五人で過ごす放課後
学校に登校した天夏は、昇降口で靴を履き替えた。自身の靴箱にシューズを入れ、教室へ向かおうとする。不意に、近くの壁に設けられた掲示板が目に入った。そこには、卒業式までの日数がカウントダウン形式で張り出されている。
その日までまだ三十日以上もある。しかし、来月の二月はほとんど登校しないので学校で過ごすのは残り僅か。
(みんなと一緒にいられるのも、あとちょっとかぁ……)
心の中でぽつりと呟く。寂しさが少し顔を出した。
(小学校や中学校の時とは違うものね)
「天夏、おはよ!」
後方から明るい声が挨拶をしてきた。天夏は口元に笑みを浮かべて振り返る。咲季と稜秩がいた。
「おはよ」
「何見てるの?」
「ん? 掲示板。みんなといられるのもあと少しなんだなって思って」
「来月は登校する日が片手で数えられるくらいだしな」
「そうなのよね」
三人は話しながら歩き出す。
廊下を進むと中庭が見えた。そこに連朱と瀬輝の姿がある。二人は白い息を吐きながら、何かを食べているようだった。
気になった三人は揃って中庭に出た。ふわりと、中華料理の香りが漂ってくる。
「二人とも何してるの?」
「マーボーナスまん食ってんの」
天夏が問うと、口の中を空にした瀬輝が中華まんを見せてきた。心なしか、手元が震えている。
白い湯気を立たせているそれは、この季節にコンビニで販売されているものだった。
「昨日から売ってるやつか」
「そう」
「二人とも震えてるわよ」
「こんな寒空の下だからな」
「でも教室で食べたら匂いがね……」
連朱の苦笑いに三人は納得する。
すると、咲季が興味深そうに中華まんを見た。
「美味しい?」
「美味いよ。また放課後に先輩と買いに行くつもり」
「あたしも行きたい!」
「いいよ。先輩もいいですよね?」
「うん、もちろん」
突然のことだが、二人は快く受け入れた。加えて稜秩も「行く」と言い出した。異論を唱える者はいない。
すると、咲季の視線が天夏に向いた。
「天夏も行こうよ!」
屈託のない笑みはすぐに答えを出させた。天夏は間を置かずに頷く。
「行くわ」
返答すると、咲季の表情は喜び一色になる。
それを目にした天夏は、気持ちが華やぐのを感じていた。特に今日は、四人と一緒にいたい想いが強い。こんな風に思うのは初めてかもしれないと、少し驚いた。
放課後。
五人は、学校から少し離れたコンビニに向かった。連朱を除く四人は、店の脇の壁沿いに設置されたベンチに横並びで座る。
しばらくすると、人数分のマーボーナスまんを購入してきた連朱がやってきた。
「はい」
「ありがとう」
天夏は、取り出しやすいように袋を開けてくれている彼に礼を言い、中華まんを一つ取った。じんわりと温かさが手に伝わる。
「いただきまーす」
ほぼ同時に全員が中華まんを口にした。小さく切られた茄子や人参とともに、程よい辛さが口の中に広がる。
「美味しい」
「だろ?」
天夏が言葉を漏らすと、左隣に座る瀬輝が得意げな笑みを見せた。
「こういう寒い時にちょうどいいよね」
「そうね」
右隣にいる咲季に相槌を打ち、また食べる。
そうしながら、天夏は控えめに左右に視線を向けた。左側には瀬輝と連朱、右側には咲季と稜秩がいる。
そして、同じものを同じ場所で同じように食べている。目に映る光景が、心を躍らせた。
「ふふっ」と小さく笑い、中華まんを頬張る。よく知っている味は、いつもより美味しかった。
それぞれ食べ終わり、この場を後にしようとなった時、瀬輝が声を上げた。
「なぁ、もうちょっと遊ばね?」
「別にいいけど」
天夏を筆頭に、反対する人はいなかった。
「どこで遊ぼうか」
「瀬輝くんはどこか行きたい場所ある?」
「場所はここっていうところはないけど、体動かしたい気分」
「それなら、霜月体育館で運動するのはどう?」
天夏は思いついたことを口にした。霜月体育館は、今いるコンビニから徒歩五分ほどの場所にある総合運動施設。
「そっか、その手があったか!」
思わぬ提案に瀬輝は膝を打った。
一同は荷物をまとめ、目的地へと向かう。
天夏は、隣を歩く咲季にこっそりと声をかけた。
「咲季、ありがとうね」
「え、何が?」
きょとんとした顔が見つめてくる。脈絡もなく礼を言われたら、そうなってしまうのも無理はない。
笑みを絶やさず、言葉の続きを口にする。
「私も誘ってくれたことよ。思い出が増えたわ」
伝えると、咲季の顔にも笑みが浮かんだ。
「うん!」
二人は視線を交わらせて笑い合う。
彼女たちのやりとりを、後ろを歩いている稜秩が微笑みながら聞いていた。
体育館に着き、シューズやバドミントンのラケットなどを借りて体育室へ向かった。そこには誰もおらず、貸し切り状態。
「早速やるかー!」
既にバドミントンのネットがいくつか張られている室内に、瀬輝の張り切った声が響く。
チームはじゃんけんで決めることになった。結果、天夏と連朱、咲季と瀬輝という組み合わせになり、審判は稜秩が務める。
「じゃあ、先に10点取った方が勝ちな。で、勝ったチームは俺と勝負」
「え、いっちー、一人でやるの?」
「そのつもり」
稜秩は口角を上げて頷く。どこか余裕のある表情だった。体格差を考えれば妥当かと、四人は同時に思う。
そして、ゲームが始まった。
最初こそは天夏のチームがポイントを獲得していたが、次第に形勢が逆転していく。
最終的には、7対10で咲季たちが勝利した。
「あー、いい感じだったのに〜……」
「最後の追い上げには参ったね」
天夏と連朱は、肩で息をしながら悔しさを見せる。
数分間休憩した後、次のゲームに移った。宣言通り、稜秩は一人で挑んでいる。
(稜秩、また点数取った。意外と容赦ないわね)
連朱とともに審判を務める天夏は、予想外のことに目を丸くする。対戦相手に咲季がいるのだが、見る限り手加減はしていない。2対1だからだろうかと、何となく思う。
「みんな、楽しそうだよね」
三人のラリーを見ていると、連朱の穏やかな声が耳に入った。微笑む横顔をちらりと視界に捉える。
「ええ。本当楽しそう」
つられるように笑う天夏は、またコートに目を向けた。稜秩が打ったシャトルが、弧を描いてネットの向こう側の後方に飛んでいく。それを瀬輝が打ち返した。
(あ、そうだ。動画撮って秋凪に見せよう)
天夏はスカートのポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させる。動画モードにして瀬輝にレンズを向け、撮影を開始した。
ちょうど、飛んできたシャトルを瀬輝が打つところ。しかし、振ったラケットはシャトルには当たらず、ヒュンッという空振りの音がした。
「空振った!」
慌てる声の直後、瀬輝の足元にシャトルが落ちた。
(タイミングが良いのか悪いのか……)
動画を撮りながら、天夏は苦笑いを浮かべる。撮影を始めた直後にこんなシーンが撮れるとは思いもよらなかった。
(まあ、いいわ。そういうところも秋凪好きそうだし)
とりあえず動画を保存し、点数を数える。そうしながら時折、瀬輝の様子を撮影した。
そして、試合は9対9と良い勝負となった。両チーム互角の戦いの中、稜秩が打ったシャトルが咲季たちのコートラインギリギリに打ち込まれる。
「あ゛ー負けたぁー!」
息を切らした瀬輝は、頭を抱えてその場にしゃがんだ。
「稜秩は全然手加減なかったわね」
「遊びとはいえスポーツだからな。しかも2対1だし」
顔の汗を手で拭う稜秩は、まだ余裕そうだった。
五人はコートの横に座り、休憩する。
事前に買っていたジュースを飲んでいる瀬輝に、天夏が声を掛けた。
「瀬輝の動画撮ったから」
「え、俺だけ? 何で?」
「さて、何故でしょう?」
天夏は微笑んで小首を傾げる。
その仕草は瀬輝の胸を僅かにときめかせた。直後、彼女とそっくりな顔が頭に浮かぶ。
「……秋凪ちゃんに見せるためか」
「正解」
思いの外、早く答えを導き出した瀬輝に天夏は満面の笑みを見せる。
「カッコいいところだよな?」
「カッコいいかは分からないけど、空振りしたところはちゃんと撮れたわよ」
「思いっきりカッコ悪いじゃねぇか!」
すると、瀬輝はラケットを手にした。
「撮り直しだ。見せるなら、ちゃんとカッコいいところを収めてくれなきゃ困る」
「はいはい」
「先輩、もう一戦お願いしてもいいですか?」
「いいよ」
連朱は二つ返事で受け入れた。今回は、瀬輝が1点入れるまで続けることになった。
彼らがコートに向かっている中、天夏は携帯電話を操作して撮影の準備をする。
「天夏ー、カメラの用意はいいかー?」
「いつでもいいわよ」
「よし。先輩、本気でお願いします!」
「うん!」
瀬輝はサーブを打つ姿勢になった。左手に持ったシャトルを離すと同時に、ラケットを下から上へスイングする。
シャトルは放物線を描いた。しかしネットに引っかかってしまい、自身のコート内に落ちた。
「初っ端からかよ」
「うるせ!」
顔を赤くする瀬輝は、稜秩に噛み付くように言い放った。
そのやりとりも撮影しながら、天夏は「これも秋凪に見せよう」と密かに思う。
今度は連朱がサーブを打った。ラリーがしばらく続き、一定のテンポでシャトルがコートを行き来する。
「息が合ってるね」
「さすがだな」
咲季と稜秩が言葉を交わしていると、急に流れが変わった。
瀬輝が、シャトルを叩きつけるように打ち込んだ。それは勢いよく向かいのコートに入った。
「あ、すごい」
撮影している天夏も思わず声が漏れる。
隣の咲季が拍手をした。
「瀬輝くん、今のすごかったね!」
「まあな」
「これでサーブでネットに引っかかったのは帳消しだな」
「それ言うなって!」
「スマッシュの仕方カッコよかったよ」
「あ、ありがとうございます!」
三人の言葉にリアクションしていく瀬輝を最後に映し、天夏は撮影を終わらせた。
「天夏、ちゃんと撮れたか?」
「ええ。ばっちり」
そう伝えると瀬輝は満足げな表情を見せた。
すると、二人のラリーを見ていた咲季がラケットを手にした。
「いっちー、あたしたちもやろう!」
「いいよ」
やる気に満ちた彼女の誘いに稜秩は即応した。咲季がサーブを打つ。山なりに飛んだシャトルは軽々とネットを越え、稜秩のラケットで打ち返された。
穏やかに続くラリーの模様を、天夏が動画で記録している。
「稜秩の顔、さっきより優しくないですか?」
「そりゃあ、相手が咲季だけだからね」
「俺がいる時もあんな感じだったらよかったのに……」
「本気モードだったから気迫がすごかったもんね」
瀬輝と連朱が控えめな声で会話をする。当然、その隣にいる天夏は全て聞いていた。
(動画にも声入ってそうだけど、まあいっか。稜秩には見せなければいいだけだし)
あまり深く考えず、携帯電話の画面越しの二人に視線を注ぐ。そこだけが別世界のように、コート内は優しい雰囲気に包まれていた。自然と心が和む。
しかし、一瞬だけ鋭くなった青い瞳がこちら側に向いたことに、気付く者はいなかった。