表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/123

色々スケッチ

 遠くから聞こえる騒がしい声を耳にしながら、咲季(さき)は美術室のドアを開けた。室内は静まり返っている。


(まだ誰も来てないんだ)


 思いながら電気も点けずに足を踏み入れ、自分のロッカーを開ける。そこからスケッチブックを取り出して、美術室を後にした。


 美術部は週五日の活動日のうち二日だけ美術室に部員全員が集まり、活動をしている。それ以外は教室外で絵を描いたり兼部している部活動に参加している人もいる。


 廊下を歩き、ふと窓の外を見た。

 風が青々とした葉を揺らし、黒いアゲハ蝶を連れて来た。蝶はヒラヒラと舞っているかと思えば、窓の近くに咲く花に止まった。その羽は太陽の光に照らされ、青緑色に輝いている。


「……」


 咲季(さき)は蝶から目を放さずにスクールバッグの中を(あさ)り、携帯電話を取り出した。カメラ機能を作動させる。レンズ越しでも変わらない美しさに見惚れつつ、シャッターを切った。


 夢中になって何枚か写真を撮っていると、蝶は飛び立っていった。

 しばらく目で追い掛けたが、風に煽られて不安定に舞う姿もやがて見えなくなった。


 視界に残る青空を見続ける咲季(さき)は唐突に思い立つ。


天夏(あまな)のところに行こう)


 携帯電話をスクールバッグに仕舞い、三階にある特別教室へ向かうため、階段を上り始める。


 特別教室は演劇部の活動場所だ。

 三階にやって来た咲季(さき)は廊下を少し歩き、複数の声が聞こえてくる教室の前に足を運ぶ。窓の外からちょこんと顔を出して、室内を覗く。


 演劇部の部員たちは発声練習をしていた。天夏(あまな)もそのうちの一人だ。真面目に練習に取り組んでいる。それを見る限り、咲季(さき)には気付いていない様子。


(今、裏方をやってるって聞いてたけど、発声練習はみんなでやるんだ)


 意外に思いながら咲季(さき)はスケッチブックを開き、真っ白な紙に天夏(あまな)の姿をスケッチする。


 天夏(あまな)の髪は黒く、艶があってサラサラしている。目は大きくて睫毛が長くて肌も綺麗で、毎日手入れをしているのがわかる。

 バーベキューの時は落ち着いた表情だったが、真剣な顔をする天夏(あまな)も良いなと咲季(さき)は思った。


(……出来た!)


 描き上げた絵と天夏(あまな)を交互に見、咲季(さき)はその出来栄えに満足する。


(次は、連朱(めあ)くんたちのところに行こう)


 そっと特別教室から離れ、先程の階段を使って一階へ下りた。

 真っ直ぐ続く長い廊下を歩き、弓道場の方へ向かう。近付くごとに、女の子たちの声が聞こえてくる。


(やっぱり、沢山いるなぁ)


 弓道場が見える廊下の窓辺に並ぶ女子生徒たちを見て、咲季(さき)は思う。皆の目当てはもちろん連朱(めあ)だ。同学年の子や先輩たちは、彼に熱い視線を送っている。


 咲季(さき)も、向かって左側にいる弓道部員たちを窓越しから見る。


(あ、瀬輝(ぜる)くんこれからやるんだ)


 瀬輝(ぜる)はぎこちなさが残る動作で射位(しゃい)に立ち、射法八節(しゃほうはっせつ)の一つ一つの行程を丁寧に行っている。真剣な面持ちで的を見つめるその表情を咲季(さき)は初めて見た。


 瀬輝(ぜる)が矢を放つ。

 放たれた矢は的の中心に程近い場所を射抜いた。


「すごい……」


 咲季(さき)は小さな声を洩らして、思わず拍手した。


 続いて本座で待機していた連朱(めあ)の番だ。

 連朱(めあ)も弓矢を構えた。その横顔は全ての者を魅了する。


 咲季(さき)は迷わずその姿をスケッチブックに描く。


 連朱(めあ)の顔のパーツは、バランスが良い上にそれぞれが整っている。キリッとした眉に、程よく吊り上がった目とそれを縁取るように目尻まで続く二重はとても絵になる。

 さらに、筋が通った鼻と健康的な血色をしている唇。そして太陽に映える金色の髪は鮮やかで、描くのが楽しいとさえ思えた。


 咲季(さき)連朱(めあ)から瀬輝(ぜる)に視線を移した。彼も、食い入るように連朱(めあ)を見ている。


連朱(めあ)くんを見てる瀬輝(ぜる)くんの顔、すごく良いな)


 新しいページに、瀬輝(ぜる)の姿を描き始める。


 瀬輝(ぜる)は大きな垂れ目と赤い髪が特徴的だ。その顔は幼く、女の子っぽいと咲季(さき)は思っている。連朱(めあ)稜秩(いち)と比べて体が細いせいか、余計にそう見えてしまうのだ。以前、面と向かって瀬輝(ぜる)に言ったら複雑そうな表情をしていた。

 スカートとかワンピースとか着たらきっと似合うだろうなと、咲季(さき)は一人で頷く。


 二人をスケッチし終え、その場を後にして稜秩(いち)のもとへ行こうと武道館を目指す。


 丁度、武道館と体育館の分岐点に来た時だ。


「ヤベッ!!」


 そんな声と共に開け放されていた体育館のドアから、バスケットボールが飛んで来た。ボールは壁に当たり、小さくバウンドしながら咲季(さき)の足下へ転がって来た。


 咲季(さき)はボールを拾い上げ、体育館へ近寄る。

 すると、男子バスケットボール部の一人が出て来た。雰囲気的に、年上。


「ボール……」


 ボールを持つ咲季(さき)を見た男子生徒は、思わず立ち止まった。そして直ぐ様、血相を変える。


采之宮(さいのみや)さん、ボール、当たってない!?」

「足下に転がってきただけなので当たってないですよ」

「そっか、良かった。びっくりしたよね。ごめんね!」

「いえ」


 咲季(さき)は笑顔で答えてボールを差し出した。


「部活、頑張ってください」

「……あっ……うん……ありがと……」


 ボールを受け取った男子生徒は体育館へと戻っていった。

 その背中を見つつ、咲季(さき)は「バスケ部はハードで大変なのかな?」と思った。何故なら、彼の顔が赤かったから。


(……あれ? でも何であの人、あたしの名前知ってたんだろ?……ま、いっか)


 特に気にすることなく、咲季(さき)は武道館へ行く。


 武道館では剣道部と柔道部が活動をしている。出入り口に近い場所で練習をする柔道部の邪魔にならないように壁際を歩き、剣道部の方へ向かう。そこに、稜秩(いち)の姿を見つけた。今は部員全員で素振りをしている。


 咲季(さき)は壁に凭れかかって座り、稜秩(いち)をスケッチする。動く度に揺れる銀色の髪はとても綺麗で、そこだけ別世界のように思えた。


 竹刀を手に、素振りのメニューを着々と(こな)していく姿は実物も絵も、どちらも凛々しい。


 描き上げた絵を満足げに見た後はスケッチブックを傍らに置き、面打ちを始める稜秩(いち)を見つめる。面の物見から見える瞳には、他の誰よりも熱意が()もっている。


城神(とがみ)くんって剣道強いよねー」

「そういう才能の持ち主なんだって!」

「きっと元から強いのよ!」


 近くで楽しそうに話す女子生徒たちを、咲季(さき)はちらっと見た。その胸の内は少し複雑だった。


 というのも、稜秩(いち)の剣道の強さは元からではないことを知っているからだ。

 稜秩(いち)は小さい頃から剣道をやってきたが、最初はずっと負け続けていた。それでも毎日沢山練習をして体を鍛えて、勝ち負けを繰り返してきたからこそ、今の──誰にも負けないくらいの強さになったのだ。もちろん、そこに才能もあってのことだ。


「……」


 咲季(さき)は女子生徒たちにそう伝えたいが、きっと「だから何?」と冷たく返されるだけだと思った。実際、小学生の時がそうだった。


(いっちーは努力家なんだ。何に対しても)


 掛かり稽古をする稜秩(いち)を見つめる咲季(さき)は心の中で呟きながら、小さい頃のことを一つ一つ思い出していた。





「──き……咲季(さき)

「……へっ……?」


 名前を呼ばれ顔を上げると、しゃがんで此方を見ている稜秩(いち)が目の前にいた。


「……いっちー、部活は?」

「もう終わった」


 気付けば稜秩(いち)は防具ではなく制服を身に付けている。


「ぼーっとしてたのか?」

「昔のこと思い出してた」


 答えた後、咲季(さき)は立ち上がった。稜秩(いち)も立ち上がる。


「行くか」

「うん。あ、その前に美術室に寄ってスケッチブック戻さないと」


 咲季(さき)は床に置いていたスケッチブックを手に取るり、稜秩(いち)と一緒に美術室へ向かう。


「今日は何スケッチしてたんだ?」

「部活をしてる天夏(あまな)連朱(めあ)くんと瀬輝(ぜる)くんといっちー」

「随分転々としたんだな」

「今日はみんなを描きたい気分だったんだー」


 話している途中、窓の外に咲く花を目にした咲季(さき)は蝶の写真のことを思い出した。


「そういえばさっき、この花に綺麗な蝶が止まってたんだよ!」


 咲季(さき)は立ち止まってスクールバッグから携帯電話を取り出すと、その写真を稜秩(いち)に見せた。


「すげー綺麗だな。アゲハ蝶か?」

「うん。何て言うアゲハ蝶かわかんないけど」

咲季(さき)ってこういう写真撮るの好きだよな」

「うん!」


 咲季(さき)は笑顔で頷いた。

 その携帯電話の写真フォルダの中にはもちろん稜秩(いち)天夏(あまな)たちと撮った写真も保存されているが、動植物や昆虫などの写真の割合が圧倒的に多い。本人曰く、撮りたいから撮っているだけ。


 そんな話をしていると美術室に辿り着いた。美術室は先程と同様、電気は点いていない。

 ドアを開ける音だけが響く。


 咲季(さき)は電気も点けず、スケッチブックを元の場所へ仕舞う。


「美術部って自由だよな」


 ドア付近に立つ稜秩(いち)の声はそこまで大きいものではなかったが、しっかり咲季(さき)の耳に届いた。


「先生がそれをモットーにしてるからね。おかげで色んなもの描けるから楽しいよ!」


 咲季(さき)はにこやかに笑ってロッカーのドアを閉めた。軽やかな足音を響かせて稜秩(いち)に駆け寄り、ドアを閉める。


 二人の足音と話し声は次第に遠くなり、美術室はまた静寂に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ