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幸せ者

 晴天に恵まれた11月28日。今日は稜秩(いち)の誕生日。咲季(さき)が心待ちにしていたイベントの一つだ。

 二人は、ピクニックも出来る広場がある公園に来ていた。木陰のある芝生の上にレジャーシートを広げ、ランチの準備をする。


 咲季(さき)はマチのある大きめのトートバッグから、竹籠の弁当箱を二つ取り出した。蓋を開ける。サンドイッチが顔を見せた。

 指を差してそれぞれの具材を説明する。


「こっちがポテトサラダでこれがトマトとレタスとたまご、それからカツだよ」

「美味そうだな」

「でしょ? 早起きして作ったんだー」


 咲季(さき)は誇らしげに笑う。しかしそれはすぐに苦笑いに変わった。


「お母さんにも手伝ってもらったんだけどね……」

「一人で作るのも大変だもんな。ありがとうな」

「うん!」


 気遣いの言葉に苦笑いは消え、笑顔で頷く。

「いただきます」と言って、稜秩(いち)が最初に手を伸ばしたのはカツサンド。大きな一口で齧り付く姿は、咲季(さき)の胸をときめかせる。思わず見惚れた。


「美味い」

「よかった」


 咲季(さき)は微笑みながら稜秩(いち)を見つめ続ける。


「……食べないのか?」


 問うてきた稜秩(いち)は不思議そうにしていた。


「んー、食べるよー」


 咲季(さき)はポテトサラダのサンドイッチを手に取った。しかしすぐには食べず、また稜秩(いち)に視線を送る。

 すると、稜秩(いち)が照れ臭そうに視線を彷徨わせた。


「……食べづらいんだけど……」

「え? 何が?」

「何がって、ずーっと咲季(さき)が見てくるから」

「気にしないで」

「いや気になるって」


 稜秩(いち)の素早いツッコミに咲季(さき)は声を出して笑った。


「何でじっと見てくるんだ?」

「いっちーがサンドイッチに齧り付いているところが何かカッコいいなー、ずっと見てたいなーって思って」

「へー」


 ぼんやりとした相槌を打った稜秩(いち)は、またサンドイッチを口に入れる。すると、すぐに外方を向いた。


「……理由聞くんじゃなかった」


 ボソッと呟かれた声が聞こえた。彼の表情は分からないが、耳が赤く染まっているのは見える。

 咲季(さき)はそっと笑い、サンドイッチを口にした。今朝、味見した時よりも優しい味わいだった。




 ランチを食べ終えた二人は、特に何をするでもなく広場でのんびりと過ごす。

 時間がゆったりと流れる中で、咲季(さき)は上空を飛んでいるトビを眺めていた。トビは空に大きな円を描いている。優雅な飛行だった。


「平和だねぇ」

「平和だな」


 二人の穏やかな声は、周囲に馴染んでいた。

 そよぐ風が草木を揺らし、優しい音が耳に届く。そして、暖かな気温が眠気を連れてきた。咲季(さき)は欠伸をひとつし、伸びをする。


「眠いのか?」

「うん、ちょっとね。今日が楽しみで夜眠れなかったんだ」

「遠足楽しみにしてる小学生みたいだな」

「だね」

「寝ててもいいぞ」

「いっちーの誕生日で寝ちゃうのはもったいないからヤダ」


 咲季(さき)は首を横に振り、断固としてそれを受け入れない。

 すると、稜秩(いち)がクスクスと笑った。


「そうか。じゃあその辺散歩するか」

「うん」


 二人は広げていた荷物を纏めてカバンにしまい、遊歩道を歩く。道の両脇に並んでいる紅葉や銀杏(いちょう)の木が、トンネルのようになっていた。時折風が吹くと、ひらひらと葉が落ちてくる。


 綺麗な落ち葉を見ていると、一昨年の稜秩(いち)の誕生日が思い出される。稜秩(いち)から「俺の絵を描いて欲しい」というリクエストがあり、放課後に学校の中庭で紅葉とともに彼を描いた。咲季(さき)自身も納得のいく出来栄えで、稜秩(いち)にも喜んでもらえた。


 ちなみに、昨年は二人とも部活動があったため、夜の誕生日会のみだった。そして今夜も誕生日会がある。

 すると、咲季(さき)はまた伝えたくなった。


「いっちー、誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 このやり取りも既に三回目だ。一回目は日付が変わったと同時に。二回目は出掛ける前に。それでも稜秩(いち)は微笑んで答えてくれる。心が喜びに満ち溢れた。


 咲季(さき)は鼻歌を歌いながら、道沿いに流れている小川を眺める。穏やかなせせらぎが優しく響いている。時々、流れにのって紅葉などの落ち葉が流れていた。


「ご機嫌だな」


 頭上から聞こえた声に反応し、顔を上げる。温かい眼差しが向けられていた。咲季(さき)は満面の笑みを浮かべる。


「こうやっていっちーのそばにいて、いっちーの誕生日を祝えるって幸せ者だなぁって思って」

「幸せ者か。俺も同じだ」


 目を見つめられながら言われた言葉は、咲季(さき)の胸を温かくさせた。


(いっちーも同じ気持ちなの、嬉しいな)


 少しのくすぐったさもあるが、笑顔は絶えない。

 そして、どちらからともなく手を繋ぐ。二人の手は、すぐに同じ温かさになった。

 咲季(さき)はそれを感じながら、来年もこうして一緒に祝えたらいいなとそっと思った。

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