結婚祝い
昼休み。天夏は中庭でいつものメンバーとテーブルを囲み、弁当を食べていた。
「蛍さん、結婚するんだ!」
隣に座る咲季が驚きの声を上げる。その瞳はキラキラとしていた。
「そう。この前、お店に行った時に聞いたのよ。だから放課後に哉斗と一緒に結婚祝いのプレゼントを選びに行くの」
「何買う予定なの?」
「フォトフレームにしようかなって思ってて」
「いいね!」
話に花を咲かせていると、携帯電話が哉斗からのメールを受信した。天夏は、スカートのポケットにしまっていたそれを取り出す。
《今日、二人で蛍さんへのプレゼントを選びに行くって約束だけど、章弛も一緒に行っちゃダメかな?》
「はあっ!?」
予想だにしなかった文面に声が出る。咲季たちの視線が一気に集まった。しかしそれに構わず、天夏は席を立って哉斗へ電話する。
彼はすぐに出てくれた。あくまで冷静に話し始める。
「あの人も一緒にってどういうこと?」
「それが、章弛もプレゼントを選びたいって言ってて」
「だからって何で──」
「いやー、女の子の意見聞きたいなーって思っててさー」
電話の相手は、いつの間にか章弛に変わっていた。無意識に声が低くなる。
「……女の子なら他にいるでしょ」
「俺と仲の良い人の中で姉ちゃんと親しい人って天夏ちゃんだけなんだよねー」
「仲良くなった覚えないんだけど」
「まあまあ。これも姉ちゃんのためだから! 今日はよろしくね!」
「ゔ〜……」
姉ちゃんのため。そう言われては、天夏は拒否出来なかった。
「と、いうわけなのですが……」
電話を代わった哉斗の声はオドオドしていた。
「……分かったわよ……」
頭を抱え、ため息混じりに言葉を洩らす。そのまま少しだけ哉斗と会話を交わし、電話を切った。重い足取りで席に戻る。
咲季が心配そうな表情をしていた。
「どうしたの?」
「哉斗とプレゼント選びに行くはずだったのに、おまけが付いてくることになったわ」
「あー、もしかして章弛?」
「そう」
察した瀬輝の言葉に頷きながらテーブルに着く。
「天夏でも断れないこともあるんだな」
「今回ばかりはねぇ……」
天夏は力なく笑い、食べかけの弁当を口にした。
放課後。
約束通り、三人はプレゼント選びのためにショッピングモールに足を運んだ。
「二人はフォトフレームを買うんだっけ?」
「うん。天夏とお金を出し合ってね」
「俺はどうしようかなー」
「どういうのがいいかは、お姉さんに聞かなかったの?」
「聞いたんだけど気にしなくていいって言われたんだよね。でも、やっぱり贈りたいから内緒で用意するんだ。天夏ちゃんはどう思う?」
「……ペアの食器とか入浴剤とか」
「あ、いいねぇ!」
天夏は素っ気なく答えたが、章弛は気にする素ぶりすら見せない。そのせいか、自分が子供っぽく思えた。
(……私って嫌な奴)
「まずはフォトフレームを見に行こうか」
主導権を握り始めた章弛に続くように、雑貨屋に向かった。店内の一角に設けられたフォトフレームのコーナーを見ていく。シンプルなものから装飾が付いているものなど、様々な種類があった。
「どれも可愛いね」
「そうね」
コーナー全体を見渡すように視線を動かしていると、天夏の目に止まったのは折り畳み式の木製の四面フォトフレーム。本のように開くフレームは左側が縦と横、右側が横と縦と、それぞれの向きの写真を二枚ずつ飾ることが出来る作りだ。一つ一つの縁には、隙間なく花が彫られていた。
それに手を伸ばし、哉斗にも見せる。
「これ良くない?」
「良いね。木彫りで温かみもあって好きだなぁ」
「じゃあ決まり!」
入店して間もなく決まった贈り物は、満足のいくものだった。見本を棚に戻し、フォトフレームが入った箱に入ったを手に取る。
ふと周囲に目を向けると、章弛がいない。
「あれ? どこに行ったんだろう」
哉斗も一緒になって彼を探す。棚を挟んだ向こう側の通路にその姿があった。
二人は章弛のもとへ行く。
「何かいいの見つかった?」
「うん。こういうの姉ちゃん好きそうだなって思ってさ」
哉斗の問いに答える章弛の目線の先には、棚に見本として飾られているジュエリーボックスがあった。白を基調とし、金色の縁取りがあるそれは、アンティーク調。蛍が好む種類だった。
天夏は、ジュエリーボックスを手に取る彼の横顔をちらりと見る。章弛は穏やかに笑っていた。
(……蛍さんのことだと、そういう顔になるのね)
初めて目にする表情は天夏に驚きを与えた。常にそうだといいのにとさえ思ってしまう。
「どっちがいいかなー」
迷っている様子の章弛は、色違いのジュエリーボックスを二つ見比べていた。片方は白、もう片方は青紫。
どちらも素敵だが、天夏の中では青紫のジュエリーボックス一択だった。
(そっちの方が蛍さんにぴったりだし)
「天夏ちゃんはどっちがいいと思う?」
不意に章弛に問われ、天夏は一瞬たじろぐ。
「あ、青紫」
「やっぱりそう思う!? 俺もそうしようかなって思ってたんだ〜!」
満面の笑みを浮かべる章弛は見本を元の場所に戻し、箱に入ったジュエリーボックスを棚の奥から取り出した。
(私が白って答えたらどうするつもりだったのかしら)
ぼんやりと疑問に思いながら会計に向かう。
プレゼント用に包装してもらい、店を後にした。
「天夏ちゃんありがとうねー。良いプレゼントが見つかった!」
「別に、特別なことしてないし……」
「いやいや、最後のひと押しがあったおかげだよ」
「……」
天夏は、満更でもない顔をする。その表情を、哉斗が微笑ましく見ていた。
「で、二人は姉ちゃんにいつプレゼント渡すの?」
「今度お店に行った時に渡そうと思って。ね?」
「うん」
「そっか。それならこれから渡しに行こうぜ!」
「えっ、でも今日はお店休業日でしょ?」
天夏は怪訝な顔をする。
それを払拭するように、章弛が得意げにウインクをした。
「行くのは姉ちゃんの店じゃなくて、俺ん家!」
(ウインクやめて)
提案には納得したが、彼の目配せには鳥肌が立った。
章弛の後について歩く天夏の胸はそわそわとしていた。自分たちが良いと思ったものを彼女にも喜んでもらえたらいいなと、期待に胸が膨らむ。
そうこうしているうちに、目的地に着いた。
「ただいまー!」
章弛が明るい声を発して玄関のドアを開けると、家の中から「おかえりー」と聞こえてきた。蛍の声だ。
「お、お邪魔します……!」
「お邪魔します」
章弛に続いて二人も家の中に入る。哉斗は何度かここに来ているのためか、慣れた様子だった。天夏は背筋を伸ばす。
「哉斗と天夏ちゃん連れてきた」
「え? あ、いらっしゃい!」
「お邪魔します」
笑顔で迎えてくれた蛍に、二人は同時に会釈をした。
「天夏ちゃんも一緒なんて珍しいわね」
「あ、えっと、蛍さんに渡したいものがあって……!」
「私に?」
天夏は哉斗とともに彼女へ歩み寄り、フォトフレームが入った紙袋を差し出す。
「これ、私たちからです。結婚のお祝いに」
「おめでとうございます」
「えっ、いいの!? ありがとう! 開けていい?」
「はい」
二人が頷くと、蛍は紙袋から箱を取り出した。箱を包む包装紙を丁寧に剥がし、蓋を開ける。フォトフレームが顔を見せた。
彼女の顔がさらに明るくなる。
「素敵じゃない! 大切に使うわね」
「はい!」
天夏と哉斗は顔を見合わせ、互いに微笑む。
すると、プレゼントを後ろ手に隠した章弛が蛍に近づいた。
「姉ちゃん、実は俺も用意してるんだよね」
「気にしなくていいって言ったのに」
そう話している蛍は終始笑顔。彼女の表情が、天夏の胸をいっぱいにさせた。
「本当にありがとうね」
「いえいえ! またお店に行きますね!」
「待ってるわ」
「二人ともまたなー」
「バイバイ」
玄関先まで見送る姉弟にそれぞれ手を振り、天夏は哉斗とほぼ同時に歩き出す。しかし、静かに立ち止まった。後ろを振り返る。視線の先には、章弛。
「連れてきてくれて、ありがとう」
目を見て伝えると彼は一瞬驚いていたが、すぐにいつもの笑顔を見せた。
「どういたしまして!」
明るい笑みをじっと見ることなく、天夏は歩を進めた。少し先で待っていた哉斗と並んで歩く。
目線を少し上げると、彼の横顔がニコニコとしていた。
「……何か嬉しそうね」
「うん。蛍さんにはプレゼント喜んでもらえたし、天夏が章弛と少し打ち解けたみたいで嬉しい」
「そう」
天夏は否定せず、言葉を受け入れる。そしてそっと笑い、哉斗の手を優しく握った。