カッコつけなくても
ホームルーム終了のチャイムが鳴れば放課後が始まる。今日は演劇部の部活動はない。
「天夏、バイバイ!」
「うん、また明日」
天夏は部活動がある咲季たちに手を振って教室を出た。賑やかな廊下を歩くと色々な学年の人とすれ違う。
それに目もくれず進んで行くと、廊下の隅に集まっている先輩らしき数人の男子グループがいた。そのうちの一人と目が合う。
「憂浠さん、俺と付き合って!」
「これから彼氏とデートなので失礼します」
すれ違いざまに掛けられた言葉に、天夏は立ち止まることなく進行方向だけを見つめて冷たく言い放った。後ろで「性格キッツー」と笑う声が聞こえる。
天夏は心の中で静かに言い放つ。
(性格キツくて結構。軽い気持ちでああいうこと言う人にはあれで十分よ。真面目に取り合っても嫌な気持ちしか残らないし。でも真剣に想いを伝えてくる人には対等に接するわ。断るしかないけど……)
生徒玄関で靴を履き替えた天夏は携帯電話で時間を確認する。待ち合わせの時間までまだ余裕がある。ゆっくり行こうと校舎を出た。
校門の辺りがなんだか騒がしい気がする。
(何かあったのかしら?)
ちらっと見て、思わず二度見した。
「ちょっと……!」
慌てて門柱付近に佇む彼に駆け寄る。
「哉斗、何でここにいるの!? 待ち合わせ場所ここじゃないでしょ!?」
息を整えながら言うと、泉哉斗が照れ笑いを見せた。
「こういうの、ちょっと憧れてて。でもみんなにジロジロ見られて恥ずかしかった……」
「他校なんだから当たり前でしょ……まあいいわ。とりあえず行きましょう」
「うん」
二人は人目を気にしつつ歩き出した。
その足で向かったのは、ショッピングモールの中にあるゲームセンター。多種多様なゲーム機の音が重なって聞こえる。
そんな中、天夏はクレーンゲームの景品となっているぬいぐるみに目を奪われた。胸がキュンとなる。
(プレーリードッグ! かわいい……! でも、こういうぬいぐるみ獲るの苦手なのよね……)
50cmくらいのプレーリードッグのぬいぐるみは、クレーンゲーム機の中で横たわっている。つぶらな瞳で見つめてくる姿を天夏は見つめ返す。
それに気付いた哉斗は、リュックサックから財布を取り出した。
「僕に任せて!」
そう言って、哉斗は意気揚々とコイン投入口に百円玉を入れた。ジョイスティックでアームをコントロールし、ボタンを押してぬいぐるみを掴む。しかしアームの握力が弱く、柔らかいぬいぐるみはほんの少し浮いただけで、すぐに落ちてしまった。
「……もう一回!」
哉斗は再度、百円玉を入れた。だが結果は同じ。それが何度も続いた。
「哉斗、もういいわよ。別のものやろう」
「大丈夫だよ! あとちょっとだから!」
見兼ねた天夏の制止も虚しく、哉斗は笑顔でクレーンゲームを続けた。しかしぬいぐるみは、開口部に近付いたり遠ざかったりを繰り返す。
次第に手持ちの百円玉も少なくなり、底を突いた。
「……両替してくる!」
そう言い残してその場を離れる彼を、天夏は申し訳なさそうに目で追いかけた。
(もう諦めていいのに……)
思いながらふと、コントローラを目にした。そのプレイ回数が「1」と表示されている。アームは定位置に止まり、動いていない。
「まだ残ってるわよ!」
天夏の声は騒がしいゲーム機の音で掻き消された。
「……」
天夏は興味本位でコントローラに手を伸ばし、哉斗がやっていたようにジョイスティックでアームを動かし、ボタンでアームを下降させる。
(こうしたらどうかな……)
心が痛くなる方法だが、開口部に程近い場所にあるぬいぐるみの頭を片方のアームで押す。するとぬいぐるみのお尻が上がった。アームは何も掴まず上昇する。それに反して、ぬいぐるみは開口部に吸い込まれるように落ちた。
「……獲れた……」
呆然としながらぬいぐるみを取り出す。ふわふわとしていて、とても触り心地がよい。
「……獲れたの?」
両替から戻ってきた哉斗が、天夏の手にあるぬいぐるみを見て言った。
天夏は笑みを零す。
「獲れたのよ! 1回分残ってたからやってみたら獲れたの! 私、初めてクレーンゲームでぬいぐるみを……あっ……」
天夏は余計なことをしてしまったと気付いた。哉斗に獲らせてあげるのが一番なのに、なぜ自分で獲ってしまったのか。後悔が襲う。
「哉斗が獲ってくれるって言ってたのにごめん! それに、哉斗のお金なのに勝手なことしちゃった……」
「いいんだよ。それより、1回で獲れたのすごいね!」
「哉斗が何回もやってたから、そのおかげよ」
「よし! じゃあ、僕ももう1回やろう!」
「……えっ?」
思わぬ言葉に天夏はきょとんとする。
「天夏が持ってるの見てたら、僕も欲しくなっちゃった」
そうして哉斗は店員にぬいぐるみを補充してもらい、天夏と同じそれをゲットしようと奮闘した。
「……」
フードコートの一角の席に座り、哉斗は青ざめた顔で財布の中を見つめる。
その彼を、向かいの席に座って見ている天夏。声を掛けずにはいられない。
「哉斗、お金大丈夫……?」
「ははっ……! 大丈夫……じゃないかも……」
哉斗の声は次第に小さくなっていく。顔も引き攣っている。
天夏は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(そうよね……私のも合わせて六千円くらい使ったんだから結構大きい金額よね……)
「でもほら、そのおかげでまた獲れたし!」
にこやかな表情で哉斗が自力で獲ったぬいぐるみを見せてきた。だが、すぐに肩を落とす。
「でも、それでジュースを天夏に奢ってもらうことになるなんてカッコ悪いよね……ごめん……」
「気にしないで。これ以上お金使わせられないもの」
へこむ哉斗に天夏は優しく言った。ちゃんと止めるべきだったと反省しつつ、ココアを飲む。
「僕、ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん」
哉斗は立ち上がり、トイレがある方へと歩き出した。
それを見送った後、天夏は哉斗が獲ってくれたぬいぐるみに目を落とす。
哉斗はいつもあんな感じだ。天夏にカッコ良いところ見せたくて色々やってくれるが、どこかで空回りしてしまい落ち込むことが多い。
(別にカッコつけなくてもそのままでいいのに。しばらくはお金を使わないデートした方がいいわよね……)
「ねぇキミ、仄和高校の子だよね?」
すぐ近くで聞こえた声に天夏は顔を上げる。他校の男子生徒三人が自分を見ていた。
「……」
しかし問い掛けには答えず、そばに置いてあった携帯電話を弄り始める。
三人のうちの一人が話掛けてくる。
「あ、そのぬいぐるみってゲーセンにあったやつだよね? 自分で獲ったの?」
「……」
「つーか、俺らとどっか行こうよ。こんなところにいてもつまんないでしょ?」
「……」
「ねぇ」
「なぁもう行こうぜ。相手にされてないんだからさ」
「……チッ」
仲間に促された男子生徒は舌打ちをして、天夏が座っているイスを蹴った。
「性悪女」
去り際に吐き捨てられた言葉。それを耳にした天夏の手に力が入る。
(何よ、あいつ……)
苛立ちを感じながら、天夏はスッと立ち上がった。
「……」
戻ってきた哉斗は呆然としていた。目の前にはいちごパフェやチョコレートパフェなど様々なパフェが並び、それを天夏が一心不乱に食べているのだから。
「……僕がトイレ行ってる間に何があったの……?」
「ムカつくことよ! 相手にされないからってやっていいことと悪いことってあるのよ!!」
「あー……ナンパされた、とか?」
「そーよ! いつも通り無視したけど! そうしたら舌打ちして私が座ってるイスを蹴って小声で『性悪女』って言ったのよ! どう思う!? 初対面なのに『性悪女』って!! 私の何知ってんのよ!? ココアぶっかけてやればよかった!! お店に迷惑掛かるからしないけど!! 男としてって言う前に、人間性を疑うわ!!」
早口で捲し立て、パフェを食べ続ける天夏。
目の前にいる哉斗は苦笑いを浮かべる。
「まずは食べるかしゃべるか、どっちかにしよ……?」
「……」
落ち着かせるように哉斗が静かに指摘すると、天夏は黙々とパフェを食べ進める。そのスピードは凄まじいもので、食べているというより流し込んでいるという表現が適している。
その為、天夏はあっという間にパフェを完食した。
「……満足した?」
「ええ」
先程の剣幕はどこへ行ったのか。天夏は清々しい笑顔で頷いた。しかし空になったパフェグラスを目の当たりにし、その表情が曇る。
「怒りに任せてドカ食いしちゃった……」
天夏は頭を抱えて空のパフェグラス9個を見つめる。
(私何やってるんだろ……何も考えないで目に付いたもの片っ端から注文してたからこんなに食べちゃった……パフェってカロリー高いのに……! また太る……!!)
「……天夏は、どんな時でも天夏だよ」
「え……?」
パフェグラスから哉斗に視線を移す。哉斗は少し恥ずかしげな顔をしている。
「……心の中読めるの?」
「何となくだよ……!? 何となく、天夏が体型のこと気にしてる感じだったから……!」
「実際に100kg超えたおデブになっても同じこと言える?」
「もちろん!」
「骨と皮だけになっても?」
「寧ろ、骨だけになっても同じこと言えるよ!」
「……それはちょっと……」
「え゛っ……」
あからさまにショックを受けた哉斗は項垂れた。
その様子がおかしくて、天夏は吹き出す。
哉斗は出会った時から予想もしない言動が多く、反応もおもしろい。天夏は哉斗のそんなところが好きなのだ。
一通り笑い、天夏は身の回りを片付け始める。
「そろそろ行きましょう」
「そうだね」
「今日は遠回りして帰るわよ」
「いいよ」
哉斗も手伝ってパフェグラスを下げ、ショッピングモールを後にする。
二人は手を繋いで、交通量の多い国道沿いの歩道を歩いていた。
「──それで瀬輝と連朱が余計なこと言ったから稜秩の仕返しが始まったのよ」
「稜秩も相変わらずだね。同情するよ……」
中学生の頃、稜秩に度々弄られていた過去を持つ哉斗は苦笑いを浮かべる。しかし、稜秩は哉斗たちが嫌がることはしなかったので、全く苦ではなかった。
その視線の先──通り過ぎようとしていた横断歩道橋の階段に足を掛けている老婆がいた。その両手には沢山の荷物がある。
「お婆さん、手伝います!」
咄嗟に哉斗が老婆に声を掛けた。
「そうかい? 助かるよ」
振り返った老婆は嬉しそうに哉斗を見た。
哉斗は老婆の荷物を持ち、天夏は老婆が転倒しないようにペースを合わせながら後ろからついて行く。
たまに談笑しながら橋を渡り、反対側の歩道へ着いた。
「ありがとうね」
老婆は目尻にシワを寄せてにっこり笑った。
「いえいえ」
哉斗は老婆にゆっくりと荷物を渡す。
「そうだ。お礼と言ってはなんだけど……」
老婆は袋を漁り、スナック菓子一袋を二人に差し出した。
「どうぞ」
「いえ、そんな……!」
「お気持ちだけでいいですよ……!」
「見ず知らずの婆さんを助けてくれたんだ。これくらいしか出来ないけど、受け取っておくれ」
「……」
天夏と哉斗は一瞬、互いに顔を見合わせた。
「では、お言葉に甘えて……」
遠慮がちに哉斗がスナック菓子の袋をそっと受け取る。
「本当、ありがとうね」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」
二人の言葉を聞いてから、老婆は軽く頭を下げて歩き出した。
その背中を見送り、天夏と哉斗も歩き出す。
「哉斗はすごいね」
「えっ?」
「ああいうこと、率先して出来るんだもん」
「何か放って置けなくてさ……『手を貸さなきゃ!』って思うんだ」
「そういうところ、カッコ良いわよ」
「えっ……!」
素直にそう伝えると、哉斗の顔が赤くなった。
「カッ、カッコ良い……?」
「ええ。すごくカッコ良いわ」
天夏は優しく笑いかけ、哉斗の手を握った。温かくて心地よい体温が伝わってくる。
「哉斗は私の自慢の彼氏よ!」
「ど、どうしたの!? いきなり、そんな……!!」
「思ったことを口にしただけよ」
すると天夏は、哉斗と目を合わせた。
「これからも、よろしくね」
「うん……」
真っ赤に染まった顔で頷いて手を握り返してくる。その哉斗の行動が嬉しくて、天夏は微笑んだ。