
「へぇ。テニスの強豪校なだけあって、部活厳しくないのか?」
「厳しいけど、指導もちゃんとしてくれるから平気。それから、たまに定時制のテニス部と練習もしてるよ」
そこまで話すと哉斗はラーメンのスープを飲み干し、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。
「哉斗の学校って定時制もあったんだっけ」
「うん、最初は怖かったけど……」
「何が怖かったんだ?」
「不良が沢山いるんじゃないかなって。僕、定時制=不良の溜まり場みたいな考えを持っててさ。実際にガラの悪い人もいたし。でも接してみると、すごく真面目だったり優しかったりして今は仲良くやってる」
「本当、楽しそうだな」
「うん!」
哉斗は満面の笑みで頷いた。実際、本当に楽しいと感じている。
中学生の時からテニス部に所属していた哉斗は「もっと強くなりたい」という理由で高校はテニスの強豪校である悠閑高校に行くことを決めていた。そのため、天夏たちとは違う高校に進学したのだ。
しばらく稜秩と会話を交わしていると、咲季と天夏がそれぞれのパフェをトレーに乗せて戻って来た。
「天夏のは、フルーツパフェ?」
「ええ」
天夏は彩り豊かなパフェにスプーンを伸ばす。イチゴにホイップクリームを絡め、口の中へ入れる。それを一口食べれば、天夏の顔は綻んだ。
「美味しい〜」
幸せそうにパフェを頬張る彼女を目の前に、哉斗は頰を緩ませる。
(やっぱり一番見たいのは、天夏の笑顔だなぁ)
心の中で呟きながら、目に焼き付けるように天夏の表情を見つめた。




