想像の話
その日は昼下がりから風が強く、空がヒューヒューと鳴っていた。
下校時間になっても風の勢いは治らない。そのせいで、防寒着を着ていても寒さがある。瀬輝は身震いをした。
「さ、さすがに寒いですね……!」
「うん。マフラーも持ってくればよかった……」
隣を歩く連朱も肩をすくめている。
すると、一段と強い風が吹いた。風に舞った道端の落ち葉がガサガサと激しく動き回り、砂埃が視界を阻む。
二人は思わず足を止めた。
程なくして、風が少し弱まった。
「今の、かなり強かったね」
「びっくりしました……」
言葉を交わしている最中、瀬輝は連朱の髪に銀杏の葉が付いていることに気づいた。鮮やかな黄色は、彼の髪の色に溶け込んでいる。
その美しさについ見惚れてしまう。
しかし、我に返るように何度か首を横に振った。
「先輩、髪に葉っぱが付いてますよ」
「えっ」
声を掛けつつ、銀杏の葉をそっと取る。それを連朱にも見せた。
「あ、本当だ。ありがとう」
「いえいえ!」
瀬輝がパッと手を離すと、葉は風に乗ってどこかへ飛んでいった。
二人は歩き出す。すると、風に煽られたビールの空き缶が、音を立てながら転がってきた。それは、瀬輝の足元にやってきた。
「ゴミはゴミ箱に捨てろよなー」
瀬輝は転がってきた缶を拾い、自動販売機の隣に置かれた缶専用のゴミ箱に捨てた。
「すごいね」
「何がですか?」
「ゴミを拾ってゴミ箱に捨てるの」
「えっ、そんな! 当然のことをしたまでです……!」
謙遜はしているが、連朱に褒められたことは内心嬉しかった。それは表情にも表れている。さらには「ゴミ拾いをした自分、グッジョブ!」とさえ思った。
瀬輝はすぐ近くににあった公園を指差す。
「手、洗ってきていいですか?」
「うん」
二人は進路を変えて公園に立ち寄った。そこの公衆トイレで瀬輝は手を洗う。そうしている時、先ほどゴミ箱へ捨てたビール缶が頭に浮かんだ。
(……俺って、酒飲んだらどんな感じになるんだろう)
今まで考えたことがなかったが、ふとそんな気持ちが出てきた。同時に両親の顔が浮かぶ。酒を飲むと父はすぐ寝てしまい、母は少し陽気になる程度。どちらかといえば、自分は陽気になるだろうと予想をつけた。
手を洗い終え、ハンカチで手を拭いて外へ出る。
トイレの出入り口近くで待っている連朱のもとへ歩み寄る。
「お待たせしました!」
「じゃあ行こうか」
「はい」
二人は同じ歩調で公園を後にする。
すると、瀬輝は聞いてみたくなった。端麗な横顔を見上げる。
「俺って、お酒を飲むとどういう感じになると思いますか?」
「え、そうだなぁ……割とはっちゃけてるイメージかな。盛り上げ役って感じで」
「盛り上げ役……!」
瀬輝の瞳が煌めく。それは彼自身にも、しっくりくるものだった。思わずにやけてしまう。
「それは言えてるかもしれないです。何か嬉しい」
「でも何でそんなことを聞くの?」
「さっき拾ったビール缶からの連想で、お酒入ったらどんな感じになるかなって考えてたんです」
「そういうことね。だったら、俺はどうだろう」
連朱は視線を上に向けた。それを追うように瀬輝も上を見る。そこでパッと浮かんだ姿があった。
「先輩は口数が少なくなりそうなイメージですね。静かにお酒を嗜んでいる気がします」
「そうなのかな。あり得なくはないか」
連朱は納得したような顔になった。
その表情をちらりと見た瀬輝の脳は、無意識に想像する。少し大人になった連朱が、バーのカウンターに座っていた。グラスに入った赤いカクテルを飲む様子は優雅で、胸をときめかせる。
不意に彼がこちらを向いた。ほんのりと赤く染まった頬。とろんとして潤んだ瞳。色気漂う微笑み──。
(ああああ!! これ以上考えるな!! 先輩がカッコよすぎて余計におかしくなる!!)
瀬輝は咄嗟に両手で顔を覆い、その先の思考を停止させた。
「大丈夫?」
心配そうな連朱の声が聞こえてきた。パッと両手を離し、顔を彼に向ける。
「だっ、大丈夫です! 砂が目に入りそうだっただけなので!」
「それならよかった」
連朱は安堵の表情を見せる。それだけでも、瀬輝の心を掻き乱すのには十分だった。
しかし瀬輝は呼吸を整え、話題を戻す。
「稜秩だったら何食わぬ顔で何杯も飲んでいそうですよね……!!」
「あー、飲んでいそう! ベロベロに酔ったところなんて想像出来ないもんね」
「出来ないです」と、連朱の言葉に頷く。そして自然と、その時の稜秩の姿が浮かんだ。イメージの中では、彼は素面の時とあまり変わらない表情で淡々と飲んでいた。そして、隣にはほろ酔い状態の咲季が座っている。彼女はケラケラと笑っていた。
「その隣では酔った咲季がずっと笑っていそう」
想像していたことが連朱の口から発せられた。瀬輝は無性に嬉しくなり、激しく首を縦に振る。
「やっぱりそう思いますよね! つまらないギャグやっても笑ってる気がします」
「あり得る。で、そのギャグを『つまらない』ってバッサリ切り捨てるのが天夏だよね」
「言いそう! その時は冷めた目つきですよ、きっと」
「そうかも。それで天夏が自分から何かギャグをやったら面白いよね。素面じゃ全然想像出来ないけど」
「そこに咲季も加わって、即興で漫才とかやったらもっと面白そうですよね」
「いいね。見てみたいなぁ」
もし彼女たちが漫才をするなら、咲季がボケで天夏がツッコミだろうかと想像する。二人はテンポの良い掛け合いをしている気がした。その状況を思い描いていると、心が弾む。
「こうやって想像するの楽しいですね」
「うん。二十歳になったら、みんなで飲みに行きたいね」
「行きたいです! 行きましょう!」
瀬輝は声も弾ませた。足取りも軽い。みんなで飲むことも楽しみではあるが、一番は連朱と酒を酌み交わすこと。そして、彼のほろ酔い姿が見たいという気持ちも少なからずある。だが、それだけは静かに胸の内にしまっておくことにした。