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2月14日

 咲季(さき)はテーブルの上に置いた折り畳み式の鏡の前で、メイクの練習をしていた。今はアイメイクの途中。アイホールに明るいオレンジ色のアイシャドウを載せた後、目の(きわ)に同じ色を重ねた。色の境目をなくすため、人差し指でアイシャドウをぼかす。綺麗なグラデーションが出来た。

 最後に、淡いピンク色のチークを頬にそっと塗る。


「……出来た!」


 声を弾ませ、鏡に映る自分を見つめて表情を緩める。自力でメイクをした中で、上位に来るほどの仕上がりだった。


 咲季(さき)がメイクに興味を持ち始めたのは、年が明けて数日が経った頃。テレビで放送されていた「今年流行るメイク特集」を何となく観ていると、文化祭の時にメイクをしてもらった記憶が蘇った。それが、自分でもメイクをやってみようという思いを起こさせたのだ。

 動画投稿サイトを観て真似をしてみたり、天夏(あまな)や母からやり方を教わったりと、色々試していた。


「早くいっちーに見せたいな」


 稜秩(いち)には、まだ練習の成果を見せていない。特別な日にメイクもオシャレもして、彼を驚かせたいと考えているからだ。

 それは明日──二月十四日が決行日。平日ではあるが、今月から三年生は自由登校期間に入っているため、朝から出掛けられる。二人だけで街へ行き、バレンタインデーのプレゼントを選ぶ約束をしていた。


「あ、そうだ。明日は天夏(あまな)とやった時みたいに髪巻いて行こう! 服も選ばなきゃ!」


 閃いた咲季(さき)は明日着ていく服を決める。クローゼットを開け、服を一着ずつ手に取ってどれにしようかと悩んだ。





 翌日。

 いつも結っている髪はカールアイロンでミックス巻きに、顔には昨日練習していたナチュラルメイクを施した。服装は熟考した結果、上半身は白色、腰から下は臙脂(えんじ)色の冬用のワンピースとなった。


「今日は一段と可愛いわね」

「ありがとう」


 母の言葉に咲季(さき)はにっこりと微笑んだ。

 もうすぐ稜秩(いち)が迎えに来る時間。紺色のピーコートを羽織る。すると、家の呼び鈴が鳴った。インターホンのモニターを確認する咲季(さき)の胸が高鳴る。


「いってきます!」


 ショルダーバッグを掴み、母に声を掛けた。優しい声音の「いってらっしゃい」を耳にしながら小走りで玄関へ向かう。バッグを肩に掛けて靴を履き、勢いよくドアを開けた。

 玄関先には、今一番会いたい人。


「おはよう!」

「お、はよ」


 彼に駆け寄るのと同時に、飛び切り明るい挨拶をする。

 少々ぎこちない返事をした稜秩(いち)が目を見開いていた。

 咲季(さき)は微笑んだまま、青い瞳を見つめる。


「今日は化粧もしてるのか」

「うん。今年の初め辺りからちょこちょこ練習してて。いっちーには今日見せたいなって思ってずっと内緒にしてたの」

「そうか」


 稜秩(いち)は一言呟くと、何も言わずに再度見つめてきた。


「変、かな……?」

「いいや、すげー似合ってる。可愛い」


 微笑みと言葉は、咲季(さき)の体温を一気に上昇させた。

 期待していた反応を実際に目の当たりにすると、どぎまぎしてしまう。咲季(さき)は咄嗟にショルダーバッグで顔を隠した。

 一瞬目を丸くした稜秩(いち)の口角が上がる。


「どうした? 恥ずかしいのか?」

「……」


 問われた咲季(さき)はバッグを目元まで下ろし、小さく二回頷いた。彼を直視出来ず、節目がちになる。

 すると、突然その場にしゃがんだ稜秩(いち)と視線がぶつかった。


「もっとちゃんと見たいんだけど」

「……」


 即座に目を逸らした咲季(さき)だが、ゆっくりとバッグを下ろした。真っ赤に染まった顔も(あらわ)になる。


「うん、可愛い」

「……えへ」


 咲季(さき)は二度目の褒め言葉に口元を緩ませた。じっとしていられず、稜秩(いち)の手を引いて歩き出す。


「行こ!」

「そうだな」


 手を繋いだまま、二人は出発した。


 足を運んだ場所はショッピングモール。今日の目的は、バレンタインのプレゼントを買うこと。毎年交互にプレゼントを贈り合っている二人だが、今年は稜秩(いち)が欲しいものを一緒に選ぶことになっている。


「いっちーが欲しいものは実用品だよね?」

「ああ。特に『これ』って思えるものが浮かんでないから、漠然としてるけど」

「あれこれ悩んでる時間も楽しいからいいんだよ」


 二人がまず向かったのは文具店。専門学校でも使うであろうノートやペンを見ていく。しかし、気に入るものが見つからない。

 アパレルショップや本屋にも行ってみたが、同様だった。ここまで色々回って欲しいものに出会わないのは珍しいなと、稜秩(いち)はひっそりと苦笑いを浮かべる。

 いっそのことご飯を奢ってもらうとか、そういうのもいいかもしれないと考えながら雑貨屋の商品を見ていると、棚に置かれたポーチが目に入った。

 どうやらそれはメイクポーチのようだった。


「……咲季(さき)って、こういうメイクポーチ使ってんの?」

「ううん。あたしはねー……これ使ってる」


 咲季(さき)はショルダーバッグから、横に長い長方形のピンク色のポーチを取り出した。デフォルメされたうさぎのイラストが全体に散りばめられたそれは、彼女が小学生の時から使っているもの。稜秩(いち)も何度か目にしているポーチだ。


「そうなのか」

「うん。いっちーもポーチ欲しいの?」

「あー、いや、何となく聞いただけ」

「そっか」


 咲季(さき)は特に気にすることなく、ポーチをバッグにしまった。


「いっちー、あたしちょっとお手洗いに行ってくる」

「ん、わかった。俺はこの辺で待ってるから」

「うん」


 店を後にしてレストルームへ向かう咲季(さき)を見送った稜秩(いち)は、メイクポーチに視線を戻す。この中のどれかを、咲季(さき)へのプレゼントにしようと考えていた。今日ではなく、別の日に贈るものとして。


「……どれがいいのか分からねぇ……」


 デザイン重視であれば候補はいくつかあるのだが、機能性に重きを置くとすれば途端に判断に迷う。メイクに関しての知識があまりない稜秩(いち)にとって、かなりの時間が必要な選択だった。咲季(さき)が戻ってくるまでに決められる自信はない。


 しばらく商品を見つめていたが、ある程度調べてから日を改めて買いに来ることにした。

 そうして、ゆっくり移動しながら他の商品を見ていく。可愛らしいクッションやぬいぐるみが並んでいた。


「こっちも似合うよね!」


 楽しげな女性の声が耳に入ってきた。稜秩(いち)は何気なく声がした方へ視線を向ける。帽子売り場に、二十代くらいのカップルと思しき男女二人がいた。女性が男性に似合う帽子を選んでいる様子。

 仲睦まじい光景だなと思う稜秩(いち)の目は、不意に二人の右手を捉えた。それぞれの薬指には、同じデザインの指輪が嵌められている。


(これだ……!)


 彼らの仲の良さを象徴しているペアグッズを思わず凝視する。不審に思われそうな行動だが、稜秩(いち)にはそんなことを考える暇はなかった。



 レストルームで手を洗う咲季(さき)は、目の前の鏡に映る自分を見る。ヘアスタイルもメイクも、今のところ崩れてはいない。

 いつもよりオシャレな容姿は、改めて心をワクワクとさせた。


 足取り軽く稜秩(いち)のもとへ戻る。どんな場所にいても、高身長の彼を見つけるのは容易い。迷いなく向かう。


「お待たせ」

「おう、おかえり」


 振り返った稜秩(いち)の表情は晴れ晴れとしていた。何かを見つけたのだろうと、聞いてみる。


「欲しいもの決まったの?」

「ああ。ペアリングが良いなって思って」


 予想通りの反応だった。咲季(さき)は微笑む。


「ペアリングいいね!」


 二人はアクセサリーコーナーに足を運んだ。小物入れやリングトレイに陳列された指輪を見ていく。

 その中の一組が、咲季(さき)の興味を引いた。アクセサリー台紙に固定された、サイズが異なる青色のペアリング。


「あっ──」

「これ良いな」


 同時に声を発した二人の手が、同じものに触れた。互いに視線を交わす。


「……」


 会話もなく見つめ合った後、どちらからともなく微笑んだ。


「決まりだな」

「うん!」


 咲季(さき)はフックに掛けられていたペアリングを手に取り、レジへ向かった。会計の順番待ちをしている最中に、指輪をまじまじと見る。装飾や模様がないシンプルなものだが、綺麗な青色が心を惹きつけた。



 店を後にした二人は近くのベンチに腰掛けた。

 早速、指輪を嵌める。

 咲季(さき)は、右手の薬指にピッタリと収まった指輪を見つめた。それは光の加減によって深い青、薄い青と様々な表情を見せた。

 隣に座る稜秩(いち)の右手に目を向ける。自分のより少し大きい指輪も、薬指にあった。ペアグッズを身につけるのは今回が初めてではない。しかし、同じものが同じ場所にある喜びが、心を躍らせた。


「ペアリング良いね」

「ああ」


 咲季(さき)は良い買い物をしたと、再び自身の薬指を見る。


「この後は何かやりたいとか行きたいところとかあるか?」

「あたしが決めていいの?」


 顔を上げて稜秩(いち)を見ると、微笑みが返ってきた。


「もちろん」

「そうだなぁ……せっかくオシャレしたから、プリクラ撮りたい!」

「じゃ、ゲーセン行くか」

「うん!」


 二人はベンチから立ち上がり、ゲームセンターへ向かう。

 道中、咲季(さき)はスキップをするように弾んで歩いた。

 その様子を隣で見ている稜秩(いち)は、来年のバレンタインも同じように二人でプレゼントを選べたらいいなと思っていた。

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