表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/123

五人で過ごす放課後

 学校に登校した天夏(あまな)は、昇降口で靴を履き替えた。自身の靴箱にシューズを入れ、教室へ向かおうとする。不意に、近くの壁に設けられた掲示板が目に入った。そこには、卒業式までの日数がカウントダウン形式で張り出されている。

 その日までまだ三十日以上もある。しかし、来月の二月はほとんど登校しないので学校で過ごすのは残り僅か。


(みんなと一緒にいられるのも、あとちょっとかぁ……)


 心の中でぽつりと呟く。寂しさが少し顔を出した。


(小学校や中学校の時とは違うものね)

天夏(あまな)、おはよ!」


 後方から明るい声が挨拶をしてきた。天夏(あまな)は口元に笑みを浮かべて振り返る。咲季(さき)稜秩(いち)がいた。


「おはよ」

「何見てるの?」

「ん? 掲示板。みんなといられるのもあと少しなんだなって思って」

「来月は登校する日が片手で数えられるくらいだしな」

「そうなのよね」


 三人は話しながら歩き出す。

 廊下を進むと中庭が見えた。そこに連朱(めあ)瀬輝(ぜる)の姿がある。二人は白い息を吐きながら、何かを食べているようだった。

 気になった三人は揃って中庭に出た。ふわりと、中華料理の香りが漂ってくる。


「二人とも何してるの?」

「マーボーナスまん食ってんの」


 天夏(あまな)が問うと、口の中を空にした瀬輝(ぜる)が中華まんを見せてきた。心なしか、手元が震えている。

 白い湯気を立たせているそれは、この季節にコンビニで販売されているものだった。


「昨日から売ってるやつか」

「そう」

「二人とも震えてるわよ」

「こんな寒空の下だからな」

「でも教室で食べたら匂いがね……」


 連朱(めあ)の苦笑いに三人は納得する。

 すると、咲季(さき)が興味深そうに中華まんを見た。


「美味しい?」

「美味いよ。また放課後に先輩と買いに行くつもり」

「あたしも行きたい!」

「いいよ。先輩もいいですよね?」

「うん、もちろん」


 突然のことだが、二人は快く受け入れた。加えて稜秩(いち)も「行く」と言い出した。異論を唱える者はいない。

 すると、咲季(さき)の視線が天夏(あまな)に向いた。


天夏(あまな)も行こうよ!」


 屈託のない笑みはすぐに答えを出させた。天夏(あまな)は間を置かずに頷く。


「行くわ」


 返答すると、咲季(さき)の表情は喜び一色になる。

 それを目にした天夏(あまな)は、気持ちが華やぐのを感じていた。特に今日は、四人と一緒にいたい想いが強い。こんな風に思うのは初めてかもしれないと、少し驚いた。





 放課後。

 五人は、学校から少し離れたコンビニに向かった。連朱(めあ)を除く四人は、店の脇の壁沿いに設置されたベンチに横並びで座る。

 しばらくすると、人数分のマーボーナスまんを購入してきた連朱(めあ)がやってきた。


「はい」

「ありがとう」


 天夏(あまな)は、取り出しやすいように袋を開けてくれている彼に礼を言い、中華まんを一つ取った。じんわりと温かさが手に伝わる。


「いただきまーす」


 ほぼ同時に全員が中華まんを口にした。小さく切られた茄子や人参とともに、程よい辛さが口の中に広がる。


「美味しい」

「だろ?」


 天夏(あまな)が言葉を漏らすと、左隣に座る瀬輝(ぜる)が得意げな笑みを見せた。


「こういう寒い時にちょうどいいよね」

「そうね」


 右隣にいる咲季(さき)に相槌を打ち、また食べる。

 そうしながら、天夏(あまな)は控えめに左右に視線を向けた。左側には瀬輝(ぜる)連朱(めあ)、右側には咲季(さき)稜秩(いち)がいる。

 そして、同じものを同じ場所で同じように食べている。目に映る光景が、心を躍らせた。


「ふふっ」と小さく笑い、中華まんを頬張る。よく知っている味は、いつもより美味しかった。



 それぞれ食べ終わり、この場を後にしようとなった時、瀬輝(ぜる)が声を上げた。


「なぁ、もうちょっと遊ばね?」

「別にいいけど」


 天夏(あまな)を筆頭に、反対する人はいなかった。


「どこで遊ぼうか」

瀬輝(ぜる)くんはどこか行きたい場所ある?」

「場所はここっていうところはないけど、体動かしたい気分」

「それなら、霜月(しもつき)体育館で運動するのはどう?」


 天夏(あまな)は思いついたことを口にした。霜月体育館は、今いるコンビニから徒歩五分ほどの場所にある総合運動施設。


「そっか、その手があったか!」


 思わぬ提案に瀬輝(ぜる)は膝を打った。

 一同は荷物をまとめ、目的地へと向かう。

 天夏(あまな)は、隣を歩く咲季(さき)にこっそりと声をかけた。


咲季(さき)、ありがとうね」

「え、何が?」


 きょとんとした顔が見つめてくる。脈絡もなく礼を言われたら、そうなってしまうのも無理はない。

 笑みを絶やさず、言葉の続きを口にする。


「私も誘ってくれたことよ。思い出が増えたわ」


 伝えると、咲季(さき)の顔にも笑みが浮かんだ。


「うん!」


 二人は視線を交わらせて笑い合う。

 彼女たちのやりとりを、後ろを歩いている稜秩(いち)が微笑みながら聞いていた。



 体育館に着き、シューズやバドミントンのラケットなどを借りて体育室へ向かった。そこには誰もおらず、貸し切り状態。


「早速やるかー!」


 既にバドミントンのネットがいくつか張られている室内に、瀬輝(ぜる)の張り切った声が響く。

 チームはじゃんけんで決めることになった。結果、天夏(あまな)連朱(めあ)咲季(さき)瀬輝(ぜる)という組み合わせになり、審判は稜秩(いち)が務める。


「じゃあ、先に10点取った方が勝ちな。で、勝ったチームは俺と勝負」

「え、いっちー、一人でやるの?」

「そのつもり」


 稜秩(いち)は口角を上げて頷く。どこか余裕のある表情だった。体格差を考えれば妥当かと、四人は同時に思う。


 そして、ゲームが始まった。

 最初こそは天夏(あまな)のチームがポイントを獲得していたが、次第に形勢が逆転していく。

 最終的には、7対10で咲季(さき)たちが勝利した。


「あー、いい感じだったのに〜……」

「最後の追い上げには参ったね」


 天夏(あまな)連朱(めあ)は、肩で息をしながら悔しさを見せる。

 数分間休憩した後、次のゲームに移った。宣言通り、稜秩(いち)は一人で挑んでいる。


稜秩(いち)、また点数取った。意外と容赦ないわね)


 連朱(めあ)とともに審判を務める天夏(あまな)は、予想外のことに目を丸くする。対戦相手に咲季(さき)がいるのだが、見る限り手加減はしていない。2対1だからだろうかと、何となく思う。


「みんな、楽しそうだよね」


 三人のラリーを見ていると、連朱(めあ)の穏やかな声が耳に入った。微笑む横顔をちらりと視界に捉える。


「ええ。本当楽しそう」


 つられるように笑う天夏(あまな)は、またコートに目を向けた。稜秩(いち)が打ったシャトルが、弧を描いてネットの向こう側の後方に飛んでいく。それを瀬輝(ぜる)が打ち返した。


(あ、そうだ。動画撮って秋凪(あきな)に見せよう)


 天夏(あまな)はスカートのポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させる。動画モードにして瀬輝(ぜる)にレンズを向け、撮影を開始した。


 ちょうど、飛んできたシャトルを瀬輝(ぜる)が打つところ。しかし、振ったラケットはシャトルには当たらず、ヒュンッという空振りの音がした。


「空振った!」


 慌てる声の直後、瀬輝(ぜる)の足元にシャトルが落ちた。


(タイミングが良いのか悪いのか……)


 動画を撮りながら、天夏(あまな)は苦笑いを浮かべる。撮影を始めた直後にこんなシーンが撮れるとは思いもよらなかった。


(まあ、いいわ。そういうところも秋凪(あきな)好きそうだし)


 とりあえず動画を保存し、点数を数える。そうしながら時折、瀬輝(ぜる)の様子を撮影した。


 そして、試合は9対9と良い勝負となった。両チーム互角の戦いの中、稜秩(いち)が打ったシャトルが咲季(さき)たちのコートラインギリギリに打ち込まれる。


「あ゛ー負けたぁー!」


 息を切らした瀬輝(ぜる)は、頭を抱えてその場にしゃがんだ。


稜秩(いち)は全然手加減なかったわね」

「遊びとはいえスポーツだからな。しかも2対1だし」


 顔の汗を手で拭う稜秩(いち)は、まだ余裕そうだった。

 五人はコートの横に座り、休憩する。

 事前に買っていたジュースを飲んでいる瀬輝(ぜる)に、天夏(あまな)が声を掛けた。


瀬輝(ぜる)の動画撮ったから」

「え、俺だけ? 何で?」

「さて、何故でしょう?」


 天夏(あまな)は微笑んで小首を傾げる。

 その仕草は瀬輝(ぜる)の胸を僅かにときめかせた。直後、彼女とそっくりな顔が頭に浮かぶ。


「……秋凪(あきな)ちゃんに見せるためか」

「正解」


 思いの外、早く答えを導き出した瀬輝(ぜる)天夏(あまな)は満面の笑みを見せる。


「カッコいいところだよな?」

「カッコいいかは分からないけど、空振りしたところはちゃんと撮れたわよ」

「思いっきりカッコ悪いじゃねぇか!」


 すると、瀬輝(ぜる)はラケットを手にした。


「撮り直しだ。見せるなら、ちゃんとカッコいいところを収めてくれなきゃ困る」

「はいはい」

「先輩、もう一戦お願いしてもいいですか?」

「いいよ」


 連朱(めあ)は二つ返事で受け入れた。今回は、瀬輝(ぜる)が1点入れるまで続けることになった。

 彼らがコートに向かっている中、天夏(あまな)は携帯電話を操作して撮影の準備をする。


天夏(あまな)ー、カメラの用意はいいかー?」

「いつでもいいわよ」

「よし。先輩、本気でお願いします!」

「うん!」


 瀬輝(ぜる)はサーブを打つ姿勢になった。左手に持ったシャトルを離すと同時に、ラケットを下から上へスイングする。

 シャトルは放物線を描いた。しかしネットに引っかかってしまい、自身のコート内に落ちた。


「初っ端からかよ」

「うるせ!」


 顔を赤くする瀬輝(ぜる)は、稜秩(いち)に噛み付くように言い放った。

 そのやりとりも撮影しながら、天夏(あまな)は「これも秋凪(あきな)に見せよう」と密かに思う。


 今度は連朱(めあ)がサーブを打った。ラリーがしばらく続き、一定のテンポでシャトルがコートを行き来する。


「息が合ってるね」

「さすがだな」


 咲季(さき)稜秩(いち)が言葉を交わしていると、急に流れが変わった。

 瀬輝(ぜる)が、シャトルを叩きつけるように打ち込んだ。それは勢いよく向かいのコートに入った。


「あ、すごい」


 撮影している天夏(あまな)も思わず声が漏れる。

 隣の咲季(さき)が拍手をした。


瀬輝(ぜる)くん、今のすごかったね!」

「まあな」

「これでサーブでネットに引っかかったのは帳消しだな」

「それ言うなって!」

「スマッシュの仕方カッコよかったよ」

「あ、ありがとうございます!」


 三人の言葉にリアクションしていく瀬輝(ぜる)を最後に映し、天夏(あまな)は撮影を終わらせた。


天夏(あまな)、ちゃんと撮れたか?」

「ええ。ばっちり」


 そう伝えると瀬輝(ぜる)は満足げな表情を見せた。

 すると、二人のラリーを見ていた咲季(さき)がラケットを手にした。


「いっちー、あたしたちもやろう!」

「いいよ」


 やる気に満ちた彼女の誘いに稜秩(いち)は即応した。咲季(さき)がサーブを打つ。山なりに飛んだシャトルは軽々とネットを越え、稜秩(いち)のラケットで打ち返された。

 穏やかに続くラリーの模様を、天夏(あまな)が動画で記録している。


稜秩(いち)の顔、さっきより優しくないですか?」

「そりゃあ、相手が咲季()()だからね」

「俺がいる時もあんな感じだったらよかったのに……」

「本気モードだったから気迫がすごかったもんね」


 瀬輝(ぜる)連朱(めあ)が控えめな声で会話をする。当然、その隣にいる天夏(あまな)は全て聞いていた。


(動画にも声入ってそうだけど、まあいっか。稜秩(いち)には見せなければいいだけだし)


 あまり深く考えず、携帯電話の画面越しの二人に視線を注ぐ。そこだけが別世界のように、コート内は優しい雰囲気に包まれていた。自然と心が和む。

 しかし、一瞬だけ鋭くなった青い瞳がこちら側に向いたことに、気付く者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ